旅行記

−みけねこパスタ隊の巻−

2000年7月28日(金)〜8月3日(木)の7日間の冒険。みけねこパスタ隊を結成したボクタチはイタリアへ飛んだ!
  地  名 時 間 交 通 適     用 食      事
7月28日(金) 成田発
ローマ着


12:00
20:00


JLー419


空路,ミラノ経由にてローマへ(約15時間)
 到着後,バスにてホテルへ

ローマ泊:アリス・ガーデン TEL(06)52362443
VIA ARISTOFANE 101 ROME
 
機内食
機内食
7月29日(土) ローマ発
カゼルタ着
カゼルタ発
バーリ

午前

午後


バス





カゼルタ王宮観光
 昼食後,バスにてバーリへ

バーリ泊:アンバシアトリ TEL(080)5010077
VIA OMODEO 51 BARI
ホテル
レンズ豆のスープ
ムール貝のリゾット
7月30日(日) バーリ発
アルベロベロ着
アルベロベロ発
ポンペイ着
ポンペイ発
ナポリ着
午前


午後

バス





トゥルリの家並み見学

ポンペイの遺跡観光
ナポリ泊:メディテラツオ TEL(081)5512240
VIA NUOVA PONTE TAPPIA 25 NAPLES
ホテル
ポンペイ風フジッリ
ボンゴレロッソ
7月31日(月) ナポリ発
カプリ島着
カプリ島発
ナポリ着



午前


午後






バス




青の洞窟観光,その後自由行動

ナポリ市内(国立考古学博物館,ヌオーヴォ城など)観光
ナポリ湾の夜景見学
ナポリ泊:メディテラツオ TEL(081)5512240
VIA NUOVA PONTE TAPPIA 25 NAPLES
ホテル
地魚のハーブグリル
ピッツァナポリターナ
8月 1日(火) ナポリ発
ローマ着



午前
午後



バス





ローマ市内(コロッセオ,トレビの泉など)観光後,自由行動
夜はカンツォーネディナー(ローマ泊)
ローマ泊:アリス・ガーデン TEL(06)52362443
VIA ARISTOFANE 101 ROME
 
ホテル
ラザニアと肉料理
カンツォーネディナー
8月 2日(水) ローマ 10:20
JLー444
バスにて空港へ
空路,モスクワ経由にて成田へ(約14時間20分)
ホテル
機内
機内
8月 3日(木) 成田 7:40   通関後,解散

機内

 

出発前日(2000年7月27日(木)のこと 曇

みけねこパスタ隊結成!(出発前日) vol.001

 初めての海外旅行だった新婚旅行から約2年半の時が過ぎた。毎年,夏になると,そしてまた冬になると,彼女は必ず「海外にまた行きたいわ」と言う。もちろん,気が乗らないボクは,「うーん。そのうちね」とか「また,日本人観光客が襲われたそうだ。海外ってオソロシイよね」とか答えていたが,彼女が新聞の広告の切り抜きを持ち出した時点で,ついに,ボクはあきらめたのであった。その広告とは・・・「クラブツーリズム 南イタリア・カプリ島・ローマ 7日間の旅 夏休みなのにビックリ激安価格218,000円!」ってやつだった。
 行程表は,上の表の通りで,添乗員も食事も全部ついて,この値段は確かに激安じゃないか。7日間というのも,二人とも仕事を持っているボクタチにとっては,ちょうどいいし,子供が出来たら,海外なんて当分行けなくなっちゃうから,これが最後のチャンスかも知れない。よし。決めた!行くぞイタリアへ。
 そして,我らは「みけねこパスタ隊」(構成員はボクと彼女の二人だけど)を結成したのであった。

成田全日空ホテル。火事じゃないよ

 出発前日の27日。午前中は会社に出勤して,午後に急いで帰宅。猛然とスーツケースに荷物を詰め込んだボクタチは,赤いスポーツカーで(ホントは赤い年代車で)一路南へ下り,東関道をブブブと走る。そして5時頃,成田市内のジャスコにつく。ここまでは,新婚旅行の時といっしょだが,ここからが昔とは違うのだ。やっぱり,結婚して2年半も経つとオリコウに進化するものである。
 ここで,夕食のお弁当を買う。新婚旅行の時はホテルのレストランで,サイフの底を叩いて,単品のチャーハン(1,200円也)を食べたものだが,今回は節約しようってワケ。6時過ぎに「成田全日空ホテル」につくと,ポーターさんがワラワラ集まってきて,スーツケースをゴロゴロ持っていっていまった。有り難てえこって。ヘコヘコ。なんだか,お金持ちになったみたいで,とても気分がいいや。オッホン!明朝,成田へ来ることも出来たのだが,わざわざ前日にホテルに泊まることにしたのは,1泊1人6,000円(素泊)で泊まれて,しかも駐車場は14日間無料,空港までシャトルバス運行という好条件に惹かれてのことである。実は,新婚旅行の時も,この同じホテルに泊まったのだが,そん時は1泊8,900円だった。価格破壊はバブル崩壊後も着々を進んでいたようだ。ボクタチのようなお金に不自由しているお金無しにはとても助かるのである。

テーブルの上にお弁当めっけ〜

 部屋で,お弁当をパクパク消化したボクタチは,このプランに付いてきたウェルカム・ドリンク無料券を手に握りしめて,フラフラとホテルの探検に出かけた。外に出てみと,電飾がとてもキレイである。外の野外レストランでヤキニクバイキングをやっており,紳士淑女達が笑いさざめきながら,ヤキニクを必死でパクついているようだ。ボクタチもヤキニクにすれば良かったかなあ〜とチョッピリ後悔しつつ,ホテルに戻って,スカイバーへ。
 いつもなら,こんなトコロに入るのは,ウロウロとためらう二人なのだが,今夜は別さ・・・なんてったって,明日から海外に行くんだもん。ヤッポン国のバーに入る如き,ためらっておれぬわい。アルコールランプの灯る席についたボクタチは,手に握りしめた無料券を出して,鷹揚な声でオリジナルカクテルを頼む。ウン。おいしい〜。ついでに,一番安いナッツ盛り合わせを頼んでしまった。さらに,フローズンカクテルにも挑戦!かくして,前回のチャーハンよりいっぱいお金を使ってしまったのであった。

 部屋に戻って,荷物の最終チェックだ。忘れ物はないかな?お金はリラで現金80万リラ(約48,000円)。トラベラーズチェックで700ドル(7万円)準備した。トラベラーズチェックは,円建てにしたかったのだが,地方銀行の支店ではドル建てしか出来なかったのだ。後は,クレジットカードがあれば充分。パスポートは,ズボンの内側にベルトに引っかけるタイプの隠し袋に入れた。これだと腹巻きタイプより取り出しやすいんだ。
 窓から外を見ると,雨が急に降ってきて,ヤキニクにガツガツ噛みついていた紳士淑女たちが,狂ったようにホテルに走り込んでくるのが見える。二人でしばらくその光景を眺めていたが,明日からのイタリア旅行のコトを思いつつ,ヤッポン国最後の夜を過ごしたのである。

 

1日目 2000年7月28日(金)のこと 晴

ここがイタリア!? vol.002

成田空港第2ターミナルにて

 7時に目が覚めたボクタチは,8時45分のバスで成田空港へ出発。今日は,快晴で,とてもキモチイイ。空港でスーツケースをゴロゴロ運びながら,空港で朝ゴハンをパクついたボクタチは,10時前に集合カウンターの前へ。添乗員さんはどんな人なんだろう?電話では,タカラさんとか言う名前で,えらく若い感じだったが・・・グフフ。楽しみだなぁ・・・しかし,よくよく目をこらして見てみると,添乗員さんは20代後半だろうか。結構テキパキして,ベテランって感じ。安心したやら,ちょっぴりガッカリしたやら。
 そこから,JALのカウンターに回って,スーツケースを預けて搭乗手続きだ。受付のオネーサンは,ボクの顔をニッコリ見て「窓際の席が取れましたヨ」と搭乗券を渡してくれた。ムフフ。やはり,この女好きのする顔のせいだろうか・・・アラン・ドロンか,そのまんま東かと言われた。困ったことだ。罪作りなボクの顔・・・と気をよくして集合場所に戻る。

 そこにいると,三々五々,ツアーの仲間達が集まってきた。さて。どんな連中なのか,興味津々で人間ウォッチングだ!いかな妙齢の美女がいることであろう?ふと,隣を見ると,彼女もハンサムな男性を期待しているらしく,ゴクリとツバを飲み込んでいる。フムフム?しかし,コキタナイ格好の健康サンダルのオジサンとか,家族連れとか,スキンヘッド(後で,出家さん家族と分かる)の人とかいるばかり。まあ,自慢じゃないが,コキタナイ格好じゃ,ボクタチも負けてないケドね。安心したやら,ガッカリしたやら・・・。そして,35名の大所帯はゾロゾロとゲートに向かった。ここで,ボクは,免税店に直行。タバコ(マイルド・セブン)がホシイのである。1カートン1,600円だものね。普段いかに税金をドッサリ取られているかってこと。2カートン買って,残った分は,帰国後のオミヤゲにするのだ。そして,出発の時間まで,トイレに行ったり,必死でタバコをモクモク吸ったりしていた。

ボクタチの飛行機JL-419便。約15時間のフライトだ

 12時。JL-419便,成田空港発。2年半ぶりの飛行機だ。ゴゴゴゴゴ〜。ボクタチの飛行機は,コンコルドのように元気に成田を飛び立った。驚いたことに,各座席には,テレビがくっついている。サービスいいじゃん!エコノミーの席はとても狭いけど,彼女が右の窓際,ボクが真ん中,そして左の通路側は開いている。ラッキーッ!人生地道に生きてると,タマにはイイコトがあるもんだよね。でも,悪いコトもひとつ。新婚旅行の時は,飛行機の一番後ろに灰皿があって,たまには,そこにタバコを吸いにいくことが出来たんだけど,今はもう全席禁煙なんだって。ふぅぅぅ〜。15時間,ガマンできるかなぁ。心配〜

翼よ。あれがミラノの灯だ

 約1時間後,飲み物(ボクはジュースを頼んだ)が出て,その後,お楽しみの機内食だ。ハンガリア・ビーフシチューにめばるの照焼。フーム。珍味なのじゃ。途中,トイレに行くと,トイレの中に禁煙パイポがあったので,気休めにこれを口にくわえる。でも,ホントに気休めですなぁ。ニコチンを溶かしたニコチンジュースでも飲みたい・・・。

 長い単調な時が過ぎ,17時30分,ようやく経由地のミラノ・マルペンサ空港に飛行機は降り立った。給油と清掃のため,約1時間,空港内に降りられるのだ。ニタ〜リと笑ったボクは,急いで空港内の喫煙所を探し回った。しか〜し,な〜い。灰皿の影も形も。くっそ〜。こうなりゃ,ヤケトイレだ!とトイレにいって,便器の見学。男性用は,とても位置が高いトコロにあり,タケウマでも乗らなくちゃオシッコ出来ないゾと思った。ボクは,とても未来的な優れた体型をしており,腸が長いので,消化機能バツグンなのだ(胴長の人は腸が長く,オナカの調子がいいワケ)。個室の方は,やっぱり聞いてきたとおり便座がない。中腰でするか,もうあきらめて,手前の方に上手に座るしかないのだ。ウーム。恐るべし,イタリア。
 両替所があったので,40ドル分,トラベラーズ・チェックからリラに両替してもらった。チップ用の小銭が欲しかったのである。「すもーる ちぇんじ ぷりーず」と言うと,オネーサンは,笑って,1000リラ札(60円)や5000リラ札をいっぱいくれた。売店に行って,せっかくだからと,菓子パンみたいなのを2コ(4900リラ)を買う。お味は,ヤッポン国のパンにそっくりだった。

 そして,また飛行機へ。ミラノで乗客がだいぶ降りたらしく,半分くらい席が空いた。そして,また飲み物とユウゴハン。今度はナポリタンなのだ。わーい。イタリアらしくなってきたゾ。でも,座ってばっかりのブロイラー状態なので,お腹が苦しくなってしまう。しかも,積乱雲が発達していたとのことで,飛行機は相当揺れて,怖かった。

 時計をクルクル回して,20時,ローマレオナルド・ダ・ヴィンチ空港(正式名:フィウミチーノ空港)に到着。日本とは,7時間(夏時間)の時差があり,ホントは,この時間は,ヤッポン国では,29日午前3時のハズなのだ。ちょっと得した気分である。飛行機を降りると,添乗員さんが,「タカラグループ集まれ〜」と言っている。ボクタチは,いつからタカラグループになったんじゃ?と思いつつも,ハーイと返事して集まる。入国審査は,実にカンタンであった。チラリとパスポートを見るだけ。添乗員さんが,「頼むとパスポートにハンコ押してくれるかも知れませんよ」と言うので,みんな,「プリーズ」と言って,ハンコをペタリと押してもらった。
 そして,手荷物受取所で,スーツケースが回ってくるのを延々と待って,スーツケースをゴロゴロ押しながら,空港の外に出た。そう。ここが,イタリアなのだ!もう20時半を回っているのに,外はまだ明るい。添乗員さんによると,21時半頃,ようやく暗くなるとのこと。

 赤いバスに乗って,一路ホテルへ向かう。ホテルは,ローマ市内とはいっても,ローマの外れも大外れみたいだ。添乗員さんよりイタリアの治安について注意がある。「特にパスポートには注意してください。入国審査は非常に簡単だったと思います。これはヤッポン人が信用されているからです。それだけに,ヤッポン人のパスポートは高く取り引きされています。末端では200万円と言われています」・・・ええー。200万円ですって。誰かボクのパスポート買ってくれないかなァ・・・。途中,幹のテッペンにモジャモジャ葉っぱが生えている笠松林が美しい街道を横切る。これがローマ帝国時代にローマからイタリア東南端まで伸びていたアッピア旧街道ローマ帝国の力の秘密は,軍隊をすばやく各地に派遣するための街道整備にあった。「すべての道はローマに通ず」

