■フィクション世界のヴァンデ戦争、ふくろう党■


ここではこれまで私が読んだヴァンデ戦争、ふくろう党蜂起がテーマの小説などを取 り上げ、解説をしてみたいと思います。
「ふくろう党蜂起とは」でも書きましたが、この二つは文学上でも混同されて描かれ ることが多いようです。ヴィクトル・ユゴーの「93年」などは舞台がヴァンデと設 定されていますが、内容は完全にふくろう党蜂起といえるでしょう。
またバルザック の初期作品として有名な、その名もずばり「ふくろう党」という作品もあります。
他に有名な作品と言えば、バルベイ・ドーレヴィイの「デ・トゥーシュ勲爵士」とい う作品もあり、これもふくろう党の実在人物であるデ・トゥーシュ勲爵士、ムッシュ ー・ジャックことジャック・ド・ラ・メルジエールなどが登場する小説です。(ほと んど名前を借りただけとしか言えないストーリーですが)
書き手の側としては、時系列がはっきりしすぎているヴァンデ戦争よりも、無数の設 定が可能なふくろう党蜂起の方が話が作りやすいのでしょう。

十九世紀の作家の名ばかりあげましたが、現代でも、少ないとはいえ、この二つの蜂 起がテーマの小説が出版されることは皆無ではないので、気をつけて書店をチェック しています。
またそれ以外に、「王党派小説」のようなものも関連作品として取り上げていこうと 思います。

これまで読んだ中で、ジャン・シュアンが主人公のものについては、
拙同人誌 「LEGENDE DE JEAN CHOUAN」→に一部まとめてあります。
バルザックの「ふくろう党」は超有名な作品ではありますが、管理人が読んだのがあ まりにも昔で、内容がほとんど思い出せないのです。そのうち気が向いたら取り上げ るかもしれません。

◆「血と黄金」アンリ・ブールジュネイ

この作品は私にとって非常に思い入れが深いので、特別扱いをします。
うだうだ思い出話などしますが、お暇な方だけ付き合って下さい。

まず、この作品と私との出会いです。
まだパリ学生をしていた昔、昔のこと、すでにアンリ・ド・ラ・ロシュジャクランの 虜になっていた私は、ヴァンデ戦争の資料、とくにアンリについての記述がある資料を血眼になって探していました。
ある日のこと、J.P.ブールという人が描いた「Chouan」 という本を購入しました。表紙がアンリだったからです。
内容はタイトルからもわかるようにどちらかといえばふくろう党蜂起についての記述 が多く、作者は「ちょっといっちゃってる系」、の人じゃないかという印象を受けま した。他には吸血鬼や悪魔の本などばかり書いているようです。(しかしある意味私と趣味がバッティングしているかも)なんでも作者は少年の頃ボ−イスカウトに参加 しており、そのときに読んだ王党派少年小説「血と黄金」にいたく感銘を受けたそうです。

さらにこの「血と黄金」の最終章の抜粋が載っていました。
興味のある方はこちらをご覧下さい。→

ヴァンデ戦争が舞台というのと、抜粋にアンリの名も出てくることから、これは絶対読まねばと思ったのです。
しかし、当時はネットで検索などというのは夢のまた夢のアナログな時代で、すぐには見つけることができませんでした。
さて、パリのサン・シュルピス教会の近くに、今はもうなくなってしまい、インテリアのお店に変わってしまった「Au signe de piste」という小さな本屋さんがありました。
この書店は大学の帰りに偶然発見したものです。
ぱっとウインドーを見て、ヴァンデ戦争関係の本が沢山並んでいるのが目に留まり,すぐに中に入りました。このとき、随分色々な本を一度に購入したものです。以後他では二度と目にすることのなかった貴重な資料もあります。店番をしていたおばさんとも、ひとしきりヴァンデの話で盛り上がったりしました。店主がヴァンデ出身の人 だということでした。

そして、嬉しいことに「血と黄金」もこの店で発見したのでした。
この本はボーイスカウト小説(フランスにはそういうジャンルがあるようなのです。ボーイスカウトや、その精神を反映した、少年冒険小説だと思って下さい)のシリーズを出しているSigne de piste(「手がかり」とでも訳すのでしょうか)という出版社から出ていました。した――と、過去形になっているのは、どうやらもうこの出版 社は存在していないようだからなのです。店番のおばさんによると、この書店の名前も何を隠そう、このシリーズから取ったのだということでした。
表紙はボーイスカウト小説の挿し絵作家として有名なピエール・ジュベールです。
表紙→

