「Le Pacte des Loups (狼の契約)」2001年5月現在時点で日本未公開

邦題が未定ですので、便宜上のタイトル訳をつけました。
未公開作品ですので、余計な解説つきにて思いっきり長文です。
この映画は、クリストフ・ガンス監督が「ジェヴォーダンの人喰い狼」(またはジェヴォーダンの獣、ベート)事件を映画化するというので、公開前から楽しみにしていました。
加えて前回日本に帰る機中で読もうと思って購入したフランス版プレミア誌のカヴァーストーリーがこの映画で、表紙のサミュエル・ル・ビアンに一目惚れ。
ジェヴォーダンの人喰い狼事件というのは、ルイ十五世の治世下にジェヴォーダン地方で起きた史上まれにみる規模の人喰い狼騒ぎで、以前日本でも関連書が出ていたようですが、現在では絶版になっています。
田中芳樹の「カルパチア綺想曲」でも、この事件がモチーフに使われておりました。

手元にある限られた資料の範囲で説明いたしますと、1764年から数年間に及び、ジェヴォーダン地方で主に女性や子供が通称ベート(獣)、と呼ばれる凶暴な狼に喰い殺されるという事件が起こりました。被害者の数が増えるに従い、フランス政府をも動かす事態に陥り、軍隊まで動員して大がかりな狼狩りが行われました。
そして、これがベートだとされた一頭の狼の殺害とともに事件は解決するかに見えましたが、その後も被害者はあとを立たず、少なくとも百名の犠牲者を出しました。67年になってさらに一頭の狼が射殺されたのち、人喰い狼は姿を現さず、ようやく騒ぎは終結を見たのでした。

この事件には謎が多く、問題のベートがどんな姿であったかという点でも目撃者の意見がまちまちで、果たしてベートが狼であったのかどうかも疑わしいとされます。
童話などで伝えられる印象と違い、実際狼というのは家畜は襲いますが、人間を攻撃することはまれなのです。それにベートが人を襲うとき、殺し方は猟奇的でさえあり、残虐さを極めています。放置された女性の遺体は裸で、ときには首がもぎ取られていました。いかなる猛獣でも、人間の服を脱がせたり、喉笛を食いちぎるのみならず、首を完全に切り離したりするでしょうか?
これらの点から、現代に至るまで、ベートは狼とは別の獣だったのではないか、または獣を使った犯罪者の仕業だったのではないかなど、さまざまな仮説が立てられています。
他に狼男説、エイリアン説までも取りざたされ、こうしてジェヴォーダンのベートは、一つの伝説になったのです。

さて、この感想文。肝心な謎解きのネタは割れないようにしますが、どの辺りにうけたかを語ろうとすると、多少ネタばれになってしまいます。予備知識なしで公開を待ちたいという方は、以下読まないで下さいね。
1765年、ベートの恐怖にさらされたジェヴォーダン地方に、王立植物園の自然学者グレゴワール・ド・フロンサック勲爵士(サミュエル・ル・ビアン)がやってきます。彼の傍らには兄弟の誓いで結ばれたネイティブ・アメリカンのマニ(マーク・ダカスコス)の姿が。(ちなみにこの二人、七年戦争の折りにカナダで出会ったとか)フロンサックの使命はベートの目撃者の証言をもとにデッサンを描くこと、だったのですが、彼は独自にベートの調査を始めます。そして次第にベートの驚くべき正体が暴かれていくのでした。

――と、設定を読んで、これはひょっとしたら「スリーピー・ホロウ」みたいな超自然推理ものかと思いました。しかし直前に読んだレビューで、「歴史物ニンジャ・ファンタジー」とあるので、何かそれだけではすまない予感がしておりました。
時代背景からもおわかりのように、この映画は私の大好きなロココ・コスプレです。ジェヴォーダンの城館では、ロココ鬘に髪粉を振ったり、フラゴナールの絵画にあるような衣装をまとった貴族たちの世界が展開するのです。
しかし……、冒頭のアクションシーンからいきなり目が点になってしまいました。
これって、本当にロココの話なんだろうか?というようなカンフーアクションが十八世紀フランスの山地を舞台に展開するのです。
インディアンのマニがとにかく強いし、対するわけのわからない集団もすごい拳法の使い手。(彼らがどうやってカンフーを学んだのかは謎)
一言、言わせてもらいますが、これをニンジャって言われると大変困ります。また東洋を何もかも一緒くたにしているな。


フロンサック勲爵士(右)とモランジアス
啓蒙の世紀にふさわしい知的なフロンサック(放蕩者だけど)が……。

このクリストフ・ガンス監督、前作ではマニ役のマーク・ダカスコスをタイトル・ロールに「クライング・フリーマン」という作品を取っています。そう、あの小池和夫原作、池上遼一画の劇画の実写版です。「クライング・フリーマン」は仏語で訳されていて、フランスでも結構人気があったようなのですよ。これだけでガンス監督がおたっきーな感性の人だというのがわかりますね。日本ではビデオが発売されています。
それでこの映画、アクション・シーンがまるでジョン・ウーみたい。現代ものならいいんだけど、これを啓蒙の世紀でやられると何ともいえず不思議


終盤もはや何だかよくわからないものに……。(笑)

やがてフロンサックはモランジアス伯爵令嬢のマリアンヌ(エミリー・ドゥケンヌ)を恋するようになり、その様子をじっと見つめる兄のジャン・フランソワ・ド・モランジアス(ヴァンサン・カッセル)。