エッチっぽい鏡の部屋だ。ウッフ〜ン

外観はグットなアリス・ガーデン

 約30分間,バスは走って,ようやくホテル「アリス・ガーデン」に到着した。おっ。なんか良さそうな外観のホテルじゃないか。そして,ロビーに着くや否や,もどかしい思いで,ポケットからタバコを取り出し,プカ〜リ。仲間達もプカ〜リ。しかし,頭がクラクラしてしまった。ニコチンが完全に抜けきって,キツイこと,キツイこと。初めて吸うタバコって,こんな具合だったんだろう。

 そして,添乗員さんのミーティングを聞く。なんでも,オフロに入ろうと,各部屋で一斉にお湯を出していると,水しか出ない場合があるそうだ。こんな立派なホテルで,まさか・・・ね。キーをもらって,部屋に向かう。部屋に入った瞬間,ボクの鼻はピクピクうごめいた。なんだかサカナくさ〜い。外国のニオイだ。それに部屋は狭く,ドアノブはグラグラで,カギの開け閉めに一苦労。唯一,ベット脇の壁が一面,鏡になっているのが,とても気に入っただけである。彼女を見ると,鼻にシワを寄せて鏡を見ているので,エッチホテルみたいだと思っているのだろう。たぶんね。なかなか貯まらない湯船がいっぱいになるのを待ちながら,部屋をチェックすると,カミノケやゴミが床に落ちている。うーん。イタリア人って,あんまりキレイ好きじゃないみたいだよ。

 スーツケースを開けて,明日の準備を済ますと,お楽しみのテレビタイム。イタリアのテレビって,あんまり面白くないんだ。面白いのは,コマーシャルくらい。コマーシャルは,チョッピリ,エッチっぽい感じだ。胸くらいペロリと出している。普段から風俗の下品化を憂い嘆いてている教育評論家のボクは,熱心にそのコマーシャルを見た後,少しだけ,ホテルのロビーを探索し,パッタリ寝てしまった。もう,12時半を回っていただろうか。ううーん。疲れた〜。

 Piacere.(はじめまして)イタリア。明日からよろしく。

 

2日目 2000年7月29日(土)のこと 晴

カゼルタ王宮 vol.003

 6時,電話モーニングコール。添乗員さん一人で35人もの大人数をどうやって電話するのかを不思議に思ったら,一度に全部屋に電話がかかる仕組みらしい。出発の準備をすると,スーツケースを部屋のドアの前に置く。6時45分,ホテルレストランで,バイキング形式の朝食だ。数種類のパンに,ドリンク,ハムとチーズって感じで,ヤッポン国のホテルの朝食と変わらない。みんな,ガヤガヤとホテルの部屋のワルクチを言っていた。セーフティーボックスがぶっ壊れていたとか,非道いのとなると,巨大クモノスがはってたとか・・・。ホテルは,通常,☆の数でランクを表しており,最も高級なのが5つ星,トイレ・バスがあるのは3つ星以上だ。このホテルは3つ星の下の方なんだろう。
 上品な山の手家族(大学教授風のお年寄りと,有閑マダム,25くらいのおっとりとした娘さん)が言っていたケド,一部屋で3人だったので,エキストラベットが入り,スーツケースを開けるスペースもなかったそうだ。ヨーロッパのホテルは,二人部屋が基本だから,偶数で出かけないとタイヘンなのだ。(誰も口に出さなかったケド),お安いツアーだから仕方ないよね。それにしても,この「アリス・ガーデン」,最終日にも,ここに泊まるんだっけ・・・いやだなあ。

ボクタチの青バス。よろしくね

バスの中。席は毎日,自由に変更なんだ

 ホテルの前には,青いバスがボクタチを待っていた。新婚旅行の時のバスよりちょっとランクが落ちる狭いバスだったけど,これから最後までお世話になるバスなのだ。
 7時30分,ホテル出発。ローマからナポリ方面へ向かって高速道路を一路南下する。この道は,「太陽の道」とも呼ばれ,太陽にずっと向かって走ることから名付けられた。それにしても,さっそく3時間の長旅なのだ。遠〜い。途中,トイレ休憩のため,パーキングに入る。やっぱり,オバサンが番をしていて,チップを取られてしまった。200リラ(12円)も!コインを早めに作っといて良かったなぁ。イタリアって,相当硬貨不足で,一番小さな札の1000リラ(60円)札ばっかりしかもらえなかったりなのだ。おつりも適当で,1000リラに切り捨てられたり,(たまに)切り上げられたり。イタリア人って,あんまり細かいコトは気にしないらしい。
 そう言えば,ボクの座っている席の前の背もたれのトコロの小物入れを開けたら,リンゴの芯は2コ入っていた。隣の彼女の席のトコロは,なんかオソロシゲなコきたないティッシュが入っていたっけ。ギョエ〜

 バスの窓から見る風景は,意外と違和感がない。ドイツやスイスの時と違って,緯度が日本とあまり変わらないから,植生も似ているんだろうね。ただ,色の白っぽい木がいっぱい生えており,これがオリーブの木。そして,ヒョロリと幹が長く,てっぺんにモワモワ枝が広がっている笠松がちょっと違う感じだ。

 10時半,ようやく最初の目的地であるカゼルタについた。ここは,ナポリのチョット手前の町であり,世界遺産のカゼルタの王宮を見るのだ。ふぅぅ〜。遠いのう。わざわざローマに泊まらないで,ナポリの空港に降りられれば良かったんだけど(お安いから,しょうがないよね)。
 ここは,フランス・ブルボン王朝が18世紀に作った宮殿なのだ(港町ナポリだと,防御に適さないため)。だから,そんなの古いもんじゃない。イタリアは,長い間,小さな王国や領土に分かれており,ここらへんは,ナポリ王国として,さまざまな支配者が変遷してきた。ギリシャ・ローマ時代を経て,ノルマン人,アンジュー家,アラゴン家,スペイン総督,ブルボン王朝。そして,ボクタチは,信じられないほど明るい日差しの中,降り立った!

カゼルタの王宮

ボクのおなか,でっぱってない?

 ・・・途端にガイド本だの絵ハガキだの抱えたイタリア人が,ものすごい形相で,わらわらっと寄って来た。ゲゲ〜!あんなシロモン買わされてたまるかと,ボクタチは大急ぎで王宮の中へ入っていく。
 入口のところには,イタリア人女性が待っていた。この人が,カゼルタの現地ガイドのモニカさん。でも,日本語出来ないそうなんです。イタリアは観光ガイドが法律で厳しく制限されていて,必ずイタリア国籍を持った免状のあるガイドが付いていないとダメなのである。だから,ガイドさんが「アイム ビューチフル」とか(英語で)ボソっと添乗員さんに話すと,添乗員さんが「この床はオリジナルの大理石ではありません。ここに継ぎ目がありますよね。あちらの兵士の像はオリジナルです・・・後ろを御覧ください。ハダカの像です。グフフ」とか我々に通訳してくれる仕組みになっている。この通訳も,ホントはガイドさんが認めてくれないと,しちゃいけないそうなのだ。厳しいなぁ。それにしても,そのごく短い「ボソボソ」で,添乗員さんが長〜い説明をしてくれるのは,実に不思議であった。怪しい・・・。

 王宮のアチラコチラにある(ハダカの)彫像も,足の付け根のトコロに小さな小さな葉っぱがついているのが多い。一見,ブルボン王朝時代は,教育的?配慮がなされているような気もするが,かえってイヤラシイように思えてしまう。昔の宮殿は廊下というものがなく,豪華な部屋から部屋を歩いていくのだ。衛兵控え室やら下っ端とエライ人の待合室やら謁見の間やら王妃の化粧室やら。やっぱり,王様の商売って,3日やったら,やめられませんって。ホント。

 約1時間程の見学の後,あまり働いてないガイドさんとバイバイすると,15分程自由行動。勝手にトイレ(チップ要)に行ってコイという時間なのだ。王宮庭園(別料金につき,入口から覗くダケ)を目をこらして眺める。確か,パンフレットには,「カゼルタ市内観光。王宮,王宮庭園など」と書いてあったが,こうやって覗くのが,それに当たるラシイ・・・。喫茶室があったので,オレンジジュースをグビグビ飲んだり,本を売りつけようとするイタリア人から逃げたりして,わずかな自由時間を謳歌する。

左の人が働きの悪いガイドさん

図書室。うらやましいなァ

カゼルタの王宮庭園

入口でバスを待つ。右が添乗員さん


 12時。またバスに乗って,今度はナポリのレストランに向かう。ナポリって,ナポリタンと関係があるのだろうか?そう言えば,ちゃんとしたイタリアの食事って,ここが最初なんだよね。アサメシの時は,パンだったもの。ぐふふ・・・楽しみだのう。いかなる山海の珍味が我々を待っていることだろうか。

ガツガツとレストランへ向かう

 13時。腹をグーグー鳴らしたボクタチを乗せたボロバスは,ナポリの市内に入り,こじんまりとした風情のあるトロピカル風なレストランについた。腕,じゃなかった。舌がなるゼ!
 席についたボクタチは,飲み物のワインを頼んで,舌の調子を慎重に整える。それにしても,このレストランは,ちょっと生臭いニオイがするのう・・・。そうしているうちに,お待ちかね。出てきたのは,レンズ豆のスープに,ボラみたいな感じの白身の魚の(ドでかい)切り身。トマトソースがチョッピリかかっている。サラダはレタスと紫レタスにオリーブオイルをぶっかけたもの。キャベツの芯がチョイと固いゼ。ちょっと,しょっぱくて,量だけはある魚をモグモグ食べていたら,ボクは,歯ぐきがカユクなってしまった。でも,レンズ豆のスープだけは,おいしかった!ただ,デザートのケーキは,あまりの甘さに頭のテッペンがズキーン!ととろける思いがした。

 いっしょのテーブルに,ボクタチの歳と近い唯一のカップルといっしょになったが,その二人も顔をひどくしかめながら食べていた。その二人は,やっぱり海外旅行は2回目なんだって。フーン。ボクタチといっしょだ。前回もこのクラブツーリズムのツアーでカナダに行って来たそうなんだけど,食事に関しては,コッチの方がまだ遙かにマシと言っていた。カナダって,よっぽど料理がマズイのかなあ。カナダには行かないようにしよっと。(それとも,クラブツーリズムの食事って安いのばっかりなのかなぁ)

この単調なる景色を見よ!

 14時。クチイお腹と,もの足りない舌をかかえたボクタチは,またまたバスに乗って,今度は,東の方面に向かった。イタリア半島を横断するのだ。今度は,なんと4時間の行程なのである。午前中には3時間・・・ひぇぇ〜。ムゴイ。
 バスが走り出すや否や,さっそく車の事故を見かける。イタリアって,運転が荒いので,事故なんかは日常茶飯事らしい。車を少しくらいぶつけても気にしないので,みんなボロッチイ車に乗っている。バンパーがぶらぶらしてれば,ガムテープで貼っつけて走っているし,窓ガラスがなくなっていても,ヘイキのヘイザなのだ。ヘタにいい車に乗ってると,すぐ盗まれっちゃうってのも,いい車に乗らない理由らしい。

 ナポリの市内を抜け,高速道路に入る。車窓からは,オリーブとぶどう園が見え,しばらくバスの窓から熱心に見ていたが,オリーブ林の次はぶどう園で,ぶどう園の次はオリーブ林といった具合だったので,すぐ飽きてしまった。火山灰の土地で,何もないような景色も多い。でも,ずっと見てると,なんだか夢心地になってくる。途中,パーキングのトイレに寄ったが,ラッキーなことに,チップの番人がいなかった。余りの喜びに彼女に「ここ,タダだから,是非入っといた方がいいよ」と叫んでしまった。チップの200リラ(12円)といえど,金をぶん取られると思うと,出るモンも出ないからね。逆にタダならば,いつもの倍はオシッコが軽く出るってもんだ。皆さんもそうでしょう?まさしく,タダのトイレに勝るものは世の中にない。ところで,ボクは本気で思ったのだが,イタリア人に生まれ変わったら,(王様は無理だから)トイレの番人になりたい。今からイタリア国籍を取って,トイレ係になるって手もあるよね。今の仕事なんか,スカッと辞めて。フム・・・悪くない考えのようだ。

バーリはナポリ人も恐れる! vol.004

 18時。バスは,イタリア南西部の町,バーリに入る。ボクタチのホテルは,バーリの新市街の方にあるのだ。ガイドブックによると,旧市街には,あのセント・ニコラウス。サンタクロースの遺骨があるサン・ニコラ寺院があるというではないか。行きた〜い!しかし,添乗員さんの冷たい声が。「ここから,タクシーで観光の中心である旧市街まで5分くらいです」「わーい!ラッキー。行こうっと・・・」「でも,旧市街は,あのナポリの人さえ恐れをなすほど,治安が悪いです」・・・ヒェ〜。あの揃いも揃って悪党揃いのナポリ人が恐れる程ですって?ぶるるるる。やっぱりやめとこ。そうそう。時間も遅いしね・・・。

 バスは,いよいよ今夜泊まるホテルに近づいてくる。胸がドキドキしてきた。今度のホテルはどんなホテルなんだろう?蜘蛛の巣くらいならいいケド,まさか,ピサの斜塔みたいに傾いてはいまいな・・・。そして,いよいよ,バスの窓からホテルが!フーム。思ったより立派そうなホテルに見えるが・・・おおおお!その時,バスの車内でどよめきが走った。ホテル「アンバシアトリ」の看板に青い4つの★がある!四つ星ホテルだ。やった〜。もう,みんなニコニコである。

