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ゾーエへの手紙2
昨日会ってマンガの話をたくさんできて嬉しかった。またおいでね。 今日のメールでは、また「なぜローマに?」の続きの話をするね。
旅行は私が24歳の時。日本人はただでさえ若く見える上、私と友人は子供っぽかったので15歳くらいに見られた。にもかかわらず、ペンションのおばちゃんも、バールのおじちゃんも、ピッツェリアのおじちゃんも、にこやかで感じがよく、「お客さん」として大切にしてくれている。。。と言う感じを与えてくれた。皆プロフェッショナルだったんだね。
日本でこういう扱いを受けた事はなかった。 日本では「女」であり「弱輩」であることは目に見えない差別を受ける対象だったから。何か買いに行けば店員は社会的習慣として丁寧だったけど慇懃無礼だった。仕事で販売をしてる時、「誰か男の人か上の人いないの?」と言われた事がある。家具の製造卸しの会社で、テナントとして出ていたお店でのこと。会社が直営店をだしたので、テナントにいた店長である女副社長ともう一人の販売員はそっちに行き、そのテナント店は私一人で守っていた時だ。「男の人」も「上の人」もいないんだい!
あっ、そうだ!こういう事があった。本社からテナント近くの大手百貨店に納入するのに、伝票のはんこを「主任」にもらいに行った事がある。40代前半と思われる「主任」様はお電話中だった。お電話が終わるのを近くで大人しくお待ち申し上げていると、「主任」様は机の引き出しを開けて、たばこをお取り出しになり、一本くわえた。そしてしきりにこちらを見て顎をしゃくりあげた。「?」わからない私に合を煮やし、ライターをつけるジェスチャー。「!」火をつけろと言ってる訳。なんで?! 私は「納入業者」で「弱輩」で「女」だから彼は3度優位にいる。尊大な態度をとっていいわけ。
イタリアで見る事のできたボッティチェッリやカラバッジョの本物の絵は深く、アーティストの人間性が感じられた。コロッセオやフォロロマーノは古代ローマの活力と諸行無常を感じた。ヴェネツィア広場のベネツィア宮殿はルネッサンスの香りがし、長いスカートをはいた婦人やタイツの男性、そして馬が行き交った当時を思い起こさせ、悠久の時が連綿と続いている事を実感させた。どれも写真では感じる事のできない、本物だけが与える事のできる感慨だった。それこそが旅行をして感じたい事だったけど、予想していなかった人との触れあい。ローマのお客として触れた人々の暖かさが人間っていいなぁと思わせ、それはとてもいい感じだった。
イタリアが天国だとは言わない。 ただ、少なくもローマでは(他の土地はそれほど感じなかった)「弱輩」で「女」であっても、「人並みの人間」として扱われ、それがとても心地よく、イタリアにまた戻りたいと思わせる大きな要因になった。
ローマが私の心を捕らえたのはこういうわけ。
この続きはまた次回におしゃべりします。 チャオ! |
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最終更新日: 00.08.17