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里浦周遊

その目で(2004/07/30 2004/10/06Last Update)

北浦の虫送り

2004年7月末、山口県豊浦郡豊北町滝部にて撮影した虫送り人形の画像です。「サバーサマ」「サネモリサマ」の藁人形2体が、道沿いの田圃の脇に置かれていました。

□ サバー様画像(2004年7月)

■ サバー様発見

サバーサマ発見2004年7月29日(木曜日)の朝8時頃、豊北町滝部久森で運転中に、サバーサマを発見。翌30日の夜には姿が消えていました。
道路沿いの田圃の脇夕方時間ができたので撮影。道路沿いの田圃の脇にあり。現時点で場所を示しても意味ないのですが、一応。この画像で背景にあるのが、滝部の新しい信号です。

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■ 接近

前からの図騎馬武者が2体。竹馬に乗っていますが、だいぶ形が崩れ、人形が仰向け気味になってしまっているので、ややわかりにくいです。
正面前の人形の馬には「禽獣」と書かれた紙がついています。『日置町史』(1983年)によれば、紙で作られた幟が3流あるはずなのですが、幟ではなく馬の顔に貼り付けられています。
「禽獣」の紙「禽獣」の紙。「禽獣」は鳥や獣のこと。それらともども、稲を荒らす虫を追い払おうというのでしょうか。『日置町史』(1983年)によれば、幟はそれぞれ「定其禁圧之法」「為払禽獣昆虫之災」「天津祝詞乃太祝詞言」と書かれた3流ですが、ここまで残っているのは一部だけのようです。

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■ 接近その2

横から横から見た図。馬の胴体を形作る竹が、前方にかなり突き出しているように見えます。本来は、馬の胴体が竹の真ん中にあり、前後に突き出した棒を使って肩に担ぎ上げ、ふたりがかりで運んでいたのではないでしょうか。
後から地面に置かれた時には足を使って立っています。ただここまで来る間に疲れたのか、武者人形は仰向け。この位置からだと、紙で作られた兜が逆向きになってしまいます。
さらに接近さらに接近。前の人形が仰向けに倒れかけて、後の馬の首によりかかる形になっています。

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■ 前の武者

前の武者人形の頭部前の武者の頭部、というか顔部分。仰向けになって兜がずれてしまっています。後の馬の首によりかかるかたち。
前の武者人形反対側に廻って撮影。この構図だと、馬に跨る人形の姿がよくわかります。手綱につながる腕、馬の胴を跨いだ脚なども。前の馬は、後脚がなくなっていますね。

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■ 後の武者

後の武者人形の頭部後の武者人形の頭部。こちらはしっかり残っていて、紙で顔が作られているのがわかります。兜に描かれた「一に星」マークもしっかり見えます。顔の前にある網目状のものは、元は前の馬の後脚かと思いますが、よくわかりません。
真横から横から見るとこういう形になっています。顔の前にあるのは妙にしっかりしていますが、本来は違う部分のもののように思います。
反対の横から反対側から見て。画像の真中で縦にまっすぐ伸びているのを除けば、馬に跨る武者人形の姿がしっかり見えます。こちらの馬は、頭部がきちんと馬の形を残しています。

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■ 全体像

全体像改めて全体像。馬に乗った武者人形が2体。次の村境を目指しています。
行く手には『豊浦町史』(豊浦町史編纂室)によれば、この武者人形は虫を追いながら北浦地方を巡行し、最後には豊浦町の犬鳴峠から「からへゆけ」と海へ流されるそうです。ただし、豊北町歴史民俗資料館『資料館だより』2002年夏号によれば、その行方ははっきりしないとされています。

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