いい部屋でしょ。ウーン。マンダム

燦然と輝く四つ星に注目せよ

 ホテルは,それはそれは素晴らしかった。特に昨日のホテルに泊まった後では,なおさら,そう思っちゃう。広いオシャレな部屋。オフロも実にキレイである。これなら,お湯だって,ガンガン出るに違いない。部屋には,サービスのアメ玉まで置いてある。ウッシッシッシ。従業員さん達の顔付きも,どことなく高貴な感じがするし。まさしく,ボクタチにふさわしいホテルではないか。ボクタチが話し合ったところによると,このツアーの最初の予定表では,この日,アルベロベロのホテルに泊まるハズだった。ところが,出発間際になって,アルベロベロ市内の混雑が理由でホテルがバーリに変更されたのである。四つ星になった理由は,ここらへんにあるに違いないゾ・・・。

 窓を開けると,道を挟んで反対側にマンションがあり,住人たちが思い思いにベランダで涼んでいる。彼女が,「あの人ハダカじゃない?」と言うので,喜んでよ〜く見たら,ちゃんとパンツをはいているじゃないか。チェ。だまされた。太鼓腹のオジサンだったし,無駄なものを見たものだ。
 部屋を充分探検して,堪能したボクタチは,ホテルの外に出る。もう,19時近いのに,相変わらず明るいのう。この四つ星をばっちりカメラに永遠に収めておくべく,写真をパチリだ。ふー。なんだか,嬉しいなあ。

結構なユウメシを食す

 20時に,11階のホテルレストランへ。フム。これまた,なかなかいい雰囲気である。今夜は,さぞやウマイものが食せるに違いあるまいて。ウェイターさんが,飲み物を聞きにきたので,ボクは,ビール。彼女は赤いオレンジジュースを頼んだ。この赤いオレンジジュースは,シチリア島の赤いオレンジから作られたもので,バカウマなのである。彼女のを取り上げて,グビグビ飲んでしまった。この赤いオレンジジュースは,ヤッポン国に是非密輸入したいと思っていたのだが,残念。結局,結局買いそびれてしまった。
 さて,食事は,まずは前菜のムール貝のリゾット。うーん。おいしいが,量が多くて飽きてきますなぁ。料理を食べる鉄人と言われたボクの舌の主張するところによると,味付けがいささか単調であると見た。次なるは,薄いペラペラのブタニクと鶏肉だ。このブタニクは,ずいぶん何時間も叩いたに違いない。そうでもなければ,こんなに芸術的なまで薄くすることは不可能だろう。そして,トクイの緑と紫のレタスのサラダ。最後に,アイスである。これは,デリ〜シャス!であった。

 ボクタチとテーブルを同じくしたのは,上品な感じの山の手一家。お年を召した大学教授風のお父さんと,有閑マダムのお母さん。そして,年齢不詳の娘さんだ。食事中ずっと海外旅行の話をコッテリと聞かせてもらった。娘さん:「あの〜。お二人は海外は初めてなのですか?」有閑マダム:「あなた。それは失礼ですわよ」・・・ボク:「ええと。ドイツとスイスの方に前,行きました」有閑マダム「あそこは,実に綺麗なところで・・・」ボーイさんは,皿を片づけるとき,手荒にポイッポイと残り物をかたづけるので,サラダのハッパが床にハラリハラリと落ちるのだが,足でレタスのハッパをテーブルの下に目立たないよう,せっせと蹴飛ばしていた。ウーン。高級と思っていても,ここらへんは,さすがイタリア人の面目躍如である。

 そのように,2日目の夜は更けていった。食事を終えて,窓から眺める夜景のキレイであったこと。部屋に戻ったボクは,また窓の外を見ると,太鼓腹のオジサンが,相変わらずパンツ一丁でベランダにいた。まさか,朝まで,あのまま,いるつもりなのだろうか。そして,ボクタチは,スプリングのきいた素晴らしい広いベットに悠々と,そして幸せに寝たのであった。

 

3日目 2000年7月30日(日)のこと 晴

おとぎの国のアルベロベロ vol.005

 6時起床。6時45分,朝食。ホテルの11階のレストランに行ったボクタチは,窓際の眩しい日差しの差し込む中。見た!赤っぽいアリの大群が行列をなして,テーブルの下を整然と行進しているのを。まったく,ウェイターさんが食べ物をケとばしてテーブルの下になんか隠すからだ。それにしても,このアリンコの巣ってドコなんだろう?ここ11階なんですケド。

真ん中が添乗員さん。隣がガイドさん

青い空と白い壁

トゥルッリ・・・不思議な光景だ

 7時半。バスは南東に向かってトコトコ走り出した。目的地のアルベロベロまで約55キロ,1時間の旅だ。アルベロベロに近づくにつれて,景色がそれらしくなってきた。いかにも異国情緒溢れる,これがイタリアなんだ!ところどころに,トンガリ屋根のかわいらしい白い家が点在する。これが,世界遺産(1996年)のひとつ。トゥルッリだ。
 この地域で採取される石灰岩の石を積み上げた円錐形の屋根を持つ白壁の建物で,小作農が住んでいた小屋なのである。この建物の起源は諸説あるが,有力なのは・・・むかし昔のことじゃった。動物が人間の言葉をしゃべり,ナポリ王国がスペイン人に支配された頃じゃ。まあ,15世紀前後のコトである。この頃,税金が建物の屋根にかけられていたそうだ。しかし,ある地方の小役人が妙案を思いついたのであった。スペインの徴税役人が来たとき,屋根を素早くとっぱらって,「こりゃ,ウチじゃねぇだ」と言えば,税金を取られないことに。そのため,すぐ崩せるあんな屋根を作ったのだ。そして,徴税役人のアホ面をシリ目に,善良な小作人たちは,影でウシシと笑ったそうじゃ。また,別な説もあり,こちらは,地主が小作人をすぐ追い出せるように,ああいう建物を造らせたと言うの説もある。

 みんなで,競うようにバスを降りた。駐車場で待っていたのは,ガイドのシルビアさん。結構,色が黒い。イタリアは,南部に行くにつれ,人種的に色黒く,背が低い人が増えてくるのである。シルビアさんも,まったくヤッポン語が話せない。きっと,ヤッポン語が出来るガイドさんって,高いもんだから,クラブツーリズムじゃ雇えないんだろうね。
 目の眩むような日差しの下,そこには,トゥルッリがいっぱいだった!まるで,おとぎの国のよう。

ただ今,実況中継中

アンナママの家

 トゥルッリの建物の間の路地を,キョキョロしたヤッポン人の団体は,夢を見るように歩き出す・・・。このアルベロベロは,人口1万人くらいの小さな村。ここには,およそ1000のトゥルッリがあり,1軒1軒にちゃんと人が住んでいるのである。モンティ地区の坂を上ると,やはりトゥルッリの教会があった。ここがサン・アントニオ教会。ここからまた,坂を下る。両側には,お土産屋さんでいっぱいである。
 途中,添乗員さんが「ここに入りましょう」とトゥルッリのお家に入ってみた。内部は,とてもキレイで近代的である。列を作って,台所を抜けようをすると,太ったオバサンがボクを見て,「ブルペラピッピ?ゲプー」とか言って,デッカイジュースのビンを押しつけようとする。こりゃ,ボクにジュースをお高く売りつけようとしてるに違いないと察知したボクは,サルのようにすばやく前の人の後を追った。
 階段を登ると,そこは屋上であり,ドーナツみたいなお菓子とジュースがそこに置いてあった。先に着いた人は,お菓子をパクパク食べて,ジュースを意地汚く飲んでいるじゃないか。あれ〜?そこに,さっきのオバサンがジュースを両手に追っかけてきた。ヒェ〜。どうしてもボクに売りつける気らしいゾ・・・と思ったら,そのジュースを開けて,紙コップについで,みんなに分けてくれた???
 ようやく,謎が解けた。そのオバサンは,アンナママ(アンナおばさん)と言う名前で,お土産物屋の女将さん。ふくらんだサイフを持って,金を使いたくてしょうがないヤッポン人の金持ち団体に,わずかなお菓子とジュースをサービスして,お店で,ドッサリ買って貰おうとたくらんでいたワケだ。
 別な階段を降りると,そこは小さなお土産屋さんで,お菓子に気をよくした我々は,狭い通路に群がって,我先に買い物を始める。ボクタチも・・・つい・・・買っちゃった。アンナママが降りてきて,「ディスカウント」なんて言うもんだから。ヘンなキリンの人形(8月3日の日記の写真をご覧いただきたい)を。39,800リラを38,000リラ(2,280円)に負けてくれた。その時は,タケーと思ったが,今ではとても気に入っている。

 そこで,20分ほど自由行動。バスの駐車場で集合ということになった。キリンの包みを抱えて店を出たボクタチは,ゆっくりと狭い坂を下りだした。道の両側のお土産屋さんの店先には,店員さん達が座っていて,ボクタチ「こんにちは」とか「今日,どこ泊まるの」とかヤッポン語で話しかけてくる。なんだか,びっくりしてしまった。こんなところで,ヤッポン語を聞けるなんて。駐車場には,トイレがあり,その前に同じツアーの母娘がウロウロしていた。どうもチップの小銭がないらしい。よーし。「じゃ,ボクが出しときますから,いっしょに入りましょう」と言って,トイレ番のオジサンに1000リラ札を渡す。残念ながら,いっしょには入れず,入り口で二手に分かれちゃったけど。友愛溢れるヤッポン人は,何人かで入る時は,協力しあってチップを払うのである。イタリアは,なにせ小銭不足だからね。

 9時半。またバスに乗ったボクタチは,また,ナポリ方面へ向かって西に向かう。思い出とエッチっぽいキリンを抱いて。

ポンペイ vol.006

高速道路は単調だのう・・・

ポンペイのレストラン

 またバスは,ナポリ方面に向かってひた走る。今度は約3時間半の旅だ。なんだか,バスの座席に,オシリからネッコが生えたような気分だ。単調な景色が続くが,高速道路の真ん中には,赤や白の色鮮やかな花が咲き誇って綺麗だ。添乗員さんによると,これは夾竹桃で,排気ガスに強くて,ヤッポンの高速道路にも植わっているそうだ。知らなかった・・・。てっきり,イタリア独特の花かと思ってました。そして,バスは,トマトを満載したトラックを次々と追い越していく。荷台に見える赤いトマトは,サキッポが尖っており,実にウマソウだが,残念。料理用トマトなのだ。
 トマトを見ているウチに,オナカが鳴り出した。もうお昼の時間なのだ。それにしても,ハラが空いたのう・・・。途中,小さなパーキングに寄って,一番肝心のトイレに入ったら,そこは,無料トイレだった。フー。助かる・・・。小さなパーキングのトイレの方が,チップのトイレ番のいる可能性が少ないんだろうか。ガソリンスタンドの店では,ビンに入ったバナナジュースを2000リラ(120円)で売っていたので,買ってみた。ニオイはひどいモンだったが,味はおいしかった。イタリアのジュースは,フレッシュジュースを除くと,概して炭酸がゲ〜ッというほど強烈でオイシクないのだ。水を買ったって,炭酸が入っているくらいだからね。普通の水を飲みたい時は,わざわざ「ノンガス」と言わなくちゃならない。

 ヤッポンからこの日のために持ってきたセンベイをバリバリ囓ってガマンしているうちに,ようやくバスは高速道路を降り,観光客でいっぱいの通りに入った。夢中でバスの窓から見てみると,お土産物屋さんがズラリと並び,軒先にドでかいレモンやら,オレンジがぶらさがっている。あのレモンは,実に興味がある。買って,味をためしてみたい・・・。そして,昼食のレストランへ。ふ〜。長かったぜ。もう2時近いもんね。飲み物は,キリストの涙という白ワインにする。ここらへんじゃ,有名らしいんだ。味は,正直,フツーじゃったが。
 前菜として,イカのマリネみたいなやつ。塩胡椒の素朴な味だ。クチャクチャ。次にペンネ。マカロニみたいなパスタである。そもそも,我々みけねこパスタ隊がイタリアに出かけた目的は,名前どおりパスタを食べるコト。我らは,この時を待っていた!さて。いざ・・・パクリ。・・・トマト味がキッツイのう。ウィ〜。すぐ飽きちゃう。次なるメニューは,イカリングと小エビの唐揚げ。たぶん,これがメインなんだろうね。最後に,イタリアスイカ。うわ〜い!スイカに関しては,いささか興味があった。実は,道端でスイカを売っていたのを見たのだが,ヤッポンのスイカより薄緑色で,長っ細いのだ。瓜のデッカイ感じに似ている。味は,甘みはそれほどないが,シャリシャリ感が強い。ウン。これはとても気に入った。ヤッポンのスイカは,ネットリしておるからなァ。

 ようやくにして,腹の虫が満腹して昼寝を始めたボクタチは,またバスに乗って,遺跡へ向かう。でも,たったの5分くらい。なーんだ。ここは,さっき通ったレモンの土産物屋さんの前じゃないか。そこには,またまた新たなるガイドさんが待っていた。名前は,シルヴァーナさん。驚いたことに,ヤッポン語をしゃべるのだ。ゲゲー。こんな高いガイドさんを雇うなんて,クラブツーリズムの太っ腹〜。もう,ニクイねぇ〜

 太陽がまぶしい。ボクタチの影が実に黒い。日差しが信じられないほど強烈だ。ポンペイは,紀元79年8月24日。ヴェスヴィオ火山の大噴火によって,火山礫と火山灰の下に埋もれた街。ローマ帝国の支配下で,人口2万。商業と別荘地として栄えた街が,一瞬にして消え失せ,2000人もの人が命を落とした。1700年もの間,地中にあったこの都市が発見され,発掘が始まったのが,18世紀半ばのことである。

 ボクタチは,海の門からポンペイの遺跡に入る。なんと形容したらいいのだろうか。これが2000年前の都市。道は大きな石がビッシリ敷き詰められており,小さな白い石がところどころに嵌っている。もちろん,ここも世界遺産(1997年)の一つである。シルヴァーナさんの声が響く。「白い石があるデショ。これは昔,ネコの目と呼ばれていました。夜,白く光って,道であることを示したと言われています。ここに穴があるデショ。これは,馬車の馬をつなぐ紐を結ぶためのものです」その時,二千年前の人々の生活が,くっきりとボクの目に浮かんだ。実在感のある生きている人々の姿が!

