随感随記

日系企業と中国の組織

   外国に住んでいる日本人は何かと他の日本人や日系企業に頼ることが多い。北京で仕事をしている頃も日本では割と有名なメーカーの名前が付いているというだけで色々な相談やらお願いを受けることが多かった。

   一番あったケースは、遠回しに言うと、秋葉原の電気街で冷蔵庫を買われたお客さんがそれを北京に持ちこんで使ってくださっていて、中に入れておいた卵で作った目玉焼きがまずいので何とかしてくれ、というようなものだった。これは困る。冷蔵庫は販売ルートが私とは関係ないし保証書や説明書にも「海外でご利用の場合、保守は行っておりません」と書かれている。もちろん間違いなく自社製品なのだが冷蔵庫部門は中国に出てきておらず、上海に現地生産の工場があるのみ。卵も購買部が他社から仕入れて扱っていることは扱っており、日本であれば「卵部門に転送いたしますので」とやれば済むが北京ではそうもいかない。まぁ目玉焼きくらいなら私でも作れるなと思い、卵はどちらでお買い上げになったのですか、と伺うと「いや、そこの横丁の青空市場でね」とおっしゃる。これも困る。やはりルートが違う。

   正式にはお断りしても良いのだが、北京といっても日本人の社会は意外に狭い。商工会やら日本人会やらの集まりで、あそこの冷蔵庫は売りっぱなしで何のサポートもないし駐在員(本当は長期の出張者にすぎないのですが)は卵もロクに扱えない、などと言われようものなら大変なことになる。本当に困る。たいていの場合、業務の合間にお客さんを訪問して冷蔵庫と卵と目玉焼きを一通り見て、万が一食中りを起こしても責任は負えない旨をさりげなく申し上げて対応する。と同時にカタログに現地法人と代理店の連絡先を書いて渡し、「こちらの冷蔵庫ですと北京で購入できますし、いざというときにもサービスセンターの技術者が修理にお伺いしますよ」とやる。この手の仕事は私の営業成績にも所属する部門の売上にもならないが、とてもよく持ちこまれる。日本文化理解の教科書にも出てきそうな考え方かも知れないが、本人が意識していなくても海外では特に会社の看板を背負って仕事をしていることになる。同業他社の方はどうされているんだろうとよく思いつつできるだけのことはしてきた。そんな苦労を思い出すと旧正月のハノイで両替に困った宿泊客でもない私たちに対して笑顔で対応してくれたホテル日航ハノイの綺麗な山田さんは本当に立派だと思った。(ちょっとしつこいですか?)

   さて、この精神を中国の組織にも当てはめようとすると大変なことになる。中国の組織、特に国営企業と公的機関は見事に縦割り主義である。日本のお役所もよく縦割り行政と批判されるが、中国に比べればまだマシなような気がする。仕事をしていた頃はもちろんのこと、学生になっても大学の事務系部門やら北京市衛生局やら公安局やら中国の組織と接する機会は多い。私の居る北京語言文化大学でも「ここの組織は腐っている」と憤慨する留学生をよく見かける。そりゃぁスムーズに手続きが運ばなければ怒るのもごもっともだが、私に言わせるとこの学校の事務は効率良いとは言い難いがよくやっている方だと思う。あくまで留学体験記などで読んだだけだが、他の学校の状況と比べれば各段に良い。大して忙しくもないんだからコマメに色々な事務室を歩き回って中国語での折衝能力を磨いたらいいのだ。私なんか特に用がなくても留学生事務室によく顔を出している。ちょっとキツメだけど目が色っぽい女性事務官がいるからなんだけど。

   以前、国家○○センターというお客さんと仕事をしたことがある。契約書上の最終需要家(エンドユーザー)はこの組織なのだが、実際にはこの組織から地方にある十数カ所の××省○○センターというところに物が納入される。据付作業も北京の国家○○センターだけでなく各地で実施されるが、契約書上では私の居た会社は国家○○センターの据付けだけを行えばよく、あとは彼らが地方に行って指導・作業する形にしてあった。組織名は「国家」が頭に付くか「××省」が頭に付くかだけの違いであとは同じだし、何しろ中央政府の機関なのだから傘下の組織との作業はうまくいく、と思っていた。これが甘かった。地方での作業は一向に進まない。据付けが終わって稼動が確認できないと検収と入金が終わらないのでこちらもただ見ているわけにはいかない。結局は契約上の義務は無いが、会社の北京の技術者を地方都市に出張させて作業をすることになった。

