随感随記

地震、雷、火事、官憲

   春節休みに列車でベトナムに行った際、中国と接する国境の小さな街でちょっとしたトラブルがあった。ベトナム入国の税関申告は荷物なんか見やしない形式的なものだったのだが、審査官が厄介だった。記入した書類をパスポートと一緒に審査官に渡すとしばらくしてから呼ばれる。出発前に北京のベトナム大使館で記入して提出したのと同じ書式のビザ申請用紙を手に持ちながら審査官は中国語で、「この書類を大使館で貰ったはずだ」と言っている。意味が分からないので聞きなおすと、「これを持ってくるのを忘れたのならここで記入することになる。申請には50米ドルかかる」と言うのだ。これはどう考えても辻褄が合わない。その用紙はあくまでビザの申請用のものであって英語でもそうはっきり書いてある。私たちのパスポートにはベトナムのビザが印刷されており、それはそのままビザ申請用紙は既にベトナム大使館に提出してあることを意味している。以前空路で入ったときにもそんな手続きはなかった。ベトナム大使館でも特になにも言っていなかった。これらのことを中国語と念のために英語で反論すると審査官は「ふーん」とすっとぼけて黙っている。憮然として私が窓口を離れるとたまたま一緒に居合わせた中国語がとても流暢なアメリカ人女性もぶつぶつ言っているので、「彼らは要するにお金が欲しいんだね」と声をかけた。とにかく中国人とベトナム人以外は全員が同じ目に遭っているようだった。列車の出発時刻は決まっているし、審査官もそれ以上は何も言ってこなかったので持久戦に入る。私たち外国人はカウンター前で審査官を相手にしないでパスポートの返却を待った。かなりの時間が経って入国スタンプの押されたパスポートは無事手元に戻った。50ドルは払わずに済んだ。

   実はベトナムから中国に徒歩で戻るときにも国境の橋で同じようなことがあった。ベトナムでの旅自体はとても楽しめたのに、出入り口がこれだから心底がっかりした。空路と違っておそらく辺境の街なので中央の統制というか管理が及んでいないのだろう。橋の通行料として友人と二人で15元を支払えというのだ。正確に言うと、最初はベトナムドンでの請求だったのだが、ドンはもう持っていないと答えたら元でもいいと言ってきたのだ。この15元という、「角」の単位まで動員しないと二で割り切れない数字も不自然だし、周りの中国人に尋ねても彼らは通行料なんて要求されていないと言う。そのことを出国管理官に指摘すると「中国人とベトナム人は辺境貿易のための通行税を別に払っているからいらない」と涼しい顔で答える。もうだいたいどんな類の「通行料」かは察しがついたが、ささやかなる抵抗を示して「じゃあ領収書はちゃんともらえますよね」とやってみた。これには予想通り「そんなものはない」と軽く返された。非常に腹が立ったが管理官はニヤニヤしながら私のパスポートをこれ見よがしに手で弄んでいる。結局15元は支払った。同行した友人(この友人は他のことはともかくお金の管理に関してはとても細かい)は理不尽な15元の支払いにずっと不服そうだったが、相手にパスポートを握られていてはどうしょうもない。列車による国境越えと違って橋は夕方まで渡れるので朝早く着いた私たちにとって持久戦もあまり適切な選択肢とは言えない。「ああ、なんだポケットマネーだったんだね」と微笑しながらさらっと言い捨てたのがせめてもの腹いせだった。

   商店やタクシーでの民間人相手のトラブルならまだしも、警察官や出入国審査官との争いごとは非常に厄介である。忘れがちだが彼らはその国の権力そのものであり、法律である。もちろんアコギなことは許されないが、我々外国人が歯向かうには場合によってはかなりの危険が伴う。かつて私と一緒に仕事をしたことのあるエンジニアが我々からは想像もつかない理由によって西アジアの某国で身柄を拘束されたことがある。日本大使館や大手の日本商社が間に入ってしかも多額の費用を使って数日後にやっと解放されたが、ベトナムになんの縁もない私たち一介の旅行者なんかは組織を以ってすれば極端な話「無き者」にされてしまうことだって可能性としてはある。色々な話が一緒くたになった一種の都市伝説だとは思うが、以下のような噂話がかつて駐在員の間で広まったことがある。

   70年代の北京で妻子ある単身赴任の駐在員が大物公安幹部の娘と恋仲になって遂には妊娠させてしまった。男は妻と離婚すると言いつつも結局は別れることはなかった。彼の身の回りで不審なことが立て続けに起きるようになり、身の危険を感じた彼は日本の本社と相談して一旦帰国しようと思ったが、帰国直前になってどこそこの河だか湖だかに死体となって浮いた。そして公安の検分によって自殺として処理された、というものだ。あくまで噂話にすぎないが、潜在的にどこの国家の官憲もこれくらいの力は持っていると思う。

   入国の際のトラブルに関しては、相手も「ダメもと」的に言っているような節があること、審査官二人に対して我々外国人は10人ほどと数の上で勝っていたこと、列車の時刻は決まっているのでそれまでには何らかの解決があると予測できたこと、などの状況があったので相手を怒らせない程度に無視すれば良かったが、その場が自分に不利そうだったらできるだけ穏便にことを収めた方が良い。背景は異なるしあくまでフィクションだが、このような話もあるので心したいものである。

随感随記の目次へ  北京短信の表紙へ