海の門へ

 海の門から坂道を上ると,そこはフォロ(公共広場)。ここは,ポンペイの政治・経済・宗教の中心地なのだ。円柱や壁に囲まれた議会や裁判所,神殿がある。左(北)を臨むと,遙かにヴェスヴィオ火山が見える。遠いようだが,距離は約7キロ。二千年前,あそこから,怖ろしい火山灰が降ってきたのだ。二つの峰があるが,爆発前は,より大きい峰が一つだったとされている。ここは観光客でいっぱいだ。白・黄色・黒の人々が一様に目を見開いていた。そういえば,イヌも多い。シルヴァーナさんによると,「イヌが多いでショ。でも観光客を噛んだりしません。イヌ同士はケンカをしますケド」とのことである。

 強い日差しの中,出来るだけ日陰を探しながら歩き,壁の裏側に回ると,ガラスケースの中に二体の犠牲者の姿がある。火山灰で覆われて,身体はなくなったが,その空洞に石膏を流し込んだら,人の姿が現れたものだ。ベルトをしているので,奴隷だったんじゃないかとのコトだ。神殿の脇を通り,浴場の建物に入る。男女別になっていて,広い待合い部屋や微温浴室,温浴室があり,床下の蒸気が部屋を暖めていた。それぞれの部屋には,イヌがグーグー寝ており,それぞれの部屋がナワバリになっているのだろうか。しかし,メチャクチャ暑いのだ。ヤッポンの団体は,トクイの扇子でバタバタである。イヌもよくこんなサウナみたいなトコで眠れるもんだ。

 浴場から出ると,そこは,酒場の建物。当時の人は,湯上がりには,ワインをグビグビ飲んで休んだらしい。なお,ここでは,いかさまサイコロが出土したらしい。鉛の玉が埋め込まれていたそうだ。人間って,昔から考えることはあまり変わらなかったようだ。また歩き出すと,浴場にいた茶色いイヌが,ボクタチの跡をついてきた。なんだか,かわいいやつ。シルヴァーナさんが言った。「チャイロチャーン!」なんでも,このイヌは,ヤッポン人団体が大好きで,ず〜といっしょに見学について来てくれるイヌらしい。一日,いくつものヤッポンの団体が来るが,チャイロチャンは,その度にいっしょに歩いて回るそうで,次にどこに回るかも全部知っているそうなのだ。シルヴァーナさんによると,「ガイドのガイド」。ガイドさんより,ずっとポンペイを知っている。

あの山がヴェスヴィオ火山だ

フォロにて

豪華な浴室だ。入ってみたいな

ポンペイの発掘はまだ終わらない

 

秘儀壮への緑の道

ポンペイの赤


 遺跡の中には,ハケを片手に夢中でなにか掘っているタンクトップ姿の若い男女がいる。まだまだポンペイの発掘は終わっていないのだ。そして,お墓の道を通り,門を出ると,目に鮮やかな緑のアーチ。チャイロチャンが「ワーン」と鳴いた。すると,白と黒の痩せたマダラのイヌが「ワーン」と答えて,鼻を合わせてご挨拶。お供が二匹になる。

さらば。チャイロチャン

 緑を抜けたところにある建物は,「秘儀荘」と言って,貴族の別荘。ポンペイの城壁内は過密だったので,お金持ちは,城壁の外にお屋敷を構えたそうである。ワインを作った部屋,そして,目も鮮やかな壁画を見る。酒神バッカスへの入信を題材にしたものだ。「ポンペイの赤」と呼ばれる赤い塗料が印象的だった。

 そこがポンペイの最後の見学場所で,出口を出ると,エッチな絵葉書(ポンペイの出土品は,お子さま向けばかりじゃないのだ)を売っているお土産屋さんがあり,バラバラになった我々は,ゆっくりと一本道を歩く。黄色い果物が生っている木があり,よく見ると,これがレモン。「チャイロチャン,いなくなっちゃったね」「壁画のところまではいたから,そこでまた帰ったのよ」・・・そして,道端に待っていたバスに乗り込んだ。さようなら。ポンペイ。ボクタチの見たポンペイは,ごく一部。2時間弱の短い時間だったから,4分の1くらいの区画しか歩けなかった。円形広場も,犠牲者たちの庭も,悲劇詩人の家も行ってない。でも,ボクタチの記憶には,ポンペイの姿がくっきりと記憶された。

 ・・・ふと,バスの窓から下を見たボクが叫んだ。「あっ。チャイロチャンだ!」そう。チャイロチャンは,ちゃんと,バスまでボクタチを見送りに来てくれたのだった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・失われたポンペイ(大プリニウス最後の冒険)
 

カメオと二度目のナポリ vol.007

 ポンペイから高速道路に入ったバスの中,シルヴァーナさんが,急にマイクを持った。「これからカメオの工場にみなさんをお連れします。カメオって知ってるデショ。手彫りで実際にそこで作っている工場です。イタリア人は,母親から娘へとカメオを代々受け継ぎます。そこで,いいものがお安く買えます」・・・バスの車内では,金を使いたくてしょうがないヤッポン人たちのどよめきが走った。なにせ,今まで土産物なんか買う時間はホトンドなかったものだから,ストレスが貯まっていたのだ。その時,ボクは,シルヴァーナさんがほくそ笑んだのを見逃さなかった。こりゃ,カメオ工場から,相当な金額がシルヴァーナさん(とクラブツーリズム)に渡るに違いあるまいて・・・。

 カメオ工場の前でバスが止まるや否や,リラの札束や万札,クレジットカードを握りしめたヤッポン人たちが,目を血走らせて工場に入っていく。まずは,入口で工場の人からのカメオの説明だ。一応,これをしとかないと,カメオの有り難みが薄れて,サイフのヒモが固くなっちゃうのである。カメオは,貝から彫られるもので,「浮き彫り」を意味する言葉だ。カメオ職人になるには,相当な修行が必要らしい。彫る貝の種類(チョコレート色のサルドニカという貝が最も高級)もあるが,値段の優劣はカメオの大きさではなく,その彫りの細かさによる。最近では貝ではなく貴石のカメオも作られ,青や緑でキレイだが,これは機械彫りなので,大きさで値段が変わるらしい。

お土産のカメオ

 説明が終わるや否や,出走前の競走馬みたいに鼻息荒く興奮しきっていた我々は,ドドドと売り場に駆け込む。そこには,いくつかブースがあり,それぞれ,超高級カメオ,師匠が彫ったカメオ,弟子が彫ったカメオの三種類に分けられていた。値段は数千円から数十万円まで,ピンキリである。これをお土産の目玉にしようと考えたボクタチは,チラチラと探し始める。これはと思う細かいものは,やっぱり値段が高い。
 ボクタチの向かったブースでは,ツアー参加者のオバサンが,形相激しく,口からアワを吹いて店員さんとカメオ選びをしていた。「おばあちゃんと,サチコさんと・・・,えーと」このオバサンは,大学生のムスコと旦那さんと三人でツアーに参加した人だ。ボクタチも,その隣でカメオを探すことにする。店員さんにカメオを並ばせるばかりで,いっこうに買おうとしないその奥さんの相手に疲れ果てた様子の店員さんが,ボクタチの方に向かって,イロイロとカメオを並べてくれた。店員さんは,ヤッポン語がチョッピリ出来て,「これスキ」「これダメね」とかアドバイスしてくれる。フムフム。ナルホド・・・。すると,そのオバサンがボクタチの選んだカメオをもぎ取って,店員さんに「これいくら?」とか始める。あの〜。これは,バーゲンのワゴンセールじゃないんだから〜。幸い,そのカメオはオバサンの予算に合わなかったらしく,結局,弟子制作の安物カメオをいくつか買ったようである。ボクタチは,今後,彼女のコトをバーゲンおばさんと呼ぶことにしたのであった。
 いくつかカメオを買い込んで,バスに乗り込んだ我々に,なんとカメオ工場から,レモンチェロ(レモンの皮で作られたお酒)のビンが1人1本づつプレゼントされた。わーい。サービスいいぜ。このレモンチェロは,明日行くカプリ島の名産で,是非お土産に買おうと思っていたやつなのだ。ラッキー!でも,よく考えてみると,このレモンチェロ。買い物をしたボクタチが,バスのみんなのためにお金を出してやったようなものじゃん。少なくとも5〜6人分はボクタチのお金だと思われる。チェ。

 18時を回り,バスはナポリの市内へ。むむむ。ナポリの最初の印象は,交通のすざましさにつきた。車とパイクが我先に割り込み,信号など意を介さない。広い道路の中央部は,タクシーとバス専用らしいのだが,車はどんどん入って来て,ヘタすると,逆走してくる。添乗員さんによると,信号機の青と黄は進め。赤は気をつけて進めという意味だそうだ。だから,歩行者も信号などアテにならないものだから,車のちょっと開いたスキに道をドンドン渡るのだ。ヤッポンの交通マナーも悪化していると思っていたが,これに比べれば,天国みたいな穏やかなもんである。添乗員さんによれば,ナポリで運転出来れば,世界中どこだって,運転出来るそうである。

これがボクタチの四つ星ホテル

レストランへ向かって歩き出す

これこれ。このレストランだ!

 18時40分。ナポリ中心部にあるホテル「メディテラツオ」に到着。今度のホテルはどうかなァ。ハテサテ。またイヤな予感がするのだ・・・と思いつつ,ホテルの建物を見ると,おお〜!四つ星ホテルではないか!い・い・い・いやったーっ!クラブツーリズムって,いいツアーだ。疑ってゴメンね。てっきり,ヒドイ安宿のタコ部屋だなんて思っちゃって。部屋は,昨日のホテルと比べると,チョット狭かったが,とても小綺麗な感じ。今日明日は,この部屋に泊まれるんだ。むっふふ。幸せ〜。

 19時30分。ロビー集合。今夜の食事は,このホテルではなく,歩いて7分くらいのところにある街中のレストランに行くのである。ボクの霊感では,今夜はウマイもんが喰えるような気がするワイ。そう腹のムシが言っておる。ボクの予言はよくハズれるが,ボクの腹の虫の予言は外れたタメシはメッタにないのである。
 夕暮れになりつつあるナポリの街を,ヤッポン人の団体は並んで歩く。やっぱり交通がスゴイ。騒音と排気ガス。横断歩道を二回ほど渡るが,キョエ〜。オ〜タ〜ス〜ケ〜!ナポリはお巡りさんがとても多い。角々に立っている感じだ。でも,車はお巡りさんにおかまいなく,信号無視をする様子。でも,いてくれるだけで,安心感があるケドね。

お腹いっぱいだし,ホテルに帰ろっと。

 路地に入った角に,その小さなレストラン「キャストル・ヌーボー」はあった。地下の部屋が我々の予約席だった。うん。なかなかいい感じ。飲み物は,デキャンター入りの赤ワインと,水にした。ここの水は,1.5Lのペットボトルで3000リラ(180円)。とても安いよね。前菜は・・・じゅるるるる〜。スパゲッティだ!ボンゴレだ!お昼のインチキパスタじゃない,本物なんだ。アサリと煮トマトが上にのっている。ウメエ〜!麺はヤッポンのより腰がある感じで,オナカに溜まるタイプ。湯で加減が絶妙である。イタリアでは,パスタにチーズとかあまり振り掛けないそうである。そんなの邪道だそうなのだ。
 次なるメインは,でっかいトリニク。兎に角,でかかったが,これまた結構なお味であった。そして,例の絶対出るレタスサラダ。最後に二色アイスであった。牛乳の香りがして,とてもおいしい。久しぶりにおいしいモノを食べて,びっくりしたらしいお腹を抱えて,暗くなったナポリの街へ。ついでに,ボクは,例の1.5Lのペットボトルを抱えていた。夜,寝る前にゴクゴク飲もうってワケ。名案でしょ?

 それにしても,もう夜も9時なのに,道端で子供達が遊んでいる。まさか,ジプシーではあるまいかと,あわてて,サイフを押さえる。道端に座ったマックロなナポリ人は,ボクタチを意味ありげに見つめている。乳母車に乗った赤ちゃんがコッチを見た。あれは,赤ちゃんに変装したジプシーで,ボクのパスポートを狙っているのではなかろうか・・・。ナポリは大変危険な街であり,特に夜は,パスポートと大金は絶対持って外に出ないように添乗員さんが怖い顔で言っていたっけ。

 そして,ホテルに戻る。またまたスーツケースを開けて,明日の準備だ。だんだん手慣れて早くなってきたなぁ。今回のイタリア旅行の一番のハイライトは明日のカプリ島「青の洞窟見学」だと思う。残り少ないイタリアの旅を,目いっぱい楽しまなくちゃ。

 

2000年7月31日(月)のこと 晴

国立考古学博物館(ナポリ市内観光) vol.008

眼下に見えるヌォーヴォ城

 今日は奇跡的にモーニング・コールが7時。こんなに寝られて幸せだなぁ。しかも,今晩は同じホテルに泊まりだから,スーツケースもそのままでいいのだ。こんなにラク出来るなんて。7時45分。11階のホテルレストランで朝食。いつものパンのバイキングだ。ふと見ると,奥にイタリア人の団体らしき人々もバイキングの朝食をとっている。向こうは向こうのバイキングコーナーがあるゾ。覗いてみると,ボクタチのコーナーよりパンの種類も果物の種類も豊富でオイシソウではないか。わーん。ヒイキだ。人種差別だ〜!黄色いヤッポン人をバカにすんな!と思ったが,もちろん,これは料金の差と言うもの。貧しいボクタチには分相応のパイキングコーナーしかないのさ。
 ひねくれて星をにらんだボクだったが,広いベランダからの景色は,とてもすばらしい。食べ終えると,急いで部屋からカメラを持ってきて,パチリ。ナポリ湾。遠くにヴェスヴィオ火山。下にはヌォーヴォ城が見える。今日も快晴だ。