   私は北京で各地の作業状況をまとめていたが、これがひどい。ある都市では機械が届いてから機械室を作る工事が始まり、電気工事の人たちは機械の電源プラグの形を見てから壁のコンセントを作り始めるという始末。私たちが納入する機械の各種仕様はプラグの形も機械室に必要な環境条件も含めてとっくの昔の契約時に北京の国家○○センターに提出してある。その旨をその地方の○○センターの責任者に指摘すると、「全く聞いていない」と言う。別の都市では私たちと国家○○センターとの間で長期にわたって綿密に設計した設定を守ってくれない。やはり「我々はその設計の打ち合せに参加していないし、結果の資料さえももらっていない」と言うので、こちらから再度レクチャーをした。ところがそれでも「我々は我々のやり方でやりたい」と言い出すので頭が痛い。なんせ全地方が同じ設定をしてくれないと全体として稼動しないシロモノなのでこちらの設計書通りにやってもらわないと困る。「これは国家○○センターとの取り決めなので」とさり気なく国家の権威を匂わせても、「我々の上位組織はあくまで××省なので省の意向に従う」と返されてしまった。しまった!契約前にそんなことは分かっていたのだが、ついつい同じような組織名に惑わされてしまった。北京の国家○○センターはあくまで中央政府の一部局で、××省○○センターはあくまで××省内の部門。両者の間に「ゆるやかな連携関係」はあっても主従関係はない。極端な話、中国の組織図を追って行けば、国家○○センター→上位の△△部(中央官庁。日本の「省」に相当)→国務院(日本の内閣にあたる)→××省政府→××省○○センターという経路を通らないと命令はできないのだ。国務院のトップって言ったらそれは首相ですよ、首相(まぁそこまで上がるような大プロジェクトじゃないけど)。とてもじゃないけど正式ルートを通してなんかやってられない。で、再び北京の国家○○センターの責任者に「××省のセンターが言うことを聞かないのでなんとかしてくれ」と泣きつくが、「お願いはできるけど命令はできない。なんとか貴社でうまく説得してくれ」とツレナイお返事。

   途中経過は思いっきり省くが結局この作業が完了するまでに一年近くを要した。助けてくれたのは国家○○センターの実務レベルの技術者。ある時、喫煙コーナーで彼と一緒にタバコを吸いながら「こういう問題があってねぇ」と愚痴をこぼしたら、彼は「××省のセンターなら大学時代の友人がいますからナンとか説得してみます。もっと早く言ってくださいよ」と言って数日後に「もう大丈夫です」とあっさり解決してしまった。早く言わなかった私も悪いのかもしれないが、同じ当事者同士でなんであのトラブルを知らなかったんだろうと今でも疑問に思う。それにしてもタバコを吸っていてよかった。(ニコチン中毒者の言い訳)

   中国で仕事をしていると、「鍵になる偉い人を掴んで、接待漬けでもなんでもやって*味方にしろ」とおっしゃる方がいる。一方で「なによりも現場の作業者と仲良くなっておけ」という言葉もよく聞く。どちらも正しいが、どちらか片方だけでもうまくはいかない。そしてどちらとも実践したとしても必ずうまくいくとは限らない。とにかくこの件に関しては私の見方が甘かったとしか言えない。日本のモデルをそのまま当てはめても外国(といっても私は仕事では中国しか知らないが)では通用しないことがあるのである。

   「じゃぁ日本が出資している企業の組織はどんな感じなの」という疑問もあるだろう。これはまた別の機会に述べようと思う。

*「接待漬けでもなんでもやって」
 
日本の公正取引に関する法律(名称失念)が一昨年に改正され、便宜を図ってもらうために公務員に対して利益を供与することを禁止する条項が、外国の公務員や準公務員に対しても適用されることになっています。私の頃は大丈夫でしたがもうやめましょうね、国家機関の人に対する接待は。

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