みけねこパルテノン隊

隊名 「みけねこパルテノン隊」
隊員 二名(雇われ隊長及びオーナー隊員,男女各1名)
目的 神秘の国ギリシャとエーゲの島々を訪ねること
期間 2001年8月4日(土)〜12日(日)の9日間

ギリシャインフォメーション

 国名 ギリシャ共和国(エリニキ・デモクラティア)
 首都 アテネ
 人口・面積 人口:約1,046万人,面積:約13万2千km2(日本の1/3程度)
 政体・宗教 大統領制議会主義共和国,ギリシャ正教
 言語 ギリシャ語(観光地では英語も通じる)
 通貨 ドラクマ(Drachmae,Dr.・Drs.と略す)レートは,1Dr.=0.3円程度。
2002年1月からユーロに切り替わる予定。
 気候 地中海性気候に属し,夏は高温低湿,冬も温暖だが比較的雨が多い。
 時差 日本より7時間遅れ(3月末〜9月末のサマータイム時は6時間遅れ)

−みけねこパルテノン隊の巻 1−
 

カオス(混沌)が存在した...そして,カオスから,ガイア(大地)・タルタロス・エロスが生まれました。ガイアは,ウラノス(空)とポントス(海)を生 みました。ガイアはウラノスと結婚し,ティターン族と呼ばれる6人の神(巨人)を生んだのです。ティターン族の末子クロノスは,父ウラノスの性器を鎌で切り取り, 海に投げ捨てましたが,その性器からでた精液と海の泡が混じり合い,愛と美の女神アフロディテが生まれました。
クロノスは,姉レアと結婚しましたが,自分が父にしたと同じように,生まれた子供に殺されるであろうという予言を恐れ,生まれた子供を次々の飲み込んでしま いました。しかし,レアの機転でからくも助けられた末子ゼウスは,クロノスの寝ている間に,吐き薬で兄姉達(ポセイドン・ハデス・ヘラ)を助け出すと,クロノス率いるティターン族 に激しい戦いを挑み,ついに勝利をおさめたのです。
ゼウスはヘラと結婚し,主神として天空を支配し,ポセイドンは海を,ハデスは死者の国を治め,そして,オリンポスの神々の時代が始まったのです。

2001年8月3日(金) ...

みけねこパルテノン隊結成!(出発前夜) 序章

 「これが最後かも」と言っていたはずの去年のイタリア旅行(みけねこパスタ隊)から早1年。またしても,彼女が言い出した。「今度はギリシャに行きたい」と。やっぱり言い出すと思ってた!と感じたボクだったが,正直,海外旅行って自分でもクセになりつつあるようだ。我ながら,行ってもいいかな?って感じ。そこで,梅雨前あたりから旅行センターなどで,パンフレットを集めることとが習慣となった。JTB・近畿日本ツーリスト・東急観光・・・。しかし・・・ギリシャって,高い!ボクタチは共働きなので,いっしょに休めるのが8月のトップシーズン。お値段が40万から45万くらいするし,夏休み休暇は5日しか取れないのに,ギリシャツアーは,9〜12日くらいが一般なんだ。

 ボクは,昔から寺社仏閣のたぐいは大好きなので,当然ながら神殿も大好きであり,ギリシャに大いに興味がある。しかし,結婚前は,コアラをダッコしにオーストラリアに行きたいと言っていた彼女が「ギリシャに行きたい」と言い出したのは,摩訶不思議であった。「ギリシャツアーは,いいのないみたいだから,クソ安くて,期間が7日間くらいで,ラッコやコアラをダッコ出来るオーストラリアもいいかもね?」と彼女に水を向けてみたが,「コアラをダッコしてもつまらない。あんなの子供だましよ」と,どうしてもギリシャがいいらしい。そう言えば,新婚旅行では,ドイツ・スイス・フランスで,去年はイタリアだった。すっかり,世界遺産( 特にヨーロッパ歴史遺産)ファンになっちゃったのである。

 あきらめかけていた時に,見つけたのが,阪急交通社(trapics)の「神話の国ギリシャ周遊 5つの世界遺産を訪ねるハイライト周遊9日間」の319,000円だった。正直,(やっぱり)高いと思ったし,9日間というのもきつい。しかし,期間は,土日+平日5日間夏休み+土日なら,マックス9日間可能ではないか。「よしっ」決意したボクタチは,旅行センターに予約に向かった。6月末のことである。しかし,「お客様。8月12日(土)の出発は,もう申し込みがいっぱいです。キャンセル待ちが8人いますが,どうしますか?」「ガーン・・・キャンセル待ちに入れといてください」と答えたボクであった。お盆休みの最高に多い時期だものね。遅すぎたんだ・・・。しかし,その晩,彼女が,「1週間前倒しでも,仕事大丈夫かも」と言い出した。なんだって?次の日,8月4日(土)出発のツアーの状況を確認しようと,職場から大急ぎで旅行センターに電話してみると,「現在,23名集まっており,催行決定しています」「すぐ,予約します!」
 このようにして...みけねこパルテノン隊は結成されたのであった!

みけねこパルテノン隊の足跡

  地  名 時 間 交 通 適         用 食      事
8月4日(土)
1日目
成田発
ロンドン着
ロンドン発
アテネ着(5日)

 
11:00
16:00
21:15
3:00

 

航空機

空路(ヴァージンアトランティック航空VS-901)ロンドンへ。さらに空路(同VS-1000)アテネへ
 到着後,ホテルへ

アテネ泊:ドリアン イン DORIAN  INN HOTEL
 PIREOS STR.15-19 10552 ATHENS
 TEL:01-5239782
機内
機内
8月5日(日)
2日目
アテネ 午前
午後



 
バス ゆっくり休む。(なんでしょ?)
アテネ市内観光(アクロポリスの丘<パルテノン神殿>,オリンピックスタジアム,シンタグマ広場等)

アテネ泊:ドリアン イン
ホテル
ギリシャ風リゾット・魚
ポーク料理
8月6日(月)
3日目
アテネ 終日 エーゲ海ミニクルーズ(エギナ島,イドラ島,ポロス島)



アテネ泊:ドリアン イン
ホテル
船上ランチ
中華料理
8月7日(火)
4日目
アテネ
エピダウロス
ミケーネ
デルフィ



 
午前


午後



 
バス コリント運河を渡りエピダウロスへ。
遺跡<劇場>見学後,ミケーネへ。
円形墓地,アトレウスの宝庫を観光。昼食後,デルフィへ

デルフィ泊:ボウザス VOUZAS HOTEL
 PAVLOU & FRIDERIKS ST 33054 DELPHI
 TEL:0265-82232
ホテル
チキンソテー
魚料理
8月8日(水)
5日目
デルフィ
カランバカ




 
午前
午後




 
バス デルフィ古代遺跡観光
昼食後,メテオラのふもとの村カランバカへ。

カランバカ泊:ディバニ カランバカ
 DIVANIKALAMBAKA
 KALAMBAKA-TRIKALA 42200
 TEL:0432-23330
ホテル
スプラキ
ポーク料理
8月9日(木)
6日目
カランバカ
メテオラ
アテネ



 
午前

午後



 
バス バスにてメテオラへ
メガロメテオロン修道院観光。
昼食後,アテネへ。

アテネ泊:パルテノン PARTHNON
 6 MAKRI MAKRIGIANNI 11742 ATHENS
 TEL:01-9234594
ホテル
チキン料理
ムサカ
8月10日(金)
7日目
アテネ 午前
午後
 
バス 国立考古学博物館へ
昼食後,自由行動(オプショナルツアー:スーニオン岬観光とタベルナの夕べ)

アテネ泊:パルテノン

ホテル
魚料理
ローストポーク
8月11日(土)
8日目
アテネ発
ロンドン着
ロンドン発
7:45
9:45
13:00
航空機 空路(ヴァージンアトランティック航空VS-1003)ロンドン へ。さらに空路(同VS-900)成田へ
 
ボックス朝食
機内
8月12日(日)
9日目
成田着 9:00   通関後,解散

機内

 