ヴィーナスの垂れているオシリ

力強いこの彫像。自信なくなるなァ

 8時40分。バスは出発する。午前中はナポリ市内見学となっており,向かうは国立考古学博物館。今日は月曜日なので,道は大変な混雑だ。でも,見ているだけで楽しい。この博物館は,ポンペイエルコラーノポンペイと同時に噴火により壊滅した街)遺跡の出土品を多く展示しているらしい。
 まずは,1階から見学である。ギリシャ時代の彫刻は,肉体の美を追求し,ローマ時代となると,リアリティを重視するようになった。筋肉や血管の浮き出た彫像がスゴイ・・・。芸術って,二千年前からあんまり進歩してないんじゃないかと思われてしまう。シルヴァーナさんが「これがヴィーナス像です。裏も見て下さい。オシリが垂れてるでショ」。そんなに垂れてるとも思えなかった(と言うか,とても気に入ったオシリだった)が,イタリア人の感覚では,垂れてるのかなあ?オシリを見ているうちに,ボクはまたトイレに行きたくなった。確か階段のところにトイレのマークがあったな。そうなると,ボクはトイレのことしか頭に浮かばなくなるタイプなのだ。

考古学博物館前にてバスを待つ

 階段を登って2階へ。コチラは,モザイク画が中心に展示してある。ポンペイの「悲劇詩人の家」の玄関で発見された黒いイヌのモザイク画の前では,「この絵の前にラテン語で言葉が書いてありました。猛犬に注意です」チャイロチャンは,ポンペイで飼われていたイヌの子孫なのだろうか。食堂にあった骸骨のモザイク画の前では「最初は食べ過ぎるとこうなるので健康に注意しましょうという意味だと思われていましたが,今では,どうせ骸骨になっちゃうのだから,今を楽しんで食べようという意味じゃないかと言われています」とか説明も楽しい。装飾品とか,ガラスの壺とか,次々の展示小部屋を歩く。

 後ろから,ヤッポン人の団体がやってきた。おお!我が同胞よ・・・それにしても,我々のツアーとは違って,こぎれいな格好をして,顔付きも品がいいなァ・・・と思ったら,「パルラルヤホハオ」とかナントカしゃべっている。中国人の団体さんだった。そして,我々を追い越していった。きっと,我々ヤッポン人を見て,「ヤッポンに追いつき追い越せ」とかしゃべったに違いない。今回の旅行で感じたのだが,キタナイ格好で,下品な顔をしている東洋人の団体は,決まってヤッポン人で,服装のセンスが良く,美男美女の団体は中国人(若しくは韓国人)の団体であった。これは,冗談抜きで本気で感じたことである。ヤッポンも,経済大国だなんて,うつつをぬかしていると,トンデモナイことになりそうである。

 幸いなことに,出発前にトイレの時間をとってくれたので,大いにボクは安心した。ヤッポンの女性陣がドンドン男子トイレに進入してくる。女子トイレの数が足りないからね・・・。ええと。これで4つ目の世界遺産を見たことになる。世界遺産に登録(1995年)されたナポリ歴史地区ってやつだ。このツアーの目玉って,実は世界遺産だったのである。今まで書かなかったような気がするケド。

桟橋に向かって歩く歩く

これが水中翼船だ!カッコイー

 10時半。国立考古学博物館を出発し,ナポリ湾メルジュリーナ港へ。途中,10分だけバスを止めて,マーケット見学。しかし,10分でどないせよと言うのじゃと思ったら,バスに戻った熟年夫婦が,ブドウとかイロイロ果物を買い込んできたのよ〜と自慢されてしまった。しまった!ボクも買えば良かった。イタリアの果物,食べたかったなぁ。

 そして,港でバスを降りたボクタチは,桟橋を歩いて,水中翼船の乗り場に並ぶ。空が真っ青だ。海も真っ青。日差しがメチャクチャ強くて,肌がジリジリと焼けるみたいだ。乗り場前にあるお土産物屋のオジサンが,帽子をいっぱい抱えてやってきた。みんなの頭の上に帽子を勝手にのっけて,1万リラ(600円)だと言う。ケチくさいヤッポン人は,お父さんが一人買っただけであった。なんだか,昔のヤッポンのオリンピック代表が入場行進の時に頭に乗っけるような帽子なんだもの。しょんぼり土産物屋に戻ったオジサンだったが,今度はポストカードの束を持ってきて,ニコニコしながら,1万リラだと言う。うーん。商魂逞しいのう。

 11時10分。ボクタチは,カプリ島行きの水中翼船に乗った!添乗員さんによると,「青の洞窟」見学は,海が少しでも荒れていると出来ないということで,見られる確率は6割くらいだのことだった。ま,こんなに天気がいいんだから,見られるに決まってるさ。ね?そうでしょ?わざわざ,ヤッポン国から来たんだもの。真っ正直に働いて,お金をやっとの思いで貯めてさ。胸がドキドキしてくる...

カプリ島 vol.009

カプリ島到着!

 広い水中翼船の中は自由席となっており,青い座席に観光客達は,思い思いに座る。そして,出航。これから約40分の船旅だ。でも,小さな窓からは外があまり見えないので,船尾にフラフラ行ってみた。ウェ〜。スピードが速いせいか,思ったより揺れるなァ。船尾からナポリがだんだん小さくなっていくのが見える。しかし,このスゴイ水しぶきと音。そして揺れはおっかない。しばらく立っていたが,クラクラして,席に戻る。まさかボクが船に酔うハズは・・・と思っていたのだが,いささかヤバくなってきたので,目をつぶる。ウィ〜

 約40分でカプリ島グランデ港へ。青い海と白い建物がすっごくキレイな島だ。こういうのをホントのリゾート地って言うんだろうなぁ。アキカンとフナムシと油が浮いているヤッポンのリゾートの海なんて,これに比べるべくもないってモンだ。

モーターボートにはオレサマが真っ先に乗るのだ!・・・しかし,非情な言葉が

 真っ先に船を降りたボクタチは,添乗員さんやシルヴァーナさんとペッタリくっついて桟橋を歩き出す。青の洞窟行きのモーターボートに真っ先に乗るつもりだもんね。しかし,みんなが集まるのを待ったシルヴァーナさんは,非情にもこう言った。「みなさん。残念ながら,今日は波が高くて青の洞窟はやっていませ〜ん。聞いてみたら,もしかして午後大丈夫かも知れないというので,先にお昼にいきましょう。でも安心してください。もし青の洞窟が中止だったら,アナカプリ地区へみなさんをご案内します」・・・わーい!アナカプリ地区ですって!イヤナコッタ。ボクは青の洞窟がいいんだ。こんなに海はおだやかに見えるのに・・・。シルヴァーナさんのイジワル〜。

 ガックリと肩を落としたボクタチは,港のバス乗り場で少しまって,やってきた小さなバス2台に分乗して,坂の狭い道を登った。バスの窓から美しい海が見える。こんな美しいトコに住みたいものだのう。古代ローマ皇帝達も,ここを別荘地として,住んでいたらしい。2千年も前から,ここはリゾート地だったのだ。

ヒルゴハンを食べるのじゃ

 10分もかからず,バスを降りたボクタチは,「ホテル・カプリ」へ。ここで昼ゴハンを食べるのである。さて,恒例の飲み物は,水!船に乗るから,アルコールが入っていると,一発でオェ〜だからね。お楽しみの前菜は・・・じゃじゃ〜ん!まずは,ナポリタン!やったー。チュルチュルチュル〜。うーん。やや,しょっぱいゾ。次なるメインは,カマスのような焼いた白身魚であった。ぶっつぎりのテキトーな切り身である。味付けは塩っぽいが,意外とみんなに好評だ。それにしても,ここのレストランの従業員さんは,ヘンな歌を歌いながら皿を運んでくる。そして,皿をドッカ〜ンと食卓に置くのだ。イタリアのレストランにおいては,お皿の汁が服にはねることを常に予想しておかないと,大変なのだ。それと例のサラダ。デザートにはアイスだ!アイスはなんとも嬉しいね。
 レストランを一番に出て,レストラン前にあった電話機で実家に電話してみる。ホテルにいる時間は,電話しても日本はプラス7時間の時差で,夜明け前の時間なのである。昼間の移動時間に,高速道路のパーキングで,何度も何度も(成田空港で買った)KDDの海外用テレカで電話してみたのだが,なぜか今までダメだったのだが,しかし・・・今回は繋がった。メズラシー!殆どあきらめていたのに。ちょっとダケ,無事に楽しんでいる旨話す。レストランのロビーに戻ると,吉報が我々を待っていた。青の洞窟に行けることになったのである!

ウンベルト1世広場より

 また,トコトコ坂を登りだしたボクタチは,10分ほどで,ウンベルト1世広場へ。ここは,カプリ地区の中心部なのだ。とてもエキゾチックなところで,観光客でいっぱいだ。遙か下に見える海がとてもキレイである。そこで,30分ほど自由行動時間となった。よーし。カプリ名産レモンチェロを買うのだ〜!さっき通った道を少し戻って,レモンチェロが並んだ店へ。すると,ボクタチのグループの仲間たちは,既にここに来ていて,買いまくっていた。レモンチェロは,カプリ島名産で,レモンの皮をシロップで浸けた30度以上のお酒であり,食後これを飲むと消化にいいらしいんだ。なにより,ビンの形が,星とか月とかの形で,我が家のリビングに是非置きたいのである。お酒は,無税で持って帰れるのは,1人3本まで。昨日,レモンチェロの瓶を1本づつもらったから,あと4本買えるハズ。と思って見ていたが,うーん。たった4本じゃね〜。お土産にも配りたいし・・・結局,小さいビンを中心に,いっぱい買ってしまった。

 その中でも,非常に気に入ったビンがあった。これは店先に縄でつるされた丸いビンで,レモンの飾りがとてもかわいいやつなんだ。これに惚れ込んだボクタチは,お店のオバサンに身振り手振りで頼んで,これを1本切り取ってもらった。親切なオバサンは,ハサミでチョッキンと1本切り取ると,素早く店の奥へ。ボクタチがついていくと,もう包み紙でくるみ始めているではないか。イタリア人で,こんな素早い人は初めてだと感心してしまった。そして,オバサンは満面の笑みで,1個1個金額を言って,総計を出してくれた。うーん。いい人だなァ。ヤッポンに戻ったら,是非ここでレモンチェロを買うようにHPで宣伝しとこ・・・と思ったのは大間違いも大間違いであった。やけに素早く包んでいるなと思ったのにはワケがあったのである。あのビンは,チョッッピリ割れたやつで,しかもレモンの飾りもついていなかった。飾りがついているべきトコロがポキッと折れて,どっかにいってしまっている。あの強欲ババァめ。ちゃんとしたやつはいっぱいぶら下がっていたのに,ワザワザ割れたやつを売りつけやがったのだ。この哀れな貧しきみけねこパスタ隊に。あのニタニタ笑いは,おバカで,お人好しのヤッポン人に対して,シテやったりの笑いだったのである!グヤジー

 レモンチェロを買って,(まだ)ニコニコのボクタチは,ウンベルト1世広場に戻って,フローズン・レモンジュース(3,000リラ)を買って,グビグビ飲みながら,みんなが戻るのを待った。このジュース,すっぱいけど,ウマーイ!

青の洞窟 vol.010

  逸る心を抑えつつ,広場奥にあるケーブルカーに乗る。これでグランデ港まで降りるのだ。ほんの数分で港へ。

ボクタチのモーターボートはどれじゃ?

モーターボートの中。天幕がある

 そして,桟橋まで,ゾロゾロ歩いていった。そこには,ボクタチが乗る大型のモーターボートが待っていた。モーターボートだっていうから,結構小さい5,6人乗りのやつを思い浮かべていたんだけど,天幕みたいな布が上に張っているかなりデッカイ立派なヤツであった。

 さっそく,ボクタチ35人は,そのモーターボートに乗り込んで,船縁に丸く座る。なんとか座りきることが出来た。舵のハンドルを握っているのは,ベテランの・・・ゲ〜!子供じゃん。10歳くらいの。でも,後ろにお父さんがついていて,「ワシの自慢の息子じゃ。小さい頃からず〜と舵を握らせておるのじゃ。ヒャッヒャッヒャ」とイタリア語でしゃべった(ガイドさん翻訳)。
 ボクタチの心配をよそに,その子供の舵取りは,思いがけず確実かつ慎重であり,きっと,そのお父さんは,自分の舵取りに自信がないものだから,子供にやってもらっているんだろうと思われたくらいであった。

 カプリ島の岸づたいにモーターボートは走り,しぶきがボクタチにかかる。わーん!チャッコイゾ〜。しかも,またまた結構ゆれるではないか・・・。でも大丈夫。念のため,ホテルのレストランで酔い止めの薬を飲んでおいたのだ。エッヘン!準備いいでしょ?
 約30分程で,青の洞窟の入り口らしきトコについた。なんだか,大小さまざまなモーターボートがプカプカと揺れている。岸に見える急な階段にも,人がいっぱい待っている様子だ(たぶん,陸づたいにも来れるみたいだ)。ここで,手こぎ舟を待って,乗り換えて洞窟に行くらしい。

青の洞窟前は大混雑。オレサマが先だ〜

 ええと,青の洞窟の入り口は・・・ええー!あんな狭い入り口から入るの〜?小さな手こぎ舟でやっとこって感じだ。確かにこれじゃ,波がちょっと高かったら,無理ってもんでしょう。岸壁に打ちつけられっちゃう。
 ボクタチは,モーターボートに乗ったまま,ユラユラとしばらく待たされた。小さな水着のイタリア人家族がボートで行き,イタリア人観光客満載のモーターボートから,次々に手こぎ舟が出発する。中国人団体が,洞窟から戻ってきて,大型モーターボートに乗り移り,ボクタチをバカにしたような目で見て,悠々とナポリへ帰っていく。時々,働きのなかった舵取りのお父さんが,デッカイ声で「ド〜リ〜!」とか「マルコ〜!」とか手こぎ舟の船頭を呼ぶが,なかなかボクタチの順番が回って来ない。修羅場の有様である。

 しかし,ようやく,ドーリーと,ドミニカ(TシャツににアルファベットでDOMINICAとあったからね)が小さな船を漕いでやってきた。ボクタチは,ドミニカの船に乗り移ることにした。ドーリは,相当デブっているので,ボートが狭いんじゃないかを心配してのコトだった。しかし,ドミニカの船の底船に座り込んだボクタチの後に次々とツアーの仲間が乗り込んでくる。ウギャ〜!グルジイ〜。背骨が〜。ボキボキボキッ!結局,小さな船に7人乗り込んだ。動けん・・・。しかも前の坊さんのツルツルの頭がジャマじゃ。陽気なドミニカは,鼻歌を歌いながら,洞窟へ向かう。やっぱり,天井が低いぜ〜。みんな頭を屈める!