さて、この本を一読した私は、生まれてからこのかた味わったことのないような衝撃を覚えました。読書ではそこそこ感銘を受けることはあっても、割合冷静に受け止めて終わってしまうことが多いのです。この本ほど熱狂的にはまった作品は高校時代に読んだ「赤と黒」以来でしょう。
私はJ.P.ブールがなぜこの作品に熱狂したのか、理解できたと思います。けれども、この本を他の人が読んでどう思うのかは全くわかりません。また今読み返しても、同じ感動が蘇ってくる、というわけでもないのです。あのとき私が感じていたヴァンデやアンリに対する思い、あの頃の感性や年齢的なものがあって、初めて「血と黄金」
の世界にのめり込めたのでしょう。
以下、あらすじを記します。ネタバレ全開であるのをお断りしておきます。

●「血と黄金」あらすじ
 
物語はパリのルイ・ル・グラン高校で学生をしていた貴族の少年、エティエンヌ・ド ・ピュイベリヤールがルイ十六世の処刑を目撃するところから始まります。
その時ルイ十六世の切られた首に平手打ちをくらわせて冒涜した男がいて、エティエンヌはその男が九月虐殺のときの首謀者の一人であったのを思い出すのです。怒りと復讐心に燃えたエティエンヌは男の後をつけ、追い詰めてピストルで撃ち殺してしまいます。
国民衛兵に追われる身となったエティエンヌはレスキュ−ル侯爵の脱出に手を貸した弁護士(ラ・ロシュジャクラン侯爵夫人の回想録に登場する実在の人物です)のもとに行き旅券を発行してもらい、ようやくパリを脱出します。
故郷ヴァンデで待っていたのは父、ピュイベリヤール伯爵の裏切りでした。共和国の為に戦うと約束する父と、共和国軍の将軍マルセの会話を密かに聞いてしまったエティエンヌは、「父上の裏切り者−っ!」と、深夜、馬を駆って城を出奔します。

友人フィリップとジャンが身を寄せているル・プレシの領地に、彼ら三人のみが知る秘密の洞窟があり、(ここが今後彼らのアジトになります)エティエンヌはそこで二人に再会するのでした。そして皆で神と国王の為に戦う誓いをたてます。
「聞け、友よ。まだ僕があえて君らを友と呼べるなら、共和派の息子の言葉を……神の御前において僕は誓う、ヴァンデの為に、我が命を神と国王に捧げる事を」――と。
エティエンヌたちは、あちこちで捜してきた他の四人の仲間達と、白いユニフォ−ムをまとってヴァンデのカトリック王党軍に加わります。数々の戦功をあげて、そのうちアンリ・ド・ラ・ロシュジャクランと知り合いになり、親好を深めます。

主要登場人物紹介はこちら→

ナントに偵察に行く途中で、フィリップは共和国の視察官になってしまった彼の叔父、元ピュイベリヤ−ル伯、つまりエティエンヌの父を捕虜にしてしまいます。大ショックを受けたフィリップは「なんとしてもエティエンヌにだけはこの事を知られたくない」と、叔父を逃がしてしまうという泣かせるエピソ−ドがあったりするのです。
また、ひねくれ者のジル君が、腹立ち紛れに道端でけんかをふっかけた共和国軍の少年兵と仲良くなり、「この戦いっていったいなんなんだ……」みたいなことを思ったりもします。この手のエピソードって、アニメのシリーズなんかにも一回はありますよね。(笑)

戦いの合間にはアンリと一緒に狩りをしたりして、つかの間の平和を楽しむ少年達。
(この「ヴァカンスの巻」→前半は、これまたありがちなほのぼのエピソードです。このまま温泉に入るシーンがあっても不思議はないような……。(笑)が、そんなはずもなく、後半は危ないほどヒロイックで感動的なのでした)
その後、カトリック王党軍司令部から秘密任務を帯びた少年達は、彼らだけでイギリスに渡ることになります。
サンキュロットに変装して旅立つ彼らを一人さびしく見送るアンリ。