今回一番インパクトが強かったのは、やはりヴァンサンでした。ロココ・コスプレに加え、顔はなぜか白塗りの西洋公家メークで、ひたすらアンニュイでおたんびーな雰囲気を醸し出していると思いきや、クライマックスでは華麗なる(?)変身。さすがもとアクロバティスト!と手を叩きたくなるアクションを見せてくれます。ネタばれになるのでこれが限界なのが辛い……。どちらにしてもあのすごさは口では説明不可能なのですよ。もうさんざん楽しませてもらいました。
念のため、この映画はホラー・サスペンスに加えて、ロマンスあり、フロンサックとマニとの男の友情ありの非常にシリアスな映画のはずなのです。でも、どうしてもアクション・シーンになると笑いをこらえることができないのは、監督が狙っていたんでしょうか?
私が非常に不真面目で不謹慎なのは認めますが、周りのフランス人の観客の間からも、「ぷっ」とか「くすくす」という声が漏れていました。

謎の女性シルヴィア(モニカ・ベルッチ)が娼館を訪ねてきたモランジアスのことを語る場面にも、受けてしまいました。(注:ヴァンサンとは実生活で夫婦)
フロンサックとの大胆ベッド・シーンも見せてくれますしね。
フロンサックの調査を助ける若きダプシェ侯爵(ジェレミー・レニエ)も素晴らしい美形。
サミュエル・ル・ビアンのカトガン姿もお似合いでした。
しかしロココ・フェチの悲しさで、現代ものの服装をしているときはそれほど惚れないのかもしれません。(笑)

シナリオはどうかというと、ちょっと前半もたもたしすぎていて、なかなか核心に触れないもどかしさがありました。後半は一気に見せるけど、とにかくアクションシーンになると笑いが止まらなくて。ここはどこ?いつの時代?になってしまうのです。マニのシャーマニックな魔術もご都合主義な感じが否めません。映画ではありがちだけど、西洋は理性と科学の世界で、異民族だったら神秘や魔法何でもオッケー的な考え方はどうかと思いますね。他にも、「どうして急にそんなに強くなるんだ、フロンサック!」等、つっこみたい部分がたくさんありました。
後半いよいよ姿を現すベートにも絶句してしまったし……。


ジャン・フランソワ・ド・モランジアス。
ひたすらお耽美でアンニュイなお殿様かと思いきや、彼もあとでとんでもないことに。

公式サイトの解説によると、登場人物は、マニをのぞいて全員実在の人物だということ。
それを知ると、こんなのありかい?な荒唐無稽の世界で、実在のフロンサックがこれを見たら、驚天動地するに違いありません。モランジアスをヴァンサンにキャスティングしたのも、実物に似ていて顔も長いからって、……おいおい。でも、そう言われると本物の肖像が見たくなります。史実がベースになっているのに、ここまで何でもありにされてしまと、いろいろ史実を調べて書くのが馬鹿馬鹿しくなりますね、ホント。
でもこの映画、映像はきれいで、それなりに迫力もあり、異様なミスマッチが結構気に入ってしまったのでまだ冷静な判断ができません。美形はたくさん出ているし、こういう変なものに弱いんですよ。(笑)とにかくヴァンサン・カッセルのファンは必見です!

と、ここまで書いてから二回目を見に行ってしまったので、書き直そうと思ったのですがなんだかややこしいので補足です。
あれからミシェル・ルイ著の「ジェヴォーダンの人喰い狼」も買って斜め読みしたので、それも踏まえてです。
二回目は、ストーリーがわかっていて落ち着いて見たせいか、テンポなどはあまり気になりませんでした。ヴァンサンがセクシー(はあと)。しかし赤いマントを脱ぎ捨てるといきなりあの格好かい(謎)と、またまた大笑い。
この方、デカダンで不健全な役がとってもうまいと思うので、「ジャンヌ・ダルク」のジル・ド・レ役はもうちょっとなんとかしてあげても良かったような気がするのですが、そうするとジャンヌの話ではなくなってしまうので無理だったのでしょうね。
本人はジルの本など読んで、ものすごく人物の研究などしたそうなのですけど、せっかくの役作りはあまり生きていなかったでしょうね。

ちなみにこのモランジアスという人物、モランジエスという名前で実在しています。
実在のモランジエスは、名家の跡取りながら、どうしようもない放蕩者で、財産を食いつぶしたあげく愛人にシャベルで殴り殺されるという、これまた悲惨な最期。映画の方が大分ましでしょうか。
「ジェヴォーダンの人喰い狼」を読むと、なるほど映画はこの事件の真相に関するある説に乗っ取っているのだということがわかりました。でも、それを書くとやっぱりネタばれになってしまうのでやりにくいです。
しかし、不思議なのは本にはフロンサック勲爵士の名前が一度も出てきません。
あのインタビューは聞き間違いで、フロンサックも架空の人物だったのでしょうか?
さらに、今回見たら、冒頭と最後の革命の暴徒に囲まれた城のシーンが印象的で、「滅び行く世界」を描こうとしていたのね、この映画は……。と思いました。
しかし実際のジェヴォーダンは隣のセヴェンヌとは違ってカトリック王党派で、革命期にも冒頭に描かれていたような暴動は起こらなかったというのを付け加えておきましょう。


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