1000ドラクマと10000ドラクマ

 それから,旅行のための準備の毎日が続いた...来る日も来る日も。ボクは毎日,のんびりとエーゲ海で,潮風に吹かれながらトロピカルジュースを飲んだりするボク自身の姿とか,ヌーディストビーチで美女などを凝視するボクの姿とかをイメージトレーニングしながら過ごしたのである。まあ,準備と言っても,海外は二回も行っちゃってるので,結構,旅行用品は揃っているのでラクなのだ。(イメージトレーニングはさておき,ギリシャ情報は,Yahoo!トラベル−ギリシャ共和国などが参考になる)

 したことと言えば,香港上海銀行ギリシャ紙幣を申し込んだくらい。1パックが4万ドラクマ(1000ドラクマ10枚+10000ドラクマ3枚)で,3パック分申し込んだ。向こうでも両替出来るけど,前もって紙幣を見たかったんだもの。1ドラクマって,0.3円ちょっとなので,1000ドラクマって言っても,300円くらいなのだ。向こうは,物価が安くて,日本の半分くらいらしい。ムフフ...貧乏みけねこ一家も,ギリシャに行けば,お金持ちなのである。ギリシャのサラリーマンって,お給料が7万円くらいなんですって。それから,海外旅行傷害保険。いろいろ探してみたら,夫婦で入ると少し掛け金がお得(二人で21,410円)なやつがあったので,これに入ることにした。旅行代金総額からすれば,結構高いけど,いざという時を考えると,入っといた方が安心ですからね。後は,ウニクロに行って,少し服を買って・・・と。そうそう。肝心なのはお菓子とお茶。ノリセンベイ類 (しょっぱいものが食べたくなるんですよね〜)と,500mlのペットボトル入りお茶を6本も買っちゃった。

 そして,8月3日(金)。仕事を定時で切り上げたボクタチは,急いで家に帰る。最初は,4日当日に成田に向かおうと思っていたのだが,”成田エアポートワシントンホテル”が,1泊朝食付きで一人5,000円(14日間駐車代無料)で泊まれるので,前泊した方がずっといいと思って(インターネット・旅の窓口で)予約しておいたの である。スーツケースを車に詰め込んで・・・よし。出発だ!仕事帰りの車の混雑の中,ボクタチの車は成田に向かって走り出した。 混んでいる幹線道路を避け,裏道へ抜けて南下する。
 7時40分。東関東自動車道へ。8時にホテルにチェックインのつもりだったが,予定より少し遅れそうだ。利根川を渡ってすぐの佐原PAでホテルへ電話する。「9時過ぎにチェックインします」・・・このPAには展望台があって,ここを通る度に必ず登ることにしているんだ。利根川方面を臨むと,真っ暗。ただ高速道路を走る車のライトが延々とつらなって輝いていた。
 夜8時過ぎに,ようやく成田へ。成田ICを降りてすぐ,ボクタチの今夜のホテル”成田エアポートワシントンホテル”が見えたが,ユウゴハンを食べる都合があったため,食事どころを探しながら市街へ向かう。そして,結局,(毎回恒例の)ジャスコへ。二人の意見が「 最後にお米を食べよう」と言うことで一致し,ジャスコのレストランで,ヒレカツ定食(800円)を食べる。ああっ。美味しいなぁ。ヤッポンのお米って。ギリシャでは,どんなものが食べられるんだろうか?
 9時。ホテルへ到着。車からスーツケースを降ろすと,ホテル脇の駐車場へ車を入れる。うん。10日間,ここでお留守居していてくれよ...

ホテルのダブルの部屋

 ホテルに入ると,おっ?結構豪華なホテルである。バスがやってきて,中国人らしき団体がドドドと入って来た。「ニイハオ〜ン・アンニョンハムハム」とか言って,顔つきや服装が日本人よりずっと上品だから,中国人に違いあるまい。今日,成田に到着したのだろうか・・・ボクタチも,これから ギリシャへ行って,逆の立場になるのだ。

部屋の窓から成田ICが見えた

 フロントで,チェックインしようとすると,ちょっとしたトラブルがあった。予約していたツインの部屋がないと言うのである。フロントの人は,困り顔で,「ダブルの部屋でよろしいでしょうか。お値段は少し高いですが,同じ金額にいたします」ボクは喜んで答えた。「ハイ。いいです」しかし,彼女はプンプンしているようだ。
 そして,3階の部屋に上がると,ウン。リビングとベッドルーム(小さめだけど)が別々になっていて,(ソファーは少し破けていたが)そこの階では一番広い部屋みたい。ようやく彼女もご機嫌になった。かんたん〜。
 窓からは成田ICが見下ろせて,とても綺麗。それから,少しホテルの回りをぐるぐると探索して,ヤッポンでの最後の夜を楽しむ。テレビでルパン3世の映画をボンヤリと見て,その晩はゆっくりと眠ったのであった。よかった!無事に成田に着けて。

 

2001年8月4日(土) ...

第1章 出発!

 6時半起床。7時15分にホテルレストランへ。バイキングなので,トレーにせっせと食べ物を載せて4人掛けのテーブルに二人で座っていると,例の中国人団体がワシャワシャやってきた。顔つきは上品なのだが,結構おしゃべり好きみたいだ。しゃべりながら,腕をグルグル回している。最初ボクは,「中国人は,食堂に行くんだって自転車に乗ってくるハズだからあれは日本人だよ」と言っはってみたが,これは単なるひがみ。最近の中国人は実にお金持ちなのである。そして,母子らしい中国人がボクタチの席にやってきた。あれ?結構テーブルはいっぱい空いているのに?もしかして,品のいいボクタチの顔を見て,同じ中国人だと思ったのかも知れないね。ムフフ。無理ない無理ない!

 8時15分。ホテルのシャトルバスに乗って成田空港へ出発だ。バスの乗客は,みんな第2ターミナルで降りてしまい,第1ターミナルで降りるのはボクタチとあと数人だけとなった。今まで利用したのはJALとかだったので,いっつも第2ターミナルだったのので,第1は初めて。ここを使う航空会社は,ちょっとマイナーなんですよね〜。

このカウンターだ!

 8時半。ターミナルに入る。お盆前でさぞ,混んでいるのだろうと思っていたのだが,意外に人は少な目であった。集合時間は9時だけど,念のため指定されていた団体専用カウンターを覗きに行く。ここいらのカウンターって,「××大学××ツアー」とか「○○イモムシの会」とかマイナーなのばっかし。でも,そこは,「韓国ツアー4日間の旅」って電光掲示がピカピカしているばかり・・・あれ?電光掲示が「神話の国ギリシャ周遊の旅」に変わったゾ?そう。そこのカウンターは両方兼ねていたのであった。安いツアーの悲哀なのかなぁ。ひど〜い。カウンターに立っていたオネエサンのトコロへノコノコと行く。声をかけると,その人がボクタチの添乗員の坂倉さん(女性)だった!じゅるる〜。しっかりした感じの人である。よろしく頼みましたゾ。ボクタチ=パルテノン隊は,年寄りで ,村の外のコトは何も分かりませんでのう。足腰も弱いですし・・・

今回のツアーの面々。手前の黒服の人がが添乗員さん

 航空会社のカウンターで,スーツケースを預けて搭乗券をもらうと,しばらく,第1ターミナル内を歩き回る。第1ターミナルって,結構狭いんだなァ。

 9時半。待ち合わせ場所で,ツアーのメンバーが全員集合だ。さて,どんなメンバーなんだろう・・・ドキドキしちゃう。美女とかいるかなぁ?グヒヒ。ジロジロジロ。ふーん。今回は子供がいないね。学生さんもいなさそう。いわゆる熟年メンバー(特にオバサン系)が目立つ。特に一人のムギワラ帽子(カッコワリー)の深海魚に似たオバサンが妙に目についた(コレが,ボクの仇敵になるとは,その時は知るよしもなかった)。でも女性は多いゾ。チョッピリ若いコもいるし。ウシシ。ボクが数えてみたところ,なんと,21人!75%が女性であった。男性陣は心なしか小さくなっていて,目もうつろである。確かにボクの経験でも,海外旅行の経験豊富な人って女性が圧倒的に多い。男性は「オレは,新婚旅行で沖縄に行ったのが唯一の海外体験だ」と言うが,女性は,「アタシ,256回海外に行ってるわ。ザイールとアフガンとチョモランマと・・・。でも,お友だちの中では一番回数が少ないの」とか必ず言うものである。怖ろしいことじゃ。フナフナフナ〜。
 添乗員さんの注意事項を聞いて,出国審査へ。今年7月に出入国カードが廃止された(ラッキー)ので,無人の野を通るが如く,スカスカ通っちゃう。係官のオネーサンはブスッとして,パスポートにハンコをペタリと押してくれた。さっそく,お楽しみの免税店に行く。ボクはここで,タバコを買うのが好きでしてなぁ。ヤッポンのマイルドセブンなるタバコを2カートンも買っちゃった。末端価格1箱250円のが,なんと160円で買えるのだ。すると,オマケで6倍の双眼鏡がついてきた。確か去年のイタリア旅行では,電卓時計(今回も有り難く持ってきた)がオマケだったんですよね〜。免税店って大好き!

