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青年海外協力隊(JOCV)にむけて「駒ヶ根訓練所」隊員候補生訓練 直前心境とQ & A |
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*2001年1月4日 寒いよお!朝は雪降ってたって。ちょっと積もってる。暖房つけても足元が冷える。ベットに電気毛布(多分)発見しました。寒い土地なのね。 寮は個室と聞いている。日赤看護学校時代は6人部屋だったので拍子抜け。でも一人の空間も大事かもしれない。ネパール行きの予定者は6人とのこと。語学訓練の時間が多くを占めるので、クラスメイトになるんだろうなあ。会うのが楽しみ。観光業、理数科教師、私が保健婦。職種が多彩です。 朝は、ラジオ体操、ジョギング…、体動かすのは好きだけど、寒いんだろうなあ…。 暖かい春を待つとともに、無事訓練が修了することを祈る。 山はネパールの山々に比べたら半分の高さなんだろうけど迫力あります。このあたり、冬山登山にきたっけなあ…。 |
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Q & A
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<ネパールについて> なぜネパールに赴任するのか?それは実は偶然です。インドに長期旅行に行ったことあったからかなあ。インドとネパールは言葉や習慣やら隣国なので似ているところが多くあります。 ネパールは何色のイメージ?…うーん、赤、かもしれない。サリーの赤、褐色の土、金色や原色、山々の青をまとめると赤?茶色がかった紫とか。 ヒマラヤの国、神々の国。行くことになったら周りの人に質問されることは「トイレは?」「お風呂は?」やっぱり生活のこと。現地の人は大自然の中で…。私の場合は…行ってみないとわかりません。ネパール語を覚えて現地の人と沢山コミュニケーションとりたいです。 |
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<なぜ青年海外協力隊か> うーん、思い返せば小さいころから図鑑とかすきで、世界の国々、民族なんてのもよく見てたような気がします。2年前にインドに行ったのですが、そのとき、多くの国の方と一緒に過ごしたのですが、自分の顔ってアジア人だなあ…とえらく実感しました。いろんな国の人と話したらなんだか日本という国のわくが外れてしまったのも影響あるかも。 看護学校時代の先生や病院の看護婦さんが協力隊に参加していたのでなじみはあって、そのころから行きたいな、とは思ってました。保健婦として就職してから、両親に相談したら、まあ、当然?大反対でしたね。他にも興味があることは沢山あったので演劇やパントマイムやら絵に没頭していました。保健婦の仕事もだんだん経験が重なってきて、視野が狭いなあと悩むようにもなってきました。ふと、思い立って説明会にいったら(道路が水没する大嵐の日だった)OBに知ってる人がいて「行って来なよ」の一言に、実に気軽に行く気になってしまいました。そこからは3度目くらいの親への相談や職場への相談。迷いもあってか1次試験の願書は締切日直前の夜中にポストに出しに行きましたけど。 運良く受かって2次試験。これが結構厳しい面接試験だったので、勉強不足も実感したので、負けん気も出てきました。多分落ちた、と思った私は、勢いがついていたので、10年悩んでいたバイクの免許を取得してしまいました。勢いってすごい。 結局受かりました。そこからは自分をopenにして回りの方たちに「協力隊に参加したい」と根気で説明していきました。かなり困難な感じでしたが、恵まれた時期・環境だったのでしょうか、だんだんに理解していだだき、沢山の方が支援してくださる状況となりました。もう、これは本当に感謝なのです。 まだまだこれからで、候補生としての最終訓練を乗り越えないと参加にも至らないんだけど、「参加する」と一言いったことで周囲や自分にとっても大きな影響があったことにはちょっと驚いています。自分のものの見方1つで世界はどんどん変わっていくんだなあ。人って、おもしろい、なんて妙に客観的になったりもしています。 長いよね。一言でまとめられません |
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<訓練所の生活について>
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