じゃ〜ね〜。お先に〜

あそこ入るんだ。次はボクタチ

いくど〜

狭い穴に・・・飛び込んだ!


そして,他の舟の出入りの一瞬途絶えた瞬間に・・・飛び込んだ!
天井にロープが張っており,ドミニカはそのロープをスルスルと手繰る。
・・・気がつくと,そこは真っ暗な洞窟の中であった。
水の音がチャプンチャプンとしている。そして,洞窟に響き渡る「サンタルチア」の歌声が。ドミニカまで,ひどいドラ声で歌い出した!

洞窟の中には,あちこちに舟が漂っているようだ。
そして,洞窟の入口を振り返ると・・・真っ青な海が!
深い青・・・明るい青。暗い青。不思議な色。
舟は,洞窟の中をゆっくりと一周する。カメラのフラッシュが光った瞬間,ただよう舟と青の海が一瞬網膜に焼きつく。
ほんの5分くらいの時間だったのだろう。そして,ボクタチの舟は,白く眩しい外の光の中にあった!舟が洞窟を出る瞬間に,ボクの耳にわーんと響き渡った歌が,いつまでもいつまでも聞こえていた。

 愛しナポリ 夢の国
 憂いなく 悩みなし
 水夫(かこ)の歌の 遠くひびく
 サンタ〜ルチア
 サンタ〜ルチア!

ナポリの夜 vol.011

 ドミニカの舟は,ゆらゆら揺れるモーターボートに接舷し,我々は一人づつ1,000リラのチップをドミニカに渡す。ありがとう。ドミニカ。モーターボートに戻ると,ドーリーの舟で先に洞窟に入っていったハズの人達が既に座って待っていた。「ずいぶん長かったわねぇ〜」とイヤミの言葉を背に,ボクタチは元の船べりに座る。そりゃあそうさ。なんてったって,ボクタチは,普段から信心深い行動をとってるからね。それに,ドーリーはデブっているんで,舟が沈まないように速く帰らなくちゃならないって理由があるのさ。フッ。

さらば!カプリ島

 そして,我々のモーターボートは,ナポリメルジュリーナ港に帰った。船尾のカプリ島が小さく小さくなっていった。17時半頃だったかなぁ・・・。聞いた話によると,カプリ島で午前中からず〜と待っていたヤッポン人のグループは,ボクタチが青の洞窟に出発する直前まで待っていたが,ついに,あきらめて帰ってしまったらしい。もう少し待てれば青の洞窟に行けたんだろうけど。でも,良かった。シルヴァーナさんや添乗員さんが,とてもがんばって,ギリギリまで待ってくれたから。さすがは,クラブツーリズムである。それにね。ウフフ。今夜は,世界三大夜景のひとつと言われるナポリの夜景見物が日程に入っているんだ。ええと,世界三大って,確かナポリ香港シドニーだっけ?これがまた,ず〜と楽しみにしてたんだ。クラブルーリズムのツアーって,親切だし,盛りだくさんだし,とてもいい旅行会社だよ・・・。

 ホテルに帰るかと思われたバスは,なぜか丘の方に向かう。「みなさん。山の手の地区の方を通って帰りましょう」えーどー。えーどー。みんな大はしゃぎである。

ここが世界三大夜景の一つ,ナポリの夜景?だ

 そして,バスは丘の途中の景色の良さそうなトコで止まった。「ここからナポリ湾がよく見えるデショ。でも,ここは,山の手の狭い道なので,長い間バスは停車できません。バスの窓からお写真とってくださーい」素直なボクタチは,バスの窓からバシャバシャ写真を撮る。そして,またバスは出発。しばらくして,今度は添乗員さんがマイクをとった。「ハーイ。みなさ〜ん。出発前のご案内ではナポリ夜景見学とありましたが,ご存じのとおりヨーロッパのこの時期は夜10時にならないと暗くなりません。普通はこの時間で夜景なのです。それに,夕食後,また出発するのも遅くなりますからね」・・・ヒデーッ。そんならそうと,早めに言ってくれ〜。みんな,ガッカリしてしまった様子で,下を向いてしまった。

 山の手地区で,ガイドのシルヴァーナさんとお別れ。明日から長い夏休みに入るというシルヴァーナさんは,ニコニコして去っていった。そして,バスは丘を下って,ホテルに戻った。すぐに部屋に入るのもモッタイナイと思ったボクタチは,この辺りを少しだけブラブラすることにする。なんかしょっぱいお菓子を食べたくなったのだ。ナポリの街を狭い路地に入らないように注意しながら,さんざん歩き回った挙げ句,結局,ホテルの近くで見つけたパスタの素材屋さんで,ポテトチップ(1,500リラ)をゲット。

ホテルロビーで待ち合わせ

 20時,また昨晩と同じレストラン「キャストル・ヌーボー」にみんなでトコトコ歩いて向かう。今晩のメニューはなんだろう?夕べのパスタは実にウマカッタ。今夜は,同じテーブルに5人家族といっしょに座った。娘3人(女子大生2人と高校生くらい)も連れてきた家族なのだ。華やかで,ええのう。娘を3人も海外に連れてくるなんて,旅費だけでも100万円を越えてるゾ。世の中には長者様がいるものじゃ。オラたちも,おこぼれにあずかりたいものじゃのう。今晩の飲み物は,水だけにする。あっ。お金が足んなくなったせいじゃないよ。なにせ,ボクタチの血液中のアルコール濃度は,相当高くなっているから。これ以上飲むと,肝硬変になっちゃう。
 ・・・突然,ジャンジャカ音楽が鳴り出し,ギターとクラリネットをもったイタリア人の二人の若者が登場した。曲名は分からないが,えらく元気のいい曲だ。何曲か演奏した後,クラリネットの方の人が,ウッシシと笑いながらテーブルを回りだした。案の定,流しの奏者で,チップをくれと言っているのだ。最初からそんなトコだろうと思っていたボクは,シブシブ5,000リラ(300円)札をサイフから出す。まあ,こんくらいだろう。5人家族の旦那さんは,(5人で)1,000リラ札だった。でも,少ないと言われて,結局5,000リラ札を出すハメになった。でも,娘3人嫁に出すと家が傾くというからなァ。なんだか,気の毒になってしまった。

ホテルのベランダよりナポリの夜景を撮る。一応ホンモノのハズ

 さて,今日のメニューは,まず・・・やったー。ピザだ。でっかいマルゲリータ。これは,トマトと水牛のモツァレラ,バジリコをあしらったナポリの定番ピザなのだ。むむーっ。パイ生地がぶ厚い。ただ,生地自体がなぜかしょっぱいのが気になった。流石のボクも,こんなに喰いきれないよ〜。シヌー!これで前菜なんて。次なるメインは牛肉である。薄〜く薄〜く叩き延ばして,焦げ目がなんともウマソウだ。げっぷ〜。デザートは,ナポリ名物のパイ菓子スフォリアテッレだ。これは,クロワッサンみたいな形だが,持ってみると,ズッシリ重い。さて,どんな味だろう?・・・パクリッ!ぬぬーっ。ヌヌヌヌ!コイツは・・・油っこいゾ。日新サラダ油だ!豊年サラダ油だ!なんとも言えない味だ!兎に角,始めて食する味である。ボクには・・・とても食べられないワイと思って,隣りを見ると,彼女は,ガツガツと至福の表情で食べている。すごくオイシイそうである。

 ・・・信じられん。回りを見渡したところ,一般的に,男性はシブーイ顔で残し,女性はキレイに食べ終わって,指の爪の間や皿の裏までペロペロ嘗めているのが判明した。実に不思議なお菓子なのである。

 そして,ホテルにまた戻る。もう10時近いじゃないか。今日は,ピザだったので,出てくるのにとても時間がかかったからなんだよね。もちろん,小脇に,1.5L入りの水のペットボトルを抱えるのを忘れずに...
 部屋に戻って,カメラを抱えて,11階のレストランのベランダへ。先程は大変キレイなナポリの夜景を,親切にも見物させてもらったワケが,あれじゃとてもモノタリン!ああ明るくちゃ〜ね〜。せめて,ホテルのベランダから(ちょっと場所は低いケド)本物の夜景をカメラに収めることにしたのである。ベランダに出かけてみると,やっぱり同じことを考えていたツアーの仲間たちが,バシャバシャ写真を撮っていた。夜風がとても快かった。

 イタリア旅行も,実質あと1日。明後日は帰らなくちゃならない。たぶん,今日がこの旅行のハイライトだったんだろう・・・そして,ボクタチは,ナポリ最後の夜を心から,そう。心から・・・惜しんだのであった

2000年8月1日(火)のこと 晴

ローマの平日vol.012

 7時起床。目が覚めると,明日は帰るだけだから,今日で最後の日なんだなァ・・・と思う。アサゴハンを食べて,8時半出発だ。イタリアに着いた日に通った太陽の高速道路を(今度は背にして)バスは走る。ローマ市内は,通常なら観光バスによる見学を行うところだが,現在キリスト生誕2000年の行事で,観光バス禁止なのである。しかし,我らがクラブツーリズムは,Jバスとか言う特別許可のバスを使って見物させてくれるそうなのである。やったーっ。さすがは有能なるクラブツーリズム。バンザーイ!ウヒー

レストランへ向かう

 お昼前に,バスはローマ市内に入った。ローマ市内は,(ナポリに比べれば)とてもキレイで交通も穏やかである。巨大なテルミニ駅の駐車場で,バスを降りる。そこから,10分ほど通りをトコトコ歩いてレストラン「アーチ・ロマーニ」へ。注文すべき飲み物は,やっぱり水!最近,アルコールに胃袋が疲れちゃったのでのう・・・ワシらの老いた胃袋は。前菜はラザニアである。この旅行前半は,パスタがまったく出なくて,不平不満を抱えていたボクタチであっただが,後半になると毎日イヤと言うほどパスタが出てくるようになった。味は,ボッテリとして,それでいて,モゴモゴであった。ヤッポンのラザニアは,ヒキニクとか入っているものだが,イタリアはそんなムダなものはなく,概して単調な味である。メインは,チャーシューのカタマリ3枚。最後にティラミスに似たアイスであった。これは,でっかくて旨かった。

 ここで,相席となったのは,高校生くらいのコギャル風娘とそのお母さん。疲れているのだろうか...娘の目に白いメヤニがびっしりとこびりついていたのが,ひどく不憫に思えた。しかし,よくよく見直すと,なーんだ。ボクの大好きな山姥だったのだ。わーい!嬉しいなっと。しかし,その娘は,お母さんに「疲れた〜」とか「キブン悪い〜」とか「マズイ〜」とか言って,お母さんは娘の世話にいつも大変そうである。昨日の国立考古学博物館でも,実にツマラナソウだった。ツアーの仲間には小学生が3人いる。このツアーは,朝は早いし,夜は遅いし,子供には相当つらいんじゃないかと思うのだ。でも,みんな楽しそうにがんばっている。彼女の意見によると,ヤッポンでは,中高生あたりの中間層がダメになっているのではないかと言うのだが・・・。

 食べ終わる頃,新たなガイドさんと,通訳さんがやってきた。ガイドさんは,イタリアのおじいさんで,ヤッポン語は全然ダメ。通訳の人は,中年の女性で,コチラで結婚して働いている元ヤッポン人のシミズさんと言う人。さすが,永遠の都ローマともなると,ガイド・通訳・添乗員と3人体制で案内してくれるのである。我々ツアーの構成員が皆,ヤッポンの政財界を代表する重要人物であることも,この事実に無関係ではあるまいて。オッホン!

Jバスに乗り込め〜!