一行はサン・マロ港に向かう途中で共和国軍兵士達と祝杯をあげるはめになります。
彼らが、《共和国の為に!》とか、《我々の勝利を祝して!》とか、乾杯の音頭を取るのにごまかしながら調子をあわせる少年達でしたが、《聖なるギロチンの為に!》と、兵士が言うと突然ガラスの砕ける音がする。見ると、顔面蒼白のエティエンヌが思わずグラスを握りつぶしてしまっているというわけです。
イギリスでも一悶着あって、エティエンヌはピット首相に剣を突きつけたりします。 結局任務は遂行できぬまま、帰国せざるを得なくなり、海賊に捕まったりしたすえに難破してやっと大西洋沿岸のサーブル地方に流れつくのです。
つまりこの子達は王党軍のロワール北岸戦には参加していないということなのです。
イギリスに行ってる間にヴァンデ軍は壊滅してしまうのですから。
六人の子達は浜辺で助けられますが、エティエンヌの姿だけはありませんでした。絶望した少年達はル・プレシの洞窟に帰っていきます。
やはり浜辺に流れ着いて命を取り留めたエティエンヌは、反革命容疑者として共和派の手に落ち、ナントに護送されてしまいます。ナントは恐怖政治の真最中で、訊問中に悪名高き派遣議員カリエを怒らせたエティエンヌは後ろ手に縛られたまま床に転がされて、さんざん蹴りを入れられるというサディスティックなシーンが展開します。
さあ主人公の運命やいかにというところで、エティエンヌはわけのわからないまま釈放されます。ほかでもない父ピュイベリヤール伯が、自らを犠牲にして息子の命を助けたのでした。この辺りは泣かせます。
その後ボカ−ジュをさまよっているアンリと再会できるのですが、直にアンリは戦死してしまいます。この辺りは非常に史実に添っています。傷心のエティエンヌは仲間の元にたどり着きますが、チュローの率いる地獄部隊がやってきて瀕死の重傷を負ってしまうのでした。
命を取り留めたエティエンヌは次第に回復し、少年達は希望を取り戻していきます。
ラストは前記の抜粋をお読み下さい。

●個人的感想

やはりヴァンデを舞台にすると、ラストがもの悲しくなってしまうのは仕方のないことなのでしょうか。前半の明るさに、後半の重さがこたえます。
エティエンヌたちはラストの後、まだ終結には遠いヴァンデ戦争をどのように生きたのでしょうか?巻末で作者は、《この子達のその後は秘密にさせておいてくれたまえ。作者の特権だから。》と、語っています。
この小説の画期的なところは、「自由のために!」とか言って立ち上がる革命派の少年達を描く人がほとんどだと思える中、完全に何の疑問もなく王党派に与し、反革命のために戦う少年たちを描いている点でしょう。
また、ヴァンデ戦争や反革命をテーマにしたフィクションの場合、よくあるのは愛し合う男女がそれぞれ革命側と反革命側に引き裂かれ、というパターンのような気がするのですが、少年小説のせいかここでは父と子の対立が描かれます。まあ、これも典型的といえば典型的な「少年よ父を倒して大人になれ!」というお話なのですけれ
ど。
浜に流れ着いた少年たちを助けた土地の少女以外、女っ気はゼロだというのも、好感が持てます。最近はこういう純粋な少年達だけの世界を描いたものは少なくなってい
るのでは?(こういう設定に喜ぶお姉さんやおばさんたちのよこしまな思惑はさておいて)
登場人物設定にもちらりと書きましたが、私にとって、「血と黄金」が大きなインパクトを持ったのは、アンリが登場し、実在のアンリのキャラそのままに純粋で生き生きと描かれていた点にあったといえましょう。
また、物語にはちょい役ですがデルベ、タルモンなども登場します。タルモン公爵が意外にいい人に描かれているというのも、これまた希有なことだといえましょう。
また挿入歌(作中で英国に旅立つ少年たちが歌っているというだけですが)に、二十世紀初頭に活躍し「ショレの赤いハンカチ」などで知られるブルターニュの吟遊詩人、テオドール・ボトレル作詞作曲の「ジャン・コットロー」などが用いられているというのも一興です。

著作権さえ問題にならなければ自分で勝手に全訳して、公開してしまいたいくらいです。

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