 搭乗口の前で座っていると,次々と名前が呼ばれている。なんだろう?危険人物かなんかかな?彼女によると,名前が呼ばれた人の座席は,TVが壊れているので,機内で40ポンド分の免税品が買える んだって。ええ〜!TVなんかイラナイから,カネくれ〜と祈ったが,残念。ボクタチの名前は呼ばれなかった。
 最後の一服を楽しみ終えると,放送がある。「機内整備中のため,もう少々お待ちください」・・・しょうがない。もう一服するか。(これを2回繰り返す)

 10時50分発の”ヴァージンアトランティック航空”VS-901便は,遅れに遅れて,11時になり,搭乗を開始した。

第2章 フライトだ!

このアメニティーグッズの数々

 飛行機の中に入っていくと,むむっ!ひ・広い!まるでダブルベッドのようなシートではないか!──と思ったら,そこはビジネスクラスだった。ナーンだ。ボクタチの席は後ろの方の(やっぱし ね)狭い狭いエコノミーシートだった。くそ〜。さっきのビジネスクラスがゾウさんの席だとしたら,コッチはアリンコの席じゃ。でも窓際だもんね。 それに,ヤッポン人は,エコノミックアニマルだから,エコノミーシートがちょうどゴロも合うのだ。
 真っ赤な制服のスチュワーデスさんは,イギリスの人と日本人のがいる。よかった。日本人もいてくれて。座席には,TVがついており,ゲームも出来る。さらにアメニティーグッズとして,こんなの(写真右)もあった。す・スゲー!さすが英国が誇る”ヴァージンアトランティック航空”である 。JALとかに爪の垢でも舐めさせたいものだ。

 11時半・・・離陸!VS-901便は,羽をパタパタさせると滑走路から飛び立った! 成田が小さく小さくなって行く。彼女が窓側であり,手を伸ばして窓から写真をパチリ。青い空に,白と赤の翼──

コーラとプレッツェル

松花堂弁当

 約1時間くらいして,飲み物ゴクゴクの時間だ。メニューが配られる。なんと,酒類はマティーニ他13種。ソフトドリンクは16種もあるではないか。いっしょに配られたお菓子(プレッツェル)をパクパク食べながら, ヴァージンコーラを飲む・・・回りを見回すと,ポツンポツンとツアーの仲間達が座っている。ボクタチの後ろが親切そうな老夫婦。前が例の深海魚オバサンとそのお付きのオバサンだ。しかし,退屈ですのう──喫煙アメをペロリと舐める。これは20粒で千五百円もしたという 実にシロモノだ。ウヘー。マズイ!あんまり不味い飴なので,煙草が吸いたくなっちゃったゾ。これ,禁煙アメじゃなくて,喫煙アメじゃないのかなぁ?

 13時50分。お楽しみの昼食は,洋食(鶏の照焼orベジタブル・ラザニアorメカジキのソテー)と和食(松花堂弁当)の選択である。後ろから日本人のスチュワーデスさんがトレーを押してきて,ボクタチは ,これを最後のヤッポン食にしようと松果堂弁当を選んだ。そして,スチュワーデスさんがボクタチの前の席に行った時である──騒ぎは起こった!「和食がなくなったってどういう意味よ」「回りはあるじゃない」「最後に回ったからなくなったなんて失礼でしょ」例の深海魚のオバサンは大騒ぎである。スチュワーデスさんは,一生懸命に謝っている。「謝られたって困んのよ」オバサンの黄色いガナリ声はいつまでも続く・・・ボクははっきり言ってムカムカしていた。松果堂弁当に口をつけてなかったら,よっぽどこれをくれてやりたかったくらい。だいたい,口答え出来ない立場のスチュワーデスさんをイジメたって仕方ないってもんだ。それにしても,よくも,あんなに威張りくさったイヤらしい口調でしゃべれるもんである。結局,深海魚オバサン達は,この後の食事に出てくる リフレッシュメントの寿司を追加でもらうことになった。

 さて,食事も終わり,トレーが下げれる。深海魚は,コップをビニールに包んで,バックに隠した。う〜ん。スゲー。
 そして,またまた騒ぎが起る。深海魚オバサンの前の席の青年が椅子を後ろに倒したのでだが,「ちょっと,あんまり倒さないでくださいよ!」「これじゃトイレにも行けない (マジ〜?)」・・・前の席の青年も,ボクといっしょで,例のスチュワーデスさん事件でムカムカしていたのだろうと思う。青年は,しばらく,深海魚の 黄色いガナリ声を聞いていたようだが,「五月蠅い。ババア」とのたまった。一瞬黙り込んだ深海魚だったが,「レディーに向かってなんてことを!紳士はレディーに対してそんなことは言わないものよ」と叫んだ。青年は,「あなたがレディーでしたら,ババアなんて言わないですけどね」と気持ちいい口調で言い放った。ボクも,青年同様,深海魚はレディーとは極めてほど遠いと思われた。少なくとも,レディーは,コップなどガメ たりしないものである。
 深海魚は,隣のお付きにブ〜ブ〜しばらく言っていたが,今度は,彼女(深海魚の席は窓側で彼女の前)に「椅子を倒しますね〜」と例のイヤらしい声で言いながらグイと椅子を後ろにやったのである。 スチュワーデスさん事件にまだ腹を立てていたボクは「あんまり倒さないでくださいね」と深海魚のセリフそのままに低い声で言った。深海魚は驚いたように一瞬ボクを見たが, 別に吐くセリフもなく,そのまま黙りこんだ。

「stewardess」:”世話役”と言う意味の女性型。「steward」は古代英語で「stig」(豚小屋)と「weard」(見張り番)を合成した語。

エウロペはフェニキア(現在のレバノン)のテュロス王の娘。ゼウスがいつものように下界を見ていると,遠くで美しい少女・エウロペが衣服を脱いで水浴びをしている姿が目に入りました。オリンポスから何千キロも離れていても,そこはそれ,全能の神様なのです。例の如く浮気心がムクムクとわき起こってきたゼウスは,妻のヘラに「ちょっと散歩に行ってくるよ」と言い残すと,さっそくフェニキアにひとっ飛びで向かったのでした。
そこで,ゼウスは,嫉妬深い妻の鋭い眼を逃れるために,「念のためだ」とつぶやくと,一頭の美しい白い雄牛に変身し,「モーモー」鳴きながら,エウロペにゆっくりと近づいていきました。
無邪気なエウロペは,この白い雄牛がすっかり気に入ってしまい,花輪を雄牛の首にかけたりして,しばらく遊んでいましたが,雄牛がとてもおとなしいことが分かると,ついつい背中に乗ってしまったのです。
ゼウスは,その好機を逃さず,「ブモ〜」と鳴くや,ものすごい勢いで走り出し,ついには海をドドドドドと渡ってクレタ島にまで渡ってしまったのでした。
そこで,ゼウスは元の威厳のある姿に戻り,エウロペと結婚しました。そして,彼女は三人の子供を産み,幸せに幸せに暮らしたのでした。彼女の子孫は,後のヨーロッパ大陸に広がり,繁栄することとなります。もちろん,ヨーロッパは,彼女の名前にちなんだもの。そして,ゼウスは,彼女への愛の記念として,雄牛を夜空の星座に上げたのでした。

第3章 ゆかいなロンドン

うまか棒かな?

