「ハンニバル」

コスプレものではありませんが、悪しからず。
余談ですが、原作が出たときにあれをカルタゴのハンニバルの話と勘違いして買った人というのもやはりいたみたいですね。
ネタバレはないようにしますが、一切情報は欲しくないという方は読まないで下さいね。
この映画は「羊たちの沈黙」のときと違って、はじめに原作を読んでいたので、どうしても色々比べてしまわないわけにはいきませんでした。
まず順序として原作の感想を述べるのが妥当でしょう。原作のラストには、巷で言われているほどショッキングな印象は受けませんでした。むしろ、読みながらこうなって欲しい、という願望通りにストーリーが運んだという感じです。
そして、久しぶりに「なんてロマンティックな話なんだろう」 と、うっとりしてしまい、さらに「クラリスになりたい!」とまで思ってしまいました。(←大丈夫か?)
知人は、「最後はファンタジーになっちゃうんだよね」と評していましたが、私はまさにあの悪夢めいた混沌の中に溶け込んでいくような甘美なラストを評価していたのです。
そういう私が観た映画版は、やはり一言で言えば期待が大きすぎた、と言うしかありません。しかし映画として不出来であるとか、つまらないというのでは決してないのです。
大好きなフィレンツェ編はそれなりに重厚で、エレガントな映像でさえありました。ただ、本を読んでいるときの印象はさらにねっとりとピクチュアレスクな魅惑に溢れていたのです。しかしこのようなものを実際に映像化するのは不可能だと思われますし、レクター博士の「記憶の宮殿」を映像で観たかったなどというのも無理な要求でしょう。
原作において、レクター博士を一種のロマンティックヒーローに仕立て上げているのは、彼の出自や生い立ちが大きな要素を占めています。リトアニアの貴族出身で、最近亡くなった画家のバルテュスと親戚だという設定(これだけでぞくぞくしますね。ちなみにバルテュスがフランスに住んでいると書かれている点について、彼の住まいはスイスだとの指摘をいくつか目にしましたが、実際彼の活動の場はフランスと言っていいのではないでしょうか。令嬢が社交界デビューしたのもフランスだったし……)、さらに妹を亡くしたトラウマなどですが、これらは映画では全く語られていません。
語られる必要もなかったことは、原作とは決定的に異なるラストを観れば納得ができます。このラストは、全くリドリー・スコットらしすぎる結末で、「デュエリスト」以来、彼の「決闘ドラマ」を見慣れてきた者としては、またあのパターンか、と思わないわけにはいきません。しかし、これは私がナイーヴなせいかもしれませんが、何度観ても同じパターンに騙されてはまってしまうのは、やはり監督の手腕なのでしょう。
とにかく映画のラストはラストで比較的すんなりと受け入れることができました。
ジュリアン・ムーアのクラリスは、ジョディー・フォスターの硬質な魅力に富んだキャラクターを受け継いでいました。
あとパッツィ役のジャンカルロ・ジャンニーニも良かったですね。
アンソニー・ホプキンスは期待通りのレクター博士でしたが、やはりだんだん年を取ってきたなと思ってしまったのは私だけでしょうか。
映画館を出たあと、シナリオが全収録されているために買い控えていた「ハンニバル・レクター博士のすべて」を購入。作品の舞台となったフィレンツェのちょっとした観光案内やら、レクター博士のレシピの再現やら、なぜか塩野七海氏のインタビューまで載っていてなかなか楽しい一冊でした。
あの「最後の晩餐」を映像で観たあとも別に食欲がなくなるということもなく、帰ってから「いちご大福」を食しましたよ。(笑)


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