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■ヴァンデ戦争の舞台を訪ねて その1■
私がヴァンデ戦争ゆかりの地を訪ねたのは、巷ではフランス革命二百周年を祝っていた

1989年の夏のことでした。

もともとへそ曲がりだったこともありますが、この年なぜか突然ヴァンデ戦争を率いた若き戦士の一人、アンリ・ド・ラ・ロシュジャクランに惚れ込んだ私はパリの革命祝賀騒ぎを尻目に、反革命の地、「ヴァンデ戦争地区」に旅立ったのです。

1.ショレの街角

ロワール・アトランティック県のショレ市は、ヴァンデ戦争の中心地とも言える場所で、このときは線維産業が盛んなショレの特産品である赤いハンカチが街の装飾としてあしらわれていました。

HP表紙の肖像画のアンリが頭に巻いているのも同じ赤いハンカチです。

惣菜屋の看板に描かれているのは大食漢の巨人ガルガンチュア。

「ガルガンチュア物語」の作者ラブレーはヴァンデ地方の出身だからでしょう。

2.モン・デ・ザルエット(ひばりヶ丘)の風車

ヴァンデ戦争では王党軍同士が連絡を取り合うのに風車が用いられました。風車の羽根の角度によって、集合、休止、敵の接近などを遠くまで伝えたのです。

3.ラ・デュルブリエール城の廃墟 その1

アンリが生まれ育ったラ・ロシュジャクラン家の居城、ラ・デュルブリエール城はドゥー・セーヴル県のサン・トーバン・ド・ボービニェ村にあります。

1793年4月13日、わずか20才のアンリは住民達の歓呼の声の中、この城館から 出陣したのでした。

その後、このラ・デュルブリエール城は反逆者の首領の住まいとして、ヴェステルマン将軍に焼き討ちされ、今では廃墟しか残っておりません。

しかし十九世紀の版画などを見ると、少し前までは城壁などもかなり残っていたようで、意外と往時の形を止めていたようです。

4.ラ・デュルブリエール城の廃墟 その2

アンリが人々の前に姿を現した城館の扉跡。

上部にラ・ロシュジャクラン家の紋章。奥に暖炉の名残が見えます。

5.アンリの銅像 その1

ラ・デュルブリエール城のあるサン・トーバン・ド・ボービニェ村にたたずむアンリ
の銅像。正面のものは良い写真がありませんでした。
彫刻家はファルギエール、凱旋門の彫刻の一面を担当した人です。
台座にはアンリの歴史的名セリフ「僕が前進するときは後に続け、敵に後ろを見せた ら僕を殺せ、
僕が死んだら仇を取ってくれ」が刻まれています。

6.アンリの銅像 その2

後ろ姿も美しいので思わず一枚。

彼が大カトリック王党軍総司令官として戦ったロワール北岸の方角、遠いガレルヌの国々を見つめています。アンリは今でもサン・トーバン・ド・ボービニェ村の英雄なのです。
このサン・トーバン・ド・ボービニェ村の教区教会にアンリの墓所はあります。

7.ピュイ・ド・フーの城館

ショレからしばらく行ったレ・ゼペスという場所にピュイ・ド・フー城の廃墟があります。毎年夏にこの場所ではシネセニーと呼ばれる音と光のスペクタクルが行われており、ヴァンデの歴史を辿ることができます。エキストラはすべて土地の人たちによるボランティアで、大変素晴らしい内容です。このピュイ・ド・フーのスペクタクルに影響を受けて函館でも同じようなイベントが行われるようになったと聞きました。

またここにはヴァンデ戦争に関する博物館、中世や十八世紀の生活を再現したテーマ・パークもあります。「日光江戸村」などにそっくりなコンセプトでした。

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