ロール・サンド

あんかけヤキソバ

 17時半。アイスが出る。ボクのカンでは,これは森永の”うまか棒”ではないかと思われた。
 19時半。リフレッシュメント。ボクは,寿司他3種類のメニューの中からチェダー・チーズを挟んだロール・サンドを選ぶ。ついでに,コーヒーを頂くとしよう。ゲップ!
 22時45分。到着前の軽食。いったい,夕食なんだか,夜食なんだかよく分からなくなってきた。これまた2種類のメニューの中から あんかけヤキソバを選択。バナナとかもついできた。ウッキー。こうやって,メニューを書いていくのも疲れてきちゃった。それにしても,グルピイ〜。

 その頃,なぜしか彼女の方のTVが調子悪くなった。他のチャンネルに変わらないのである。搭乗前にもかなり名前を読み上げていたけど,ちょっと壊れ過ぎである。 ヴァージンアトランティック航空,機内食に関しては,すごいんですけど・・・。TVを見ても,英語でペラペラ言っているので,語学に不堪能なボクタチは,あんまり見る気がしないのだ。マリオとかのゲームもありましたけどね。

 0時(もちろん深夜の)。何粒目の禁煙飴をなめただろうか・・・飛行機は,ロンドン上空 で高度を下げつつあった。あれはテムズ川だろうか(たぶん違うと思うケド)・・・

ここでジュースを買った

奥が喫煙所で〜す。わ〜い!好きっ

 1時半。ロンドン郊外のヒースロー空港に,定刻より30分遅れで飛行機は降り立ったのである!ボクタチは疲れ果てていた。 みんなも疲れ切った顔をしている。成田から13時間のフライト──。ここで,ロンドン時間に時計を合わそう。”キリキリキリ”ヤッポンとの時差は,8時間(早い)であるから,現在はロンドン時間でまだ8月4日の夕方16時半なの である。
 空港内に降りたボクタチは,ここで,しばしトランジット。その気になれば,空港を出て,市内へも行くことも可能だそうなのだが,イギリスの出入国審査は相当厳しく時間がかかるため, 今回は無理だとのことだ。

 まずは,ボクは,ネコまっしぐらで,空港内にただ1カ所だけある喫煙所(Smoking area)で,プカプカ。白い煙が心地よく空中を漂っている。いいトコ〜。ロンドンって, サイコー。ここは,結構肌の黒い人が多いんだ・・・そして,ケムリが灰に充満した頃,ボクタチは,免税店回りを初め,結局,千円札を出して,ジュース(エスプレッソ&アイスティー)とポテトチップの小袋とグミキャンデーを買っただけ。おつり はポンドとペニー貨(1ポンド=180円くらい)でもらったが,帰りもこの空港を経由するので,その時用に取っておくことにする。 ここの物価は,ヤッポンと同じくらいかなぁ。
 免税店に行ったり,トイレに行ったり,喫煙所に戻ったりしながら,長い長いトランジットの時間を過ごした。免税店の付近では,大阪からっぽい女子高生たちの団体がウロウロしていた。あのヤマンバ達を見て,ロンドンっ子は何と思っただろうか? アフリカ暗黒大陸からやって来た人食い土人とでも思ったかなぁ。空港内は,とても寒い。震えながら,椅子に座って眠気を我慢しているうちに,ようやく集合時間だ。 待ってました!

窓からボクタチのVS-1000が見えた

 20時,ボクタチは,カルガモの親子みたいに,添乗員さんの後をついて,グワッグワッと,搭乗口に向かった。しかし,ここで,またまたしばらく待たされる。ここもまた格別に寒いのう。イギリス人って,よっぽど寒さに強いらしい。彼女は,すっかり寒さにやられて,動きが鈍くなってしまった ため,ボクだけ元気にカメラを持って飛行機の写真を撮りに窓に行く。あれっ。雨だよ・・・ヒースロー空港はいつの間にか降り出した雨にけぶっていた...

今度は真ん中側の席

また,ゴハーンが出た

 21時,ようやく,搭乗開始。ボクタチは空元気を出して,”ヴァージン・アトランティック”VS-1000便に乗り込む。前の901便が横8席だったのに比べ,今度は横7席で,スマート な機である。 ボクタチの席は,真ん中三列の左二つ。彼女が真ん中に座って,その隣にギリシャ人女性が座った。ええのう。ボクが隣に座りたかった!それにしても,この機は,TVもついてないし。 座席のトレーもぶっ壊れていて,ボロッチイのだ。ううっ・・・それにしても,寒い。氷河期のようだ。今って,12月あたりでしたっけ?ブルブルブル。
 ボクは青い顔をして,薄い毛布にくるまった。 そして,離陸を待っているうちに,ボクは眠ってしまったのだった──
 しばらくして,ガタガタという振動で目が覚める。ずいぶん寝てしまったようだ。懸命に窓を見ると,飛行機は滑走路を走っているようだ。分かったぁ!いつの間にかアテネに着いたんだ 〜。やっと!実に長い旅であった。フハー──その時,彼女が言った。「遅れて今離陸するのよ」「うっそ〜!」時計をあわてて見ると,22時だぁ〜

 ガックリきたボクは,ここで,ギリシャ時間に時計を合わせる。キリキリキリ。2時間プラス・・・20時だ!つまり,ヤッポン時間より,ロンドンでは8時間早く,ギリシャでは6時間(サマータイム時。それ以外の時期は7時間)早いってワケ。

問題のギリシャ女性

 またぞろ,冷気が。ゾゾゾ。しばらくして,ようやく気がついた。頭の上のエアコン吹き出し口がクルクル回すネジ式になっていて,これがゆるんでいたため,ボクにモロに冷気が当たるようになっていたのである。な〜んだ。 ボクって頭いいなぁ・・・喜んで,穴をふさいだボクだったが──やっぱり寒いには全然変わらなかった。
 0時半。ジュースが出る。オレンジでいいや。1時半。ゴハンだ。サカナにリゾットにマメ。ケーキもついていた。ボクはなんとかケーキだけ食べた。もう食べられな〜い。アテネにようやく近づいた頃,彼女が ,「気分悪〜い」と言い出した。ええっ!?マズイ・・・座席にあった鬼太郎袋をあわてて取り出す。
 「アテネだ!」「もう少しだよ」ボクが気休めを言って,彼女を励ます。どうも,彼女の向こう隣に座ったギリシャ女性( 最初,若いと思っていたが,よくよく見ると40歳くらい?)の体臭か,若しくは香水が強烈であるため,彼女の鼻を著しく刺激したようだ。そうとも知らぬ飛行機は,のんきにアテネ空港に降りていった。ブーン。ゴォゴゴゴゴ〜!!!「ふ〜。間に合った!」

 3時15分,アテネ到着。日本時間では10時15分だ。成田を飛び立ってから23時間近くが経っていた のである。

紀元前2千年頃。クレタ島一帯にクノッソス宮殿に代表されるミノア文明が栄えていた。それを制圧したのがアカイア人。紀元前1400年頃にはミノア文明を滅ぼし,ミケーネ文明を開かせた。しかし,ミケーネ文明は紀元前1100年頃に謎の滅亡を遂げ,しばしギリシャに暗黒時代と呼ばれる時がおとずれる。その後,文明の中心はギリシャ本土(ドリア人など)に移り,紀元前8世紀頃になると,共同体的都市国家(ポリス)が発展する。このポリスが民主主義の始まりとされている。この頃,オリンポスの神々の信仰が広まり,ホメロスなどの叙事詩が成立する。有力なポリスは,アテネとスパルタの二強で,しばしば相争ったが,ペルシャの侵攻に対して一致団結し,デロス同盟の中心となったアテネは空前の繁栄を誇ることになる。しかし,スパルタとのペロポネソス戦争を経て,疲弊するポリス諸国の間隙をついて勢力を伸ばしたのがマケドニア王国だった。マケドニア軍は紀元前338年にギリシャ全土を制圧し,アレキサンダー大王はペルシャを始め,東方諸国を攻略し,広大な領土を得る。しかし,アレキサンダー大王の死でマケドニアは急速に衰退することになる。イタリアで勢力を伸ばしていたローマは,紀元前86年にアテネを占領し,ギリシャを属州とする。しかし,歴代のローマ皇帝は文化をギリシャに学び,逆にローマのギリシャ文明化が進む。しかし,ローマ帝国が東西に分裂した395年からは,東ローマ(ビザンチン)帝国がギリシャを支配することとなる。この間,キリスト教は,ギリシャ正教として浸透し,ギリシャの神々は人々の記憶から消えていく。東ローマ帝国の都コンスタンチノープルは,1204年に十字軍により占領され,ギリシャはヴェネツィア共和国とフランクの諸侯に分割される。14世紀には,ギリシャは,東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン・トルコの領土となり,苦難の時代が続く。1833年。ギリシャ民族は,英仏露の支援を受け,ついにトルコからの独立を勝ち取り,ギリシャ王国を誕生させる。しかし,第二次世界大戦後,内乱が勃発し,軍事政権が台頭したギリシャだったが,1974年に軍事政権が崩壊し,ようやく(ポリスの時代以来の)民主主義国家として新たな道を歩み出すのである。


2001年8月5日(日)...