パス停にへ,韓国人ツアーと遭遇す

 レストランからゾロゾロ出たボクタチは,テルミニ駅のバス乗り場に向かう。特別許可のJバスとは,いかなるすばらしいバスであろうか。ハテ。ボクタチのタメにローマ当局からわざわざ特別許可を得てくれるとは,ヤッポン人代表として申し訳ないことであるな。イヤハヤ・・・。しかし,そのバスは,ハッキリ言って,特別専用バスでもなんでもないただの路線バスであった。ちょっとボクは勘違いしていたみたいである。Jバスとは,観光地と観光地の間を繋いで走っているバスのコトだったのである。
 当然ながら,狭いバスの中に我々35人は,イタリア人観光客といっしょに狭い車内にドッチャリ詰め込まれた。ううっ。キツーイ!ラッシュ時の山の手線を思い出すなァ。しかも,通訳さんは,「みなさんをコロッセオトレビの泉に案内しま〜す。それ以外については,状況により判断しま〜す」なんて言っている。ええ〜。それしか行かないの?真実の口は?うぇ〜ん。
 幸い,5分ほどで,添乗員さんが,「みなさ〜ん。次降りますよ〜」と言った。みんな「ハーイ」と声をそろえて返事する。おかしくて,笑ってしまった。ヤッポン人って,とても素直なのだ。バスはヴェネツィア広場フォロ・トライアーノの前で降りるようだ。ヒ〜。助かった。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂前にて

トラヤヌス記念柱

 ヴェネツィア広場は,ローマの中心部にあり,ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂や,トラヤヌス記念柱がある。15分程自由時間だというので,みんなプラプラと写真を撮ったりする。集合時間になって,バスに乗ろうとすると,なぜか3人足りない!みんなキョロキョロしていると,5分くらい遅れて走ってきたのが,バーゲンおばさんの家族。お陰でバスを1本乗り遅れちゃった。

 またバスに乗って,次の停留所ですぐ降りる。おお!ここは知ってるぜ。コロッセオだ。デカイなぁ・・・。そこで,通訳さんの注意。「ローマ兵士の格好をした人がいっしょに写真を撮ってくれますが,ボランティアではありません。お金をとります」とのコト。フム。気をつけなくちゃ。コロッセオ周辺は,観光客でいっぱいであり,よく見ると,赤いマントをヒラヒラ着て,剣みたいなのを持っている連中がチラホラ見えるではないか!また,通訳さんが「えーと。希望する方は,1万リラ(600円)でコロッセオの内部に入ることができます。ガイドさんにお金を渡してください。中に入らない人は,その間自由行動としま〜す」
 みんな,「ケチ」とか思ったのだろう。シブイ顔をして,ブツブツ言っていたが,ローマまで来て,1万リラぽっち惜しんでは栄光のヤッポン人たる誇りが許さない。1万リラを次々にガイドさんに渡し,コロッセオ入場口へ。
 また通訳さんが,「ちょっとコロッセオについて説明しまーす。この本を見てくださーい」と説明が始まった。コロッセオは,コロシアムの語源にもなったもので,紀元80年頃にティトゥス帝により作られた。外周527m,高さ50mの巨大な円形闘技場で,奴隷同士や,奴隷と猛獣が戦わされたところなのだ。ここで,通訳さんが,入口脇の小さな土産物屋さんを指さして,「この本は,日本語版をこちらのオニイサンが売ってます。ポストカードをつけて2万リラ(1,200円)だそうです。どこでも同じ値段だと思いますよ」とPRするので,強い日差しで頭がクラクラしていた我々は,闘技場のライオンのようにガツガツとその「ローマ」と書いてある本を買ってしまった。(後で,この本を見ると,背表紙の裏に1,500リラと書いてあった。オマケと思われたポストカードは,あまり見たことのない昔の宗教画で,男性の丸出し写真ばっかりであった。但し,全然エッチに感じられない非常につまらないやつであった。くそー)

 ドキドキしながら,コロッセオの内部に入る。ここが,かの有名なコロッセオ・・・。中心部分は,当時あったハズの木の床はなくなり,地下部分が見えるが,ここは,ライオンやキツネなどの猛獣の檻や舞台装置があったとのこと。ひとつ残念だったのは,ここで,これからコンサートかなんかやるらしく,舞台がしつらえていたことである。なんだか,違和感があるなァ。階段を登って,2階へ。そこでクルリと一周する。歩いて5分くらいだろうか。こんな有名なトコ,歩いているなんて,映画の中に入ったみたい・・・。

 20分後,ボクタチは,コロッセオの外に出て,暑い日差しを避けながら外壁の影に座っていた。ボクタチの仲間がバラバラに戻ってくる。見ていると,ローマ兵士の格好をした女性が,戻ってくるボクタチの仲間を「コンニチワ」と言って,写真を撮ろう(カネをくれ)と誘っているようだ。でも,みんな小走りで逃げてくる。なんだか,ハズかしいものね。お・・・。こんどは,とてもキレイな東洋人女性が来た。きっと中国人のお嬢さんに違いない・・・と思った瞬間,ローマ兵士は,「ニイハオ」と挨拶。なんで,区別がつくのじゃ?やっぱり,服装とか品位で判断するのだろうか?ボクと同じように。

コロッセオへ向かう

1階部分だ

2階より。床下の部分が見える。

パリの凱旋門はこれをマネしたんだって


トレビの泉へ歩け歩け〜

トレビの泉。コインを2コにすべきか。3コにすべきか

 またバスに乗って,今度はトレビの泉へ出発。なんの変哲もない道路沿いの停留所で降りて,トコトコ路地に入っていく。5分くらい歩いただろうか。あったーっ!これこれ。トレビア〜ン!でも,写真で見た噴水が出てないゾ?と思ったら,添乗員さんが「今日はトレビの泉はお休みで噴水が出てないようで〜す」とのこと。フーン。お休みだと噴水がないのか。ヒド〜イ。トレビの泉の回りには,観光客でいっぱいである。そこで,通訳さんから注意だ。「ここは特にスリが多いです。立派な格好をしていても注意してくださいね。後はジェラートが有名ですが,あそこのジェラートがコンクールで金賞を取りました」フムフム。ナルホド。ネクタイを締めたスリに注意だね。それに,ジェラートが,コンクールで金賞とは,聞き捨てならぬことだ。

 まずは写真である。この写真を撮って帰らないと,ヤッポンに帰って,みんなに自慢できないからね。ジプシーどもを睨み付けながら,かねて準備の十円玉と五円玉を左肩ごしに後ろ向きに投げる。これは,コイン1枚=一人でまた来れる。2枚=恋人とまた来れる。3枚=今の相手と別れて別の相手とまた来れる。というキマリがあり,3枚って手もあったのだが,彼女に監視されていたため,やむなく2枚を投げるコトにしといた。これで,またいつか来れるのかなぁ・・・。そして,泉に向かって右の角にあるお店で,通訳さんオススメのジェラートを買う。結構並んでいたので,やっぱり有名のようだ。お値段も一個3,000リラ(180円)とはお安い。ヤッポンだったら,400円はするだろう。ボクはレモンのジェラートを買ってペロペロ。こりゃあ,ウマスギー。彼女は,モラというキタナイ色のジェラートにした。木イチゴの黒いヤツだと彼女は言っていたが,真偽の程は分からない。でも,レモンの方がうまかったのは間違いない。

 あっと言う間にローマ市内半日観光は終わった。エ?これだけ?足りな〜い。真実の口は?スペイン広場は?サン・ピエトロ寺院は?ふくれっ面をしたボクタチを乗せたバスは,テルミニ駅近くのローマ三越に向かった。

みけねこパスタ隊。二人だけの冒険 vol.013

 バスに乗ったボクタチが向かったのは,テルミニ駅近くのローマ三越。ここで,19時まで約3時間の自由行動となる。まあ,三越で,ガッポリ買い物をしてくださいなという意味なのだ。余った自由行動については・・・バスの中,ボクタチが話し合ったところによると・・・真実の口に行って,手をパクリと囓られたい(ボク)。コロッセオ近くのフォロ・ロマーノ遺跡を見たい(ボク&彼女)。スペイン階段付近で買い物をしたい(ボク&彼女)。ヴァチカン市国に行きたい(彼女)・・・とどうしようもなく意見が分かれてしまった。ムムーン。ツアーの仲間たちも同じような話題でモメているらしい。結局,ツアーの半分近くがヴァチカン市国。その他スペイン広場フォロ・ロマーノなどに分かれた。添乗員さんとワイワイやった結果,三越でお買い物時間45分。そして,三越入口に集合し,行きたい人をバス乗り場まで案内してくれるコトになった。Jバスのフリー乗車券もまだ有効なので,みんなに分けてくれた。ラッキー。

 さて。買うぞ買うぞ買うぞ〜。土産を買わねばなるまい・・・。ローマ三越は,ビルの1階と地下部分しかないので,そんなに広くはない・・・とは言っても,ええと。お土産を買わなきゃならない人は多い。今まで買い物の時間も殆どなかったから,ここで買うしかないのだ。あっと言う間に集合時間が近づく。えーい。もう免税証明が間に合わないや。店員さんにお願いして,荷物を預けると,大急ぎで出口に向かった。さて,出発だ!っと思ったら,バーゲンおばさんの旦那様が,今,おばさんがレジに行ったので,ちょっと待ってくれと言う。集合した時はいたハズから,その時,欲しいモノを見つけて,また買いに行っちゃったに違いない。みんなイライラ待つ。10分。免税証明の手続きのトコ,混んでたからなァ・・・15分。ついに添乗員さんが迎えに行き,やっと連れて帰った。その頃には,みんなの顔はドス黒く腫れあがり,怒りのあまりすごい勢いで地団駄踏んでいたため,ローマ三越がグラグラ揺れて,店員さんが真っ青になっていた。ま,ボクは外に出てタバコをプカプカやっていたので,ヘイキでしたけど。

 テルミニ駅まで,10分くらい歩く。7時にローマ三越集合だから,道をよーく覚えとかなくちゃ。そして,みんなでバスに乗る。ガイドさんと通訳さんとはここでお別れだったが,添乗員さんはバスにつき合って乗ってくれた。わーい。ありがとうね。途中,スペイン広場に行く人は下車し,残りの我々はヴァチカン市国入口の終点まで約25分の旅。しかし,遠いなぁ。これじゃ30分も見学する時間はないゾ。ボクタチは早めに帰って,免税手続の続きをしなくちゃいけないんだ。

サン・ピエトロ広場

あの突き当たりが国境なのか

 ヴァチカン市国は,世界最小の独立国であり,また,カトリックの総本山でもある。そこは,世界中の信心深い老若男女が詣で集まるところ。大柱廊を抜けると,そこはサン・ピエトロ広場であった。直径約200mの広大な広場。辺りを見回せば・・・いかん!こんなコトしてられぬわい。と,ボクタチは大急ぎでサン・ピエトロ大聖堂に向かう。ゆったり眺めているヒマはないのだ。
 大聖堂に向かう人の列は,みんな信心深そうである。神父さんとか修道女らしき服の人も多い。翻って,ボクタチの顔は・・・信心からは,相当程遠そうだ。しかも宗派は仏教。途中止められるのを密かに心配していたが,大丈夫だった。善良なるサマリア人だとでも思ってくれたのだろうか。寺院の入口には,半ズボンやノースリープの人の絵姿にバッテンが描いてある絵が表示されている。こういう不埒な格好で入ってはダメだという意味だ。これは,サン・ピエトロ大聖堂に限らず,教会ではアタリマエのこと。高級ブティックでも5つ星レストランでも,サンダルとかフンドシ一丁で入ってしまうヤッポン人は,ヨーロッパでは評判悪いのだが,教会では特に気をつけなくてはならない。ここは観光施設じゃないんだからね。入り口で,みんな十字を切って入るので,ボクタチもマネして入る。そう言えば,バスでいっしょに,ツアーのお坊さんもここまで来た。絶対,大聖堂も見に来たハズだ。ここに入るとき,十字を切るのだろうか。なにせ商売仇だからなぁ。

サン・ピエトロ大聖堂

荘厳なサン・ピエトロ大聖堂内部

 サン・ピエトロ大聖堂は,紀元324年に着工されたカトリックの主聖堂である。初代ローマ教皇であった聖ペテロの殉教地であったため,こう名付けられた。ラファエロ,ミケランジェロなど名だたる巨匠が携わったルネッサンス様式とバロック様式の最高傑作といえる建物である。本当にスゴイ・・・。ところどろこで跪いて祈っている善男善女がいる。誰しもこの教会の荘厳さには圧倒されるだろう。もしかして,この教会にはキリスト教精神にある敬虔さと単純さがないと失望する人もいるかも知れない。それ程の建物なのだ。
 ミケランジェロが手がけた巨大ドーム「クーポラ」に是非登りたいと思って,登り口を探したが,残念。クーポラの開館時間は18時までで,既に数分過ぎていた。む・・・無念。あと十分早く来てればなァ。それに,もう,ローマ三越に戻らなくちゃならない時間だ。

 ボクタチは,バーゲンおばさんを心から恨みつつ,後ろ髪を引かれる思いでバス停まで戻り,そこに止まっていたバスに飛び乗った。フー。良かった。しかし,なかなかバスは発進しない。数人づつイタリア人がバスに乗って来て,ようやく満席になった頃発車した。な〜んだ。あんな大慌てで飛び乗らなくてもよかったんだ。バスに乗っている間中,この道通ったっけ?と妙に心配になってくる。イタリアのバスって,車内アナウンスもないし,心配なのだ。でも,大丈夫。バスは,ちゃんとテルミニ駅に到着しました。胸をなぜおろす。これで,5つ目の世界遺産を制覇したことになる。ええと。ローマ歴史地区(1980年・1990年)ってやつなんだ。ボクタチは,ついにローマを制したんだ!すっごく駆け足だったけど。
 ボクタチは大急ぎでローマ三越へ向かった。18時40分。間に合った〜。もう何人か既に戻ってきていた。聞いてみたら,賢くタクシーを利用したんだって。な〜んだ。そして,ローマ三越で,免税書類を書いてもらって,一安心。ここの地下の休憩室にイタリアで初めて見る自動販売機を見つけたので,コーラを買った。1,000(60円)リラだ。乾ききったノドにコーラが浸み渡った。ウメー。

 そして,19時。無事みんな帰ってきた。添乗員さんもホッとした様子である。また,みんなでテルミニ駅まで歩いて,ボクタチの青バスに乗る。やっぱり青バスが一番さ。落ち着くねぇ。そこで,ボクは自分の大失敗に気がつく。結局,真実の口に行けなかったのだが,ローマ三越の地下の休憩室の前に,インチキ真実の口があったのである。あそこで,手を入れて,イテテテッと歯をむき出して痛がっている写真を撮っとけばよかった。どうせ,ヤッポンのやつらには,ニセモノとはとうてい分かるまい。ローマに来て,真実の口に行けなかったなんて,みんなにはとても白状出来ないもの...
 

