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元寇長門襲来説

研究ノート(2003/09〜)
前提(08/06/02) 既説(16/09/02) 伝説(14/06/19) 用語(10/05/11) 私見(10/02/13) 資料(14/05/13)   最近の更新はサイトIndex頁にて

■ ごあいさつ ■

「元寇長門襲来説」へようこそ。ここは、山口県下関市豊北町の地元紹介サイト「おちゃっぴぃ」内のコンテンツです。地元在住の管理人さんにゃん(山太娘)による、鎌倉時代の蒙古襲来、いわゆる元寇において、「モンゴル軍が長門へ上陸し戦闘を経て撃退した」という、長門国豊浦郡域(現山口県下関市)の伝説を、改めて検証しようという頁です。

はたして長門襲来はあったのか。史実ならばどういう経過を辿り、後世にどんな影響を与えたのか。伝説ならば、それはいつ頃生まれ、どう展開して現在に伝わるのか。史料の検討や聞き書き、これまでの学説の流れや俗説までを紹介しつつ、このテーマを切り口に、長門国の中世について自分なりに考えていきたいと思います。(2004/07/16 2008/06/02Last Update)

ご質問やご意見、情報提供のご意思がおありでしたら、お気軽に掲示板やメール(ochappy_s@yahoo.co.jp)でどうぞ。


■ 目次 ■

■前提■

当コンテンツの方向性及び注意事項など。(2006/03/31 Last Update)
はじめにお読みください。(2008/06/02 Last Update)
思い出とか。(2008/03/11Last Update)

■既説■

読みやすいもの読めるもの。『歴史に語られた遺跡・遺物―認識と利用の系譜』(2013/09/16 Last Update)
未完成。現在ひたすら増殖中。(2013/09/03 Last Update)
思うところを好き勝手に。最近周防国合戦もアリ。(2016/09/02 Last Update)

■伝説■

地元で語られる言い伝え。「ゴンゴ覚書(暫定版)」など。(2014/06/19Last Update)
豊北町で七年に一度行なわれる「浜出祭」は元寇伝承と関係あり。(2004/12/21Link)
山口県および北部九州以外にみられる伝説。(2010/05/12Last Update)

■用語■

辞典類から引用。言うまでもなく学界の通説。(2006/06/21Last Update)
あまり知られていない長門探題と長門守護。参考文献追加。(2006/12/04Last Update)
元寇のものだけではない碇石。(2010/05/11Last Update)

■私見■

現時点においての意見。(2004/01/12)
全く史料に基づかない私見。むしろ空想。鵜呑みにしてはいけません。(2003/09)
現時点においてのメモというか、殴り書き。(2005/08/26)
これも具体的な史料には基づきません。単なる個人的な違和感です。(2006/03/27)
軽いツッコミ。(2007/04/19)
近代における長門襲来説の変遷表を作成。(2009/06/24)
具体的にイメージするためのレジュメ原案。(2009/09/16)
東路軍支隊の長門方面襲来の目的を明らかにした論文。(2010/02/13Last Update)

■資料■

当時の記録。『勘仲記』弘安四(1281)年夏記 など。(2010/09/03 Last Update)
軍記物や神社縁起。『八幡ノ蒙古記』など。(2007/11/07Last Update)
地元における伝承の類。「長門国土井ヶ浜古墳人骨に就いて」など。(2009/04/26 Last Update)
江戸時代の元寇観。『日本外史』など。(2010/05/02Last Update)
明治から1945まで。八代国治「蒙古襲来に就ての研究」長門國来襲など。(2013/08/08Last Update)
ある意味で最大の問題。『中世諸国一宮制の基礎的研究』など。(2014/05/13Last Update)
現在『元史日本伝』のみ。『高麗史』にとりかかったところ。(2010/01/07Last Update)
先祖の手柄は蒙古退治。(2007/04/20Last Update)

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