第4章 我ら,ギリシャに到着す!

 スーツケースを受け取って,人影まばらな空港を歩く。この空港”エレフセリオン・ヴェニゼロス国際空港”は,2004年のアテネオリンピックのために,アテネの中心から東に27キロの場所に,2001年3月末にオープンしたばかりの新しい空港だ。早朝3時の空港は,空港独特の不思議なニオイがした。

空港にて。画面左が両替所

 両替所で,みんなは円からドラクマに両替(1ドラクマ=3.1円くらい)だ。 ここで両替すると,手数料1,500ドラクマ(500円)取られるし,ボクタチは,前もって日本で両替してきちゃったので,見てるダケ。待っている間,ボクは初めてのギリシャトイレを試した。ボクは,オシッコが近いので,トイレに行くあらゆる機会を逃さないことにしているの だ。それにしても,いつも思うのだが,ヨーロッパのトイレは,便器(男性用)が高い位置にある。足の長さにいささか不自由しているボクは,ギリギリってトコ。オヘソの上あたりにオシッコするところがついていると,ちょうど便利でいいなぁ・・・と,考えつつジョジョジョ〜。

アテネに向かって,出発〜!

 それから,スーツケースをゴロゴロ押して空港の外へ。そこには,バスが待っていた。緑っぽいパス。もしかして,去年,バスジャックされたのと同じやつかなぁ?空港から,アテネ市内のホテルまで約40分の道程である。そして,夜の中をバスは ,空港を離れて,アテネ市内に向かって走り出す・・・光がキラキラと瞬いていた。

枕の上にキャンデーがあった

 5時。ホテル”ドリアン イン”に到着。どこをどう通ってきたのか,ぜんぜん分からないや。窓の外をボーと光や建物を見ていた・・・から。このホテルは,三 ツ星のホテルだが,まずまずの ビジネスホテルって感じ。添乗員さんの説明によると,明日(今日?)午前中,早起きして自由に市内を見たい人は朝8時にモーニングコールで,各自バイキングの朝食 の”健脚コース”。疲れちゃって寝ていたい人は10時半にモーニングコールというと”ヨボヨボコース”に別れている。若さ溢れるボクタチ,パルテノン隊は──根性なく,”ヨボヨボコース”に しちゃった。鍵(なんと,カードキーなのだ)を受け取って (がたがたしている)エレベーターに乗って7階の部屋へ。

 そこは思いがけず,いい感じの部屋だ。彼女は,ヨーロッパ独特の古いニオイがしないと大喜び(去年のイタリア旅行の時は,ホテルは,みんな”サカナ”臭いニオイがしたのだ)。枕が変わった並び方をしていて,上にキャンデーが置いてある。むむ。仕方ない。ええと。枕ゼニを置いとくか・・・ギリシャでは, 枕ゼニの標準は一人300〜500ドラクマ(100〜150円)らしいので,ケチケチのボクタチは,ヤッポンの100円玉を2コ,ポローンと机に置いた。スーツケースを開けて,お風呂に入って( どうかな〜と思っていた,お湯はちゃんと出ました) ,そこで下着の洗濯。ヨーロッパでは空気が乾燥しているので,概ね一晩で乾いちゃうのだ。洗濯は,疲れてるから大変なんですけどネ。

 彼女がお風呂に入っている間,ボクは,TVをポチッとつけてみる。しかし,ナニ言ってるか分からないし,ギリシャの番組ってあんまり面白くない感じ・・・。チャンネルをクルクル回していると,あれれっ! ウホホ?こ・これは!そう言えば,添乗員さんが,「TVはペイチャンネルがあるから,気をつけてくださいね。後でお支払いとなります」って言ってたっけ。でも,そんなボタン,押した覚えはないし。ぷるる・・・それにしても,ギリシャ人って,「後」が大好きだってジョークを 読んだことがあるけど,ナルホド〜...彼女がお風呂から出てきたので,あわてて, クルクルとニュースのチャンネルに戻す。わ〜い。ギリシャって,いいトコ〜このホテルもいいトコ〜

 窓の外が白々と明けてきた部屋で寝る。うーん。今,6時半だ・・・おやすみなさい〜・・・明日から,どんな冒険が待っているのだろう?
 

第5章 炎のランナー

ホテル”ドリアン イン”

ホテルのロビーで待ってるトコ

 10時半。電話がリンリン鳴る。誰じゃ。ボクを起こそうとする悪いヤツは?電話は取った途端,切れちゃった。そうか。モーニングコールなのか・・・まだなんだか眠いけど,服を着て準備準備。明日もこのホテル泊だからスーツケースを出さないですむのがラクチンである。まずは,トイレ へ。

 ギリシャのトイレは,紙を流すとつまっちゃったりする場合が多い。基本は,トイレの横にあるゴミ箱に,オシリを拭いたペーパーをポイすること。ボクは,ホテルでは,紙をごくちょっぴりだけ使って,試しに流してみることにした。ゴ〜・・・ホッ。ここのホテルは大丈夫みたい。ちなみに,もう一つ注意。大の場合は,あんまり奥に座らない方がよろしいでしょう。手前にチョンと座るのがグー。水のたまったトコがヤッポンと違って,相当前の方にあるのだ。排水が悪いのは,アテネの下水道管が細いためだそうである。お風呂のお湯も,一気に流すと,ゴボゴボと逆流することがあるとか。

アテネ市内をバスで走る

 11時45分,ロビー集合。今日の予定では,まず昼食を食べにレストランに行って,れからアテネ市内観光なのである。 ホテルの前にバスがトコトコやってきた。昨日(今日?)の空港に迎えに来てくれた緑バスだ。 よし,乗るぞ!バスの真ん中の方に座ったら,またも深海魚のオバサン達がボクタチの前に座ったので,ボクタチは後ろの方に移動。なんで,くっついてくるのじゃ?シッシッ!バスの前半分はいっぱいだけど,後ろは結構空いている。

 そして,バスはブブブ〜と走り出した。ガイドさんは,カテリーナさん。ギリシャ人らしく,ポッチャリとした40代後半くらいの女の人だ。運転手さんは昨日空港に迎えに来てくれた安藤( 後でよく聞いたらアンドーニさんだった)さん。アテネ市内の道路は結構空いている。人口1,046万人のギリシャにおいて,アテネだけで 人口は340万人。つまり,ギリシャ全土の3割の人口を抱える大都会アテネ。 カテリーナさんによると,今日は日曜日なので,道が空いているんだって。

新婚?さん。水が3本

シーフード・リゾットだ

 オモニア広場からシンタグマ広場を,ゼウス神殿を車窓から見ながら, 約15分ほどで,バスは”Memories(メモリーズ )”というレストランへ。席に着くと,ボクタチといっしょになったのは,唯一の新婚さんらしきカップルだ。グフフ・・・皆さんご存じのように,ボクって新婚さん に目がないのです。ヒューヒュー。新婚さんの彼女の方がかなり旦那さんをリードしている感じであり,旦那さんは,奥さんに「ハイ。そうですね」とか敬語を使って いる。初々しいですね?