最後の晩餐 vol.014

青バスに乗り込んで向かったのはレストラン「ラ・トゥレ」

 ボクタチの青バスはトコトコ走り,約30分ほどでレストランに着く。今日で最後だから,今夜は豪華にカンツォーネ・ディナーなのである。入り口には,レストラン「ラ・トゥレ」の従業員が3人もボクタチを迎えてくれた。レストランの中も,なんだか,とてもいい雰囲気である。席につくと,今度はお隣にお坊さんが座った。

 お坊さんの話によると,半ズボンであそこまで行ったツアーの一員のお父さんが,係りの人に,大聖堂入口で止められちゃったらしい。そのため,そのお父さんは,奥さんのスカーフをパレオのように腰にまいて,入ろうと企てたのだが,やっぱりダメだったらしい。努力は認めるが・・・愚かよのう。なお,そういうオバカな異教徒のために,大聖堂近くの店ではズボンを売っていたのを彼女は見たとのことである。いざというとき,ここでズボンを買えばいいわけだ。ボクとしては,半ズボンがだめなら,パンツも全部脱いじゃえば問題ないと思ったのだが,どうだろうか?そもそも,アダムだって,どの絵を見てもハダカだったもの。念のため,葉っぱでも股のトコに貼り付けておけば,なおさら心配ないというものである。頭というものは,使えば使うほど良くなるものなのだ。ムフフ。そのお父さんも,パンツを脱いで,アダムみたいに全裸で入れば良かったのになァ。ボクだったら,そうしたよ・・・。

 添乗員さんが,ニコニコして言った。「今日は最後ですから,ワインと水は,クラブツーリズム持ちで〜す。どんどんお代わりしてください」フムフム。言われずとも,お代わりするわい。この腹の裂けるまで。クラブツーリズムが破産するまで,飲んで飲んで飲まれて飲みまくるぞ!みんなのマナコはつり上がり,一様に口からヨダレがダラダラ出てきた。
 前菜は,ハムの盛り合わせ。名物の生ハムもあるゾ。生ハムを食べようと,大きな口を開けた時,ローマ帝国兵士(の格好の従業員)と専属カメラマンがやってきた。ボクタチといっしょに写真を撮って,帰る前に出来上がった写真を見て欲しいとのこと。しかも,たった2万リラ(1,200円)を払えば,そのすばらしい写真がボクタチのものになるという寸法。でも,よく撮れてない時は,買わないでいいらしい。わーい。わーい。イラナイって,断ろっと。ボクは,写真1枚ごときに2万リラを払うほど,愚か者ではないのじゃ。
 そのうち,向こうのテーブルに東洋人団体がゾロゾロ入ってきた。フム・・・きたならしい格好だ。それに馬やワニの血が混じったような顔付きではないか。話す言葉を聞くと,ボクがニラんだとおりヤッポン人団体である。おお!我が同胞よ。今まで,中国人や韓国人ばっかりで,さみしかったのだ。この晩,このお店は,ヤッポン人に占領された状態となった。

カンツォーネ・ディナーは盛り上がる

 舞台の幕がスルスルと開き,男女6人のイタリア人歌手が登場した。とても元気な「フニクリ・フニクラ」(WAVEファイル,764K)から始まる。ワーイ。パチパチパチ!すっごく上手。生演奏である。楽しい〜!歌手たちは,ものすごい声量で,次々とカンツォーネを歌い出した。「帰れソレント」「サンタ・ルチア」・・・。ううーん。本格的だ。なんだか,カンツォーネって,ヤッポンの感性に合うなぁ。フランスのシャンソンとかと比べるとね。そうそう。忘れるとこだった。食事のメインは,サルティンボッカ。これは,牛のフィレ肉に生ハムをくっつけたもの。ウメ〜。これを読んだみなさんに食べさせてあげたい。
 それから,今日誕生日だった人をステージに読んで,歌のプレゼント。楽しい・・・・・いつまでも続いて欲しい・・・。そして,デザートはパイみたいなやつだった。

 ローマ兵士とカメラマンがやってきて,写真が出来上がったので,買ってくれを言う。ボクとしては,断ろうと思ったのだが,彼女が「すっごく良く撮れたわ」と大喜びなので,シブシブ2万リラをサイフから出した。確かに彼女は良く撮れたが,ボクの顔はぜんぜん良く撮れてないのだ。チェ〜

最後の夜・・・

 歌い終わった歌手たちは,イタリア国旗を振ってバイバイする。みんな,惜しみない拍手。そして,彼らは歌いながら席の間に降りてきた。みんな次々とチップを渡す。坊さんは,なんと大枚5千円もポイと渡してしまった。これを知ったら,一生懸命,少ない収入の中からお布施を捻出した敬虔な檀家はさぞ嘆くことだろうと思われた。

 熱気さめやらぬ中,まだ響き渡る陽気なカンツォーネを後にして,我々はレストランを出た。そして,バスへ。フー。ため息がでた。添乗員さんが人数を数えたら・・・あれれ?誰かいないゾ?どうも,デパートおばさんの旦那さんがレストランから出てこないようだ。大学生の息子が探しに戻り,デパートおばさんが探しに走った。しばらくして,3人でフラフラとバスに戻ってきた。トイレに行っていたみたい。あの旦那さん。ずいぶん,ガツガツとワインを飲んでいたからなァ。タダのワインを。

 そして,バスは出発した。ローマ最初の夜に泊まったあの「アリス・ガーデン」へ。ブルル・・・。今まで,四つ星だったけど,またあの星ゼロ・・・いや,星マイナスのボロ部屋に帰るのか。なんだか,心なしかみんなの表情がガックリと暗い。またまた30分も走って,ようやくホテルに到着。もう,10時過ぎだ。今度の部屋は3階の別な部屋のようだ。気が進まないまま,部屋に入ってみると・・・あれ?ドアノブもしっかりしてるし,部屋もちゃんと掃除してるぞ?前の部屋よりずっといいじゃん。あんまり,みんながブツブツ言っていたので,添乗員さんが,ホテル側と,いい部屋にするよう交渉してくれたのだろうか。そして,部屋にあったホテルのパンフレットを見ると・・・ギョッギョッギョッ!ここって,四つ星だったのだ。ううーん。
 満足したボクタチは,荷物の整理をして,イタリア最後の夜を過ごしたのであった。そして,眠ってからも,ボクの耳には,あのディナーで聴いたカンツォーネの名曲「オー・ソレ・ミオ」(MP3ファイル,1.28M)がずっと流れていた。

Che bella cosa na jurnata e sole
N'aria serena doppo 'na tempesta!
Pe'll'aria fresca pare gia 'na festa
Che bella cosa na jurnata e sole
Ma n'atu sole
Cchiu bello,oine,
'O sole mio
Sta'nfronte a te!
'O sole, 'o sole mio
Sta'nfronte a te!
なんて美しいのだろう 太陽の照り輝く日は
嵐の後の穏やかな大気よ
その新鮮な空気は歌に踊る宴のようだ
なんて美しいのだろう 太陽の照り輝く日は
しかし私はもうひとつの太陽
もっと美しい太陽を持っているのだ
私の太陽
君こそは輝く太陽
太陽 私の太陽
君こそは輝く太陽

*カンツォーネは,容量が大きいです。ごめんなさい。右クリックしてダウンロードしてからお聴き下さいね。

さようならイタリア。そして... vol.015

さようなら。ステファノさん

バスに乗り込んで空港に出発だ

 ついに,最後の日の朝がやって来た。5時45分,モーニングコール。今朝は特段に早い。窓の外はスズメの大群である。笠松のモジャモジャの葉っぱの中で大騒ぎしているようだ。6時半。ホテル地下のレストランで最後の朝食。最後のパンを心して噛み締める。でも,やっぱり固〜いや。
 7時15分。いよいよ出発の時間である。その前に運転手のステファノさんにお願いして記念撮影を撮らせてもらう。ステファノさんは,運転中ずっとヤッポン語を添乗員さんに教えてもらっていたっけ。安全運転ありがとう。長い間お世話になりました。

 ボクタチは,バスのいつものお気に入りの席に座る。前から3番目の席が他よりがチョッピリ広いのだ。そして,約30分程走ってレオナルド・ダ・ヴィンチ空港へ着いた。青バスとバイバイして,スーツケースをゴロゴロ押しながら空港内へ向かう。
 ボクと何人かの家族代表は,ローマ三越で買ったお土産の免税手続きのために,税関までスーツケースをまたまたゴロゴロ押して,係りの人に書類にペタリとハンコを押してもらった。ボクの極貧ぶりを見てのことだろうか。税関では,スーツケースを開けろとも言われなかった。チェ。すぐ開けられるようにしといたのに。まっ。ど〜せ大して買ってないんだケドね。
 待っていたみんなのところに戻って,スーツケースをカウンターに預ける。そして,出国手続きだ・・・と言っても,スカッと素通り。なんだか張り合いがないなァ。まずは,払い戻しカウンターへ行って,さっきハンコを押してもらった免税書類を渡す。すると,ヤッポン円にして1万円近く戻ってきた。いいね〜。これは付加価値税分として約13%くらい戻ってきたわけである。ヤッフー!大助かり〜。

 それから,飛行機の時間まで,空港内の免税店でブラブラすることとした。ローマ三越では買い物にカードを使ったので,ボクのサイフには,リラが多量に残っているのである。しばらく考えたボクタチは,思い切ってバックを買うことにした。お店には,あんまり品がなくて選べなかったんだけど,カルガモのバックが3万円代だったんですゾ。すっげ〜安いでしょ?円高ヤッポンばんざ〜い!リラ安イタリアばんばんざ〜い!(2002年からユーロが使われるそうです)おっと。そろそろ出発時間が近づいてきたので,モノレールに乗って出発ゲートまで行くと,コッチにも免税店がいっぱいあった。しかも,ずっと品が豊富じゃないか。なんてこった!。

JL-444便めっけ〜

すばらしき2階席

 10時半。ボクタチのJL-444便はローマを飛び立った。今度の席はっと・・・。飛行機のサキッポの2階席ではないか。やったー。お初である。いい席だ!墜落する時,頭から地面につっこむのかなァ。彼女は左側の窓際。ボクは真ん中。右には三人組でやって来たオバサンが座った。後はヤッポン国に帰るダケ・・・。座席の液晶テレビを眺めて時間を過ごす。しかし,タイクツですなァ。なんとなく,デジモンの映画を見たのだが,これがやけに面白く,見入ってしまった。そして,またまたブロイラー状態になってきた。昼食にグリルドチキンとローストポーク。ゲェェェップ!

ロシアの空港にて

 1時間程,グッタリと映画を見ていたら,機内アナウンスが流れた。間もなくモスクワに給油のため,空港に降りま〜すと言っている。お!いいぞ。いいぞ。隣りのオバサン曰く。「お友だちがここでヒスイを買ったのよ。タマゴくらいの大きさで3千円くらいだったらしいわ」・・・フムフム。なるほどね。翡翠か。タマゴほどの大きさの翡翠・・・。耳より情報だ。
 飛行機は4時(モスクワ時間)に着陸したが,がっかりしたことに,4時半には戻るようとのアナウンスであった。30分しかないなんて,少な〜い!
 空港に降りると,おお!いたるところに灰皿が。ツアーのタバコのみは,さっそくプカプカである。こういう時ばかり素早いボクなどは真っ先であった。ロシアって,いいトコロ。イタリアの空港なんて,灰皿なんかイッコもなかったっけ(でも,イタリア人は,そこらでヘイキで吸っちゃうんだよ)。

 さて,例のタマゴくらいの翡翠を探さなくちゃ。でも,イロイロ見てためらっているうちに,結局買いそびれてしまった。翡翠は兎も角,ロシアは全般的にお値段が高いような気がする。イタリアで安かった分,なおさら感じられるのだ。すぐに,4時半近くになってしまったので,ゲートをくぐる。みんな,キャビアとかカチューシャとか買ったようだ。しかし,飛行機の給油が終わらなかったらしく,結局乗り込めたのは5時になってしまった。こんなことなら,もっとゆっくり免税店を見てくればよかったなぁ。
 そして,また夕食。どうにも食ってばっかりである。今度は洋食(ハンガリアン・ビーフシチュー)と和食が選べるので,もちろん久々の和食にした。若鶏照り焼きご飯添えとソバである。ヤッポン人の基本はメシなのじゃ〜大喜びでパクリッ・・・でも・・・おいしくなかった。タブン,イタリアかロシアで作ったやつを積み込んだんだろうが,どうにもインチキっぽい。コメもヤッポン米じゃないゾ。ところで,隣りのオバサンによると,例のヒスイを免税店で見てきたらしいが,あれはとんだニセモノだったらしい。そこには,本物もあったが,やっぱりそれらしく高かったらしい。オバサンのトモダチは,知らずにガラスのニセモノを自慢しまくっていたワケだ。

シベリアの大地に日は沈む...

 いつまでも明るかった外が赤くなってきた。夕焼けである。シベリアの大地に沈まんとしている太陽・・・ボ〜と見ていると,ボクタチのツアーのカメラマン達が発情期のネコみたいにエキサイティングして,パチパチと写真を撮りだした。オバサン達も大はしゃぎである。窓際のボクタチは,カメラマンやオバサン達の為にしばらく席を立った。うん。キレイだなぁ・・・。窓の外は暗くなり,機内の電気も暗くなった。なかなか寝付かれないボクは,映画をず〜と見ていた。空が明るくなるまで...どうしてみんな,ああもグーグー眠れるんだ?

 そして,8月3日午前1時・・・おっと。間違えた。時計を7時間分進めなくちゃ。8月3日8時。飛行機は成田空港に降り立った。ボクタチのスーツケースが出てくるのを,さんざん待たされる。足が痛くなっちゃった。スーツケースを受け取った人から,「さようなら」と手を振って去っていく。最後の頃,やっとボクタチのスーツケースが出てきた。添乗員のタカラさんに最後の挨拶をして,税関へ。スーツケースに隠しておいた例のレモンチェロの瓶(多量の小瓶)が心配だったが,まったく問題なく通過。現在9時15分だ。空港でコーヒー(久しぶりにエスプレッソじゃない)を飲んで時間調整し,10時に成田全日空ホテルの送迎バスでホテルへ。駐車場には,赤い車が無事ボクタチの帰りを待っていた。そして・・・じわじわと実感したのである。「ヤッポンに帰ってきたんだ」

 これで,ボクタチの旅,「みけねこパスタ隊」の冒険はお仕舞いです。バスタ隊も成田で解散となりました。長い長いイタリアの旅におつき合いいただきまして,どうもありがとうございました。パスタ隊とはこれでお別れですが,また,いつか新しい「みけねこ?隊」を結成する時が,きっと来るはずです。それまで,しばらくの間さようなら。

 Grazie! ありがとうございました!


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