この抜粋はまだかなり若かった私が、この感動を何としても誰かと分かち合いたいと 思い、何をとち狂ったのか訳出したものです。
直訳調の部分も目に付きますが、あまり手を加えずにこのまま紹介することにします。
今でも、これを読むと、「血と黄金」に初めてふれたときの、胸が痛くなるような感 動を追体験することができます。

「血と黄金」ラスト部分抜粋

エティエンヌはゆるやかに生命を取り戻した。回復しつつある肉体と、精神に生命が蘇ってきた。
彼の友人達はその為にすべてのことをしたのだ。皆の祈りと愛の大きさをなんびとが計りうるであろうか!彼らにはエティエンヌが自分たちの命と同じくらい大切なのがわかった。一人一人が相手自身になりかわったと思われるほど大切であった。慎み深く感情を表にださないようにしていたにもかかわらず、彼らは未だ味わったことのないような深い友情をお互いに感じ、驚嘆した。それは、喜びと涙があまりにもあふれた為、言い表すことのできないものであった。
 エティエンヌの死は友愛で結ばれた彼らの共同体の死であった。エティエンヌは彼らのリーダーに違いなかったし、その死は神に見捨てられたしるしのように感じられたからである。これは彼らにとって残酷で、非情な試練であったに違いない。
 この点において、アンリ・ド・ラ・ロシュジャクランの死は彼らを計り知れぬ悲嘆にくれさせはしたが、あまりにも彼らとはかけ離れたものがあった。あまりにも偉大でまばゆい偉人達にふさわしい運命は、彼らを茫然とさせるのみであった。大天使は我々の貧弱な世界が決してなじむ事のできえぬ性を持っていた。それとは逆に、エティエンヌの負った瀕死の重傷と、ゆるやかな復活は彼らの友情を固く結びあわせたのである。この血の洗礼は単なる象徴以上のもの、通過儀礼だったのだ。
 これらのことに思いを巡らせながら、彼らはおののきながらつぶやく、この冒険のそもそもの発端は……革命であった!
 1789年の憲法制定議会や、8月4日の夜に参加した人々は、同じ土地の人々を何世紀もの間隔ててきた堅固な壁を打ち砕いた。そして皆は新しい世界を夢見たのである。ところが七人の少年達は、お互いの尊重である博愛を、相手の相違を受け入れる平等を、そしてなによりも正義を求める自由の存在を、突如として感じたのである。彼らはこのような理想を誰にも教わる事なく、自らの経験で学んだのである。
 彼らの優しさ、彼らの若さは、もともとこの理想を受け入れられるようにできていた。 そして、もろもろの出来事がそれを完成したのである。それぞれの動揺と不安、白い服、狩りの儀式、厳しい戦闘訓練、分かち合った危機。そして、大いなる喜び!
 ああ、もし彼らのようにこの理想を体現できる人々が指導者であったなら!
 「幸福」が真にヨ−ロッパの新思想になっていたであろう!
 
……一筋の陽光がときおり空地をさまよっていた。そして彼らはエティエンヌを毛皮裏のついた外套にすっぽりくるみ、洞窟の前に寝かせた。空気はすでに約束された春の気配を含み暖かであった。平和と静寂……。少年達はしばらく忘れていた喜びにまだ慣れていなかった。存在する喜び、生きる喜び、共に生きる喜び。
 だが、押さえ切れぬ喜悦は笑いを生み、動作は軽快になり、まなざしには幸せが宿る。 エティエンヌはそんな様子を見て喜び、彼らに微笑みかける。出来ることなら、彼らは歌さえも歌ったであろう。恐ろしい二重の悲しみを味わったあとで、彼らが求めていたのは平安と子供の魂を見出すことであった。
 今朝、彼らは野に咲いた最初の花達を、腕いっぱいに持ってエティエンヌを見舞いに来た。そう、あれからちょうど一年……。
 一年前、まさにこの場所で、彼らの運命はこの花束のように一つに結ばれたのであった。
彼らは思い出す、共に戦った冒険の日々を、残酷で激しい遊びの変遷を。彼らは幸福にも似た神の恩寵を再びみいだしたのである。
 その幸福は、彼らをその時代から、別世界の悲劇から引き離す、静謐と、充足感とで成り立っていた。
これは紛れもなく、つかの間の幸福にすぎないのか?
おそらくは、自己中心的な幸福にすぎないのだろうか?
 否、ただ彼らは、試練に満ちたこの一年の後、この血の悪夢を見た後で、彼らの若さが持つもっとも純粋で、無傷な黄金を再び見いだしただけである。その黄金とは、不屈の希望であった。

                                     了

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