 ウェイターさんと添乗員さん(旅の最後までテーブルを回ってくれた。すごく親切!)がテーブルを回って,飲み物の注文。ボクタチは,水(800ドラクマ)にした。 でっかいボトルの水を買って,これからの市内観光中に飲むつもり。前菜は,シーフードリゾット。 お米がタイ米のように長い。サラダが出て,メインがサカナ。デザートがスイカである。こっちのスイカは,楕円形の巨大ウリであり,甘くはないが,スッキリとした味わいである。
 新婚さんたちによると,二人は,8時に起きてシンタグマ広場に行ったらしい。え〜の〜。新婚さんは精力満点じゃ。そこで国会議事堂の前で衛兵さんの交代を見て,帰りは地下鉄でオモニア広場まで帰ったとか。フ〜ン。ボクタチが 新婚さん達の武勇伝に感心して目を丸くしていると,新婦さんの方が「わたしは一人で海外によく行ってるんです。この人は慣れてないですけど」フンフン?「弟なんです」──エエー!そういや,似てる・・・ このツアー唯一の新婚さんだと思ったのに。 フナフナフナ〜。食べ終わると,飲み物代を回収にウェイターさんと添乗員さんがテーブルを回ってくる。チップは概ね飲み物の1割強程度だ。

苦しさに顔をゆがめながら走る!栄光をつかむために

 13時。また,バスに乗って,ほんの5分ほどで,”オリンピックスタジアム”へ。ここは,第一回オリンピックが開かれたところ。

 古代オリンピック が始まったのは,紀元前776年 のこと。このゼウス神に捧げられた祭典は,4年に1度,5日間に渡って開催された。開催期間の前後1ヶ月は,ポリス(都市国家)間の戦争も禁止されたのである。オリンピックは,ギリシャがローマ帝国に併合された後も続いていたが, キリスト教の国教化後,テオドシウス帝の異教禁止令を受け,393年に廃止されたのである。・・・そして,時は流れ,1896年のことである。 フランスのクーベルタン男爵の発案により,ここアテネで第一回オリンピックは開催された。そして,2004年夏季オリンピック第28回大会がまた,ここ,アテネで開かれる!108年ぶりに・・・

 強烈な日差しの元,ボクタチはバスから降り立った。このオリンピックスタジアムは,”アテネ競技場”とも言い,上に書いた古代オリンピックが行われた”オリンピア”は,遙かペロポネソス半島にあ って,実は別モノなのである。しかし,ここの競技場も歴史は相当に古く,紀元前331年まで遡ることができる。スタジアムのトラックに立って,遙かなオリンピアに思いをはせる。昔の英雄たちを...当時 の出場者達は,真っ裸で競技を行ったらしい。なぜか女性は出場できなかったとのことだ。さぞかし出たかったでしょうにね。

 抜けるような青空のもと,ボクは走った。信念のために。そして,神に与えられた力を証明するために!

ゼウスは,思慮の女神メティスを愛し,そして,メティスはゼウスの子を宿しました。しかし,メティスの産んだ子供が自分を滅ぼすであろうという預言におびえたゼウスは,なんと,メティスを頭からパクリと呑み込んでしまったのです。この行為には,さすがに,良識ある神々は眉をひそめましたが,ゼウスは,「彼女と一体となったことで,わしの才知はさらに磨かれたものとなるじゃろう」と勝手なことをうそぶいたのです。
数ヶ月が経った時のこと。ゼウスは激しい頭痛に見舞われました。しばらく,セデスを飲んで頭痛に耐えていたゼウスでしたが,七転八倒,ついに我慢ならなくなったゼウスは,ヘパイトス(鍛冶の神)に命じて,自分の頭をかち割らせました。すると出てきたのは,兜と胸当てと槍で完全武装した姿の女神アテナ。アテナがメティスの腹からではなく,自分の頭から産まれたため,恐怖の預言から逃れられたゼウスは,彼女をひどく溺愛することとなります。処女神アテナは,智恵の女神であり,その知略によって,戦いの女神ともされたのでした。
ある時,アテナと海神ポセイドンは,アッティカ地方の統治権で争うことになります。神々の仲裁は,「この地の人間に役立つものを与えた方を領主とする」というものでした。
まず,ポセイドンは,アクロポリスの丘に立ち,三つ又の鉾で岩を突いて,馬を作り出しました。次にアテナは,槍で岩を突き,オリーブの木を作り出したのです。神々と人間の判定は,共にアテナの勝ち・・・そして,彼女は,アテネの守り神となったのです。
もちろん,アテネの地名も,アテナにちなんでつけられたものです。

第6章 パルテノンのパルテノン隊

おもしろ〜い

 バスは,イロドゥ・アティク通りの大統領官邸前をゆっくりと走る。衛兵さんが面白いんだ。日曜日だから,一番イイ服を着ているらしいんだけど,ピコピコピコと歩いて,足をピョコと上げる。ムフフ...足の先に,なんか丸いモノがついております。

階段を登る

チケット売り場前にて

 13時半。”アクロポリス”の丘の駐車場に到着。アクロポリスは,「高い(アクロ)都市(ポリス)」という意味で,高さ150mの丘にそびえる。アクロポリスに最初の神殿が建てられたのは,紀元前12世紀頃。そして,破壊と再建を繰り返しながら,アクロポリスは,現在までアテネの歴史を見守ってきた 。
 それにしても,暑い!ガイドさんによると,今日は気温が40度だそうだ。ううーん。ジリジリジリ。でも,ヤッポンのように湿気がないので,日陰では結構涼しく感じられる。その日陰がなかなか見つからないのが ちょっとした問題だが。汗をかくが,すぐに蒸発してしまう。いくら水を飲んでも,飲み足りない...ヤッポンから持ってきた500mlのお茶のペットボトルが,あっと言う間に残り少なくなってしまう・・・こらこら。隊長を差し置いて,そんなにゴクゴク飲んではいか〜ん!

 階段をトコトコ登る。夏休みだから,観光客でいっぱいだ。特に女性は涼しげな格好をしている。日焼けなんて気にしないのかなぁ?アッチッチ。ボクの扇子は大活躍である。 ヤッポン人のグループもいる。胸の名札には”神の言葉を教える者”ですって。アテナ神になんか教えるつもりかなぁ?チケット売り場前の広場の木陰で,まずはガイドさんの説明。 

 紀元前480年にペルシャ軍によって破壊されたアクロポリスは,アテネの黄金時代とされた紀元前447年から,アテネの将軍であり政治家でもあったペリクレスの手で, パルテノン神殿 をはじめとする神殿軍が再建されたのであった。パルテノン神殿は処女神アテナを祭ったものであり,”パルテノス(処女)”からその名前を由来している。ローマ帝国時代を経て,ビザンツ帝国時代はキリスト教教会,オスマン・トルコ支配下においてはイスラム教モスクとして ,長い長い歴史を生き延びてきたが,1687年。トルコとヴェネツイア軍との戦いで,トルコ軍の弾薬庫として使用されていたパルテノン神殿は,ついに, ヴェネツイア軍の砲弾で原型をとどめぬほどに破壊されたそうである。現在あるものは,19世紀から再建されたもの...

振り返る!

あれがパルテノンだ

アテナ古神殿跡

 そして,入口から中へ!階段を登って前門へ。後を振り返ると,アテネの街並みが。そこへ添乗員さんの現実的な注意が飛ぶ。「スリよ!気をつけて」なんでも,ツアーの誰かの後に怪しい人がくっついて狙っていたそうだ。そこで,しばらくフリータイム。ボクタチは,クモの子みたいに,パーと散らばっていった。
 まずは,お目当てのパルテノン神殿へ。やっぱり,みけねこパルテノン隊ですものね〜。パルテノン神殿は,古代ギリシャ建築の傑作中の傑作。柱は遠くから真っ直ぐに見えるよう中央部分を太くし,わずかに内側に傾け,角の柱はやや太くし・・・と,視覚効果を十分に考慮して作られている。神殿内部は,鉄骨の足場が組み立てられ,修復作業中であることが分かる。

 そして,神殿の後側へ・・・弾むような足取りで歩いていたボクだったが,左足を「グギッ」としてしまった!足場は,大理石のカケラなので,ツルツルなのである。「ウヲー!」一瞬ヘラクレスのような雄叫びを上げたボクだったが,近くにいた添乗員さんが,驚いたようにこちらを見たので,あわてて知らぬフリで,「ふんふん。ええ神社じゃ」とカメラを構える。ネンザ如きで,くじけられん!

 神殿の裏には,小さな”アクロポリス博物館”がある。ここは,丘全体の景観を損ねないよう,地面を掘って立てられた博物館であり,アクロポリス周辺で発掘された出土品を所蔵しているのだ。第2室に”仔牛を担ぐ青年”。これは,初期アルカイック期(紀元前600〜550年)の傑作とされる。第4室には,”ランパンの騎士像”。この頭部の本物は,フランスルーブルにある。このような例は,ギリシャでは数多くあり,トルコ支配下時などに,各国の大使などが ゴリゴリ剥がして本国に運んちゃったのである。これを,各国では「持ち帰った」と言い,ギリシャでは「盗まれた」と言う。 最後の第9室では,エレクティオン神殿の本物の女身柱が4体あった。

アクロポリス博物館にて

仔牛を担ぐ青年

ランパンの騎士像

パンツはかなくちゃ

エレクティオン女身柱





 

エレクティオン神殿(女身柱はコピー)

ヘロデス・アティコス音楽堂

 博物館を出たボクタチは,アクロポリスの丘の東端にあたる展望台 みたいなトコへ。頭上には,ギリシャ国旗がはためいている。手前に見える赤煉瓦の部分は,古いアテネの街プラカ地区。遠くの丘は,リカベトスの丘だろう...
 さて,もうあまり時間がない。ボクタチは,北側にあたる”エレクティオン神殿”側を回る。確か,ここがポセイドンアテナが争った場所。6人の女身柱(ただし,コチラは模造) がとても美しい。写真をパシャパシャ撮っていると,ううっ。もう時間がなくなってきた。ボクタチは,急ぎ足で階段を降りだした。途中で,眼下に見えるヘロデス・アティコス音楽堂をパチリ。今でもアテネ・フェスティバルとしてコンサートが開かれるらしい・・・ あれれ。ますます時間ないや。やべ〜。集合場所はバスの駐車場だから結構,遠いのである。ボクはネンザしている足をクルクル動かした。回りを見ると,ツアーの仲間たちもドドドと降りてきた。な〜んだ。ボクタチだけじゃなかったのね。

 12時45分。バスは出発。そして,次なる場所は・・・?と思ったら,ほんの3分ほどで,バスは停まった。ジャジャ〜ン!お楽しみ。お土産購入の時間であ〜る。”Hydra”ってお店。ガイドさんによると,カメオがとてもオトクなお値段で提供しているお店 だとのことで,日本人スタッフもおり,日本円もオッケーとのことだった。じゅるる〜。大喜びのボクタチは,ぶ厚いサイフを握りしめた!

Hyudra

オリーブオイル石鹸

 お店にゾロゾロ入って行くと,さっそくお店の人がカメオの説明を始める。ギリシャでは貝じゃなくて,石のカメオがオトクらしいですゾ。フンフン?でも,石のカメオ,去年のイタリア旅行の時,買っちゃったんですよね〜。しか も,お値段を聞くと,そんなに安い感じがしない。ちっぽけなやつでも,ウン万しちゃう。
 それより,ボクは,タダ(サービス)のジュースが置いてあったのを見つけたので,ゴクゴクゴク。ギリシャって,金とか銀とかが安いと聞いてきたが,今ひとつデザインがやぼったい 感じがするのだ。ボクが欲しいと思っていたのは,オリンポス12神の像!それに,ギリシャ唯一の世界的ブランドである”Folli Follie(フォリフォリ)”の品。革サンダル,海綿,ビスタチオ,松ヤニの香りのするブランデー”ウゾ”・・・。結局,1コ100円のオリーブオイルの石鹸があったので,バラマキ用にいくつか買っちゃった。まあ,まだ1日目。これからいろいろ買う機会もあるでしょうし,今から荷物を増やしてもしょうがないですよね?
 ギリシャの物価は,西ヨーロッパ最低レベルであり,ヤッポンに比べると,1/2から1/3程度に思われる。サラリーマンの最低賃金が月7万円程度だって 話だし...

 それにしても,この石鹸。まさか100円とはお釈迦様でも気がつくめぇて...グッフッフ!

その頃,オリンポスでは,ミス・女神コンテストが開かれていました。賞品は黄金のリンゴ。これを食べれば,フラボノ効果でお肌がスベスベになるという優れものなのです。最終選考に残ったのが,ゼウスの妻ヘラ,戦いの女神アテナ,愛と美の女神アフロディーテの3人でした。いずれ劣らぬ美貌に,神々の審査委員の投票も同点。そこで,審査委員長のゼウスが決めることになったのですが,「もし,わしが誰か一人を選ぶと,他の女神の恨みを買うのは必定じゃ」・・・と考えた賢いゼウスは,他人に責任転嫁することにしました。「神よりも人間の方が無難じゃろう」ゼウスは,トロイヤのプリアモス王の息子パリスに使者を遣わせて審査を依頼することにします。パリスは,人間界では「トロイヤのアラン・ドロン」と呼ばれるほどの美男子。女神達の間では,密かに,アポロンと並んで,パリスのブロマイドを集めるのが流行っているという噂もあったくらいだったからです。
審査の前の晩,候補者の女神達が次々とパリスの前に現れ,パリスを買収しようとしました。ヘラは世界の支配権を。アテナは戦の勝利を。アフロディーテは世界一美しい妻を与えようと,それぞれパリスに申し出たのです。
そして,女にしか興味のないプレイボーイのパリスが選んだのは,アフロディーテでした。これが,「パリスの審判」と呼ばれるお話ですが,後に10年にも及ぶトロイヤ戦争のプロローグともなるのです。

第7章 アテネ市内を探索す

 バスがホテルに戻ったのは,15時45分。これで,今日の予定はお仕舞いなのだ。後は寝るダケじゃ。なんてラクなツアーなのでしょう?・・・ボクタチは, 添乗員さんが,ホテルの屋上の12階にプールバーがあると言っていたのを思い出して,まずは,ちょいとプール方面を探索するとにした。ギリシャ美人が,トップレスとかで泳いでいるかも知れ ないですものね──あった!ありました。小さな小さなプールが。子供が何人か泳いでおりました。ナーンダ。
 バーには,テーブルがあって,ボクタチのツアーの仲間が一組(中年男1人・女性2人の謎の組)ビールを飲んでいた。せっかく,アテネまで来て,こんなトコで,ビールを飲んでいるなんて,モッタイナイですよね? やがて,ムズムズしてきたボクタチは,部屋に戻って,ゴソゴソ荷物を軽くすると, ホテルの外に飛び出した!

街角のキオスク

 さて・・・どこに行こう?今日は日曜日で,お店は殆どお休みなのである。しかも,ギリシャ人って賢いから,14時〜17時頃まではシェスタっていって,お昼寝タイムのために店を閉めちゃうのだ。 ヤッポンもマネすりゃいいのに。
 ホテルの前の道をとりあえずオモニア広場方面に歩き出すと,彼女が名案を思いついた。「テレカルタ(テレホンカード)を買って,ヤッポンに電話しましょう」そういや,目の前にキオスク(ペレープテロ)がある。ギリシャでは,通りのあちこちにこのキオスクがあって,ジュースからビニ本まで売ってい て,とても便利なのだ。ホテルのすぐ近くにあったキオスクで,ボクタチは,おそるおそる「フナフナ。テレカルタ。サウザンド・ドラクマ。プリーズ。ムッシュムラムラー」とか言ってなんとか買えた。 ボクタチって,語学に堪能なのだ。それにしても,1000ドラクマ=300円ちょいだから安いですよね〜。さっそく,公衆電話で,自宅と彼女の実家にTEL。音声明瞭で,アッサリ繋がった。「あっ。今,アテネなんだ。 とてもい〜とこ・・・」

 そして,オモニア広場へ。ガイドによると,ここはアテネでも,特にデンジャラス・ゾーンであり,夜は,ヤク中のたまり場 となっており,暴力バーもあるらしい。ギリシャは,ヨーロッパにおいては,比較的治安のいい国であるが, アルバニアなどからの不法滞在者の増加で,アテネなどの大都市部では治安が乱れ気味だそうである。しかし,ボクタチにとっては,全般に,イタリアなどの都市に比べるとずいぶん と安心して歩くことが出来たと思う。 オモニア広場は,ロータリーになっていて,大小8本の道路が放射線状に延びている。そこから,地図を見ながら広いパネピスティミウ通りを東南へ。やっぱり日曜日ということもあって,人通りは少ない。国立図書館やアカデミーを左に見ながら 約20分くらいでシンタグマ広場へ。

国会議事堂

衛兵さんと

ハトに300ドラクマ喰われる

 それにしても,暑いのう・・・ボクが持ってきたムギ茶のボトルの中身は残り少なくなってしまった。まずは広場手前の国会議事堂へ。ここには,ギリシャの高校生と,ハトの大群がたむろしている。ギリシャの高校生は,議事堂正面にある”無名戦士の碑”(1821年,トルコからの独立戦争で戦死した兵士を慰める碑)を守る衛兵さんと(無理矢理)記念写真を撮って いる。ここの衛兵さんも,やっぱり大統領官邸前の衛兵さんと同じく,日曜日の晴れ着を着ている。彼女の目がキラーンと光った!フム・・・衛兵さんと写真を撮りたいのね。ハイハイ。了解。彼女は,音もなく,スススと直立不動状態の衛兵さんの隣へ。 そこで,パチャリ。衛兵さんは,例えスズメバチに刺されたって,微動だにしてはいけないので,大変なのである。

 あたりを見回すと,ハトのエサ箱があった。1袋300ドラクマ(100円)ですって。ボクタチがよく見ようと近づくと,どこからともなく怪しげなオジサンが湧いてきた(いったい,どこに隠れていたのだろう ?)。「毎度おおきに〜お安くしときまっせ〜(ギリシャ語で)」しようがない・・・ギリシャのハト孝行でもするか。1袋買って,ハトどもにポイポイ投げると,飢えたハトは大喜び。手の上に,ワサワサ乗ってきた。

シンタグマ広場。正面の建物が国会議事堂だ

ごく一般的なファッションのギリシャ人男女

 ハトをからかって遊んだ後は,シンタグマ広場へ。ここは,アテネの中心とされ,1843年にここで最初の憲法が発布されたことから,シンタグマ(憲法)広場と呼ばれる。ここのベンチで一休み。しかし,暑いなァ。ボーとし て,通りかかるギリシャ人女性を見る。こちらの女性は,かなり胸元を開けたファッションだ。それにしても,胸が大きい感じ。メロンのようなという表現があるが,小玉スイカと言 うべきかも知れません...それに,彼女によると,みんなTバックらしいって。フーン。ボクにはよく分からなかったですけど。

 参考までに,街を歩いている一般的ファッションのギリシャ人男女の写真を載せておきますネ。ちょっと男性の方は黒っぽい肌をしてますけど,これは 明らかに日焼けだと思われます。

 向こうに,味なことやるマクドナルドがあったので,覗いてみる。 テリヤキバーガーでもないかのう...当然なかった。でも,その並びに,アイス屋さんをメッケた。その店には,グルグル回っている赤いのとオレンジ色のフローズンがあって,オレンジ色のフローズンジュースを 買った。「フナフナ。ジッス。ツー。プリーズ。マダムヤン」・・・なんとお安く,300ドラクマ(100円)である。フローズンオレンジは,すっごく美味しく,水分が蒸発して,干からびかけていたボクタチにとって ,生き返るような心地がした。
 本当は,プラカ地区にも行ってみたかったが,もう17時半過ぎだし(まだ寝不足気味だったし),ホテルに戻って休憩することにした。ボクタチは,地図を見ながら,今度はスタテゥウ通りを通って,オモニア広場へ。そしてホテルにトコトコ戻ったのである。

第8章 アテネ第二夜

 19時。ホテルのレストランで夕食の時間。今夜は何が出てくるんでしょう?ボクタチは,上品にヨダレを拭くと,レストランへ向かう。レストランの前では,ツアーのみんなも, ペロペロと紅く舌を蠢かせながら,席に着くのを今や遅しと待ちかまえていた。

ホテルレストランにて

 プップップッ--プー!添乗員さんのGoが出たっ!ワラワラとみんな席へ。ボクタチがテーブルに着くと,「ここよろしいかしら」と後からイガイガした声が・・・でっ出た〜。 オバケ〜・・・いや,深海魚オバサンとそのお付きだ〜フナフナフナ〜。

ミトスビール

野菜スープはバカウマ!

 飲み物は,ボクタチはそれぞれギリシャのビール”ミトスビール”(800ドラクマ=270円)を1本づつ注文。ちなみに,オバサン達は,付け人だけがビールを頼む。ゴクゴクゴク!ミトスビールは結構飲みやすいや。肝心の深海魚オバサンを見ると,キョロキョロしたと思ったら,テーブルの下のバックの中から”六甲のおいしい水”を取り出した・・・うう〜ん(言葉も出ない)。
 オバサン達の会話によると,海外はしょっちゅう出かけているらしい。午後は何をしていたかの話では,オバサン達は,添乗員さんが(出発前の)電話で「水着があると泳げますよ〜」と言ったのを真に受けて,水着を持ってきたの ため,ホテルのプールに入ってきたいう・・・ボクタチは,あまりの驚きに目をまん丸くした。

 前菜は野菜スープ。ゴテゴテ野菜が入っていたが,これが実に美味しいこと!ボクは,ペロリと平らげると,ついでに皿をペロペロ舐めた。次はサラダ。トマトとウリとオリーブの実だったが,このオリーブの実を一口パクリとやったボクは,あまりの ニオイ強烈さにフナフナとなった。メインは,リゾットと純粋なポークの固まり。最後に甘い甘いアイス。フ〜。ごちそうさま。
 深海魚オバサンは,「ギリシャなんて,どうぜ共産党か何かよ」と妙なことを言いだし,ボクに同意を求めたが,「確か,大統領制共和国ですよ」と答えると,「政党はなにかしら」「(冷たく)分かりません」・・・オバサン達 と話ているうちに,ボクタチは,やがて怖ろしいことに思い至った。彼女達の会話に節々に出てくる単語は,やけに聞き覚えがあるのだ──まさかっ!しかし,そのまさかだったのである。オバサン達の出所は,ボクタチといっしょ!嗚呼。ナンタルチア 。我が同郷の同胞(はらから)よ。懐かしさのあまり,みけねこの目はジンワリ潤んでいた・・・なんてことは全然ナイ!そういや,うちの県って,自己虫の県民性が特徴なんでしたっけ (お恥ずかしい)。

 食事の最後に,お付きのオバサンが「これ記念に持ってくわ」とミトスビールの空き瓶を包み始めたことに関しては,もはやボクタチは驚 こうとはしなかった。きっと,彼女達は,イヌのウンコを見つけたって,「記念に」とか言って大喜びでつつんじゃうに違いない。

 ボクタチは,肩を落として部屋に戻る。「あのオバチャン達と同じトコから来たなんて知られないようにしないとね」「きっと,ヤッポンに帰った時,車でいっしょに送ってけとか言うわよ」・・・送ってってくれれば,例のビールの空き瓶 をくれるって言われても,マッピラである。
 そして,ボクタチは,またも下着をセッセと洗濯して,アテネ第二夜を眠ったのであった。今日は,楽な日程だったが,いよいよ明日は6時起きのハードスケジュール。 寝る頃になって,アクロポリスでネンザした足首がひどく痛くなってきた。市内を歩いている時は大丈夫だったのに。ううっマズイ・・・。アンメルツをつけて寝よっと。そうそう。彼女がお風呂に入っている間に,ボクは,またも例のチャンネルをのぞいてしまったことは,言うまでもない。

ゼウスに愛された女神レト。しかし,レトの産む子は,誰よりも優れた子になるだろうという予言に(例によって)嫉妬に狂った妻のヘラは,レトの子供を産む地を与えてはならないと全世界に厳命したのでした。 そのため,可愛そうなレトがお産の場所を求めてきても,ニンフたちは,ヘラの怒りが怖ろしく,彼女を追い返してしまうのでした。
しかし,彼女に同情したポセイドンは,浮島だった不毛の島”うずら島”をレトに提供し,彼女はそこで,しゅろの木につかまって双子の姉弟を産み落とします。姉が月の女神アルテミス,弟が太陽の神アポロンでした。
実は,その”うずら島”は,(浮気性の)ゼウスに求婚されたが,夫に操を立てて,海に飛び込んで浮島となったってしまったレトの姉アステリアの変わり果てた姿だったのです。そして,二人が生まれた浮島は根付いて,後にアポロンは,その島に感謝を込めて神殿を建てることとなります。それ以降,その島は,”輝く”という意味を持つ「デロス島」となったのです。

 


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