追記−桶狭間山


「御敵今川義元は、四万五千引率し、桶狭間山に、人馬の息を休めこれあり」


『信長公記』のこの記述が、今川義元が休息していたのは「桶狭間山」である、という誤解の元となりました。
『信長公記』では、「永禄3年」5月17日〜19日に至る桶狭間の経緯をすでに「天文21年」と謝って記しています。

桶狭間の戦い以前、 「今川の大軍は国境を越えれば清須には日ならずして到達してしまうに違いない」と思った信長は、前もって梁田鬼九郎、蜂須賀小六、前野将右衛門らに尾州国境の探索を命じています。

5月17日、今川義元軍は沓掛から大高という砦を目指して進軍を始めます。
今川勢が沓掛城を出た後、大高までの15町の道のりを道なりに真っ直ぐ進むとしたら、唯一木立があるのは桶狭間山の辺りです。桶狭間山の狭間道には樹木が多く茂り、暑さをしのぎやすい。その先は小丘が連なって起伏もあるので「休息をとるにはここ以外にはない」と偵察をしていた小六等は確信したのです。


暑い中の長途で疲れ切っていた義元が、休息をとる為にわざわざ山に登るでしょうか?
義元が休息をとったのは間違いなく桶狭間山の狭間「田楽狭間」であり、山頂に見張りの兵は立たせたものの疲れ切っていたため、兵達は「正体もないありさま」だったのです。


18日夕刻、今川軍に丸根山・鷲津山の砦付近から攻撃されるとの情報が入っても信長は援軍を出しませんでした。援軍として出せるのは、たかが一千程度。援軍を出し応戦の構えを見せれば今川勢も総力をあげて攻撃を仕掛けてくるし、それでは半日もしないうちに今川軍にやられてしまうのは目に見えていたからです。


しかもすでに信長は、狭間道にて今川勢を足止めするよう祐福寺村の村長藤左衛門や百姓に化けた蜂須賀党に命じていたのです。その時彼らは、狭間道に
1.酒         10樽
2.こんぶ       50連
3.米餅        一斗分
4.粟餅        一石分
5.唐芋煮付け    十櫃分
6.天干大根煮染め 五櫃分
を用意させ、義元に直接献上させています。すべてその場で口にしたくなる物ばかりです。

つまり、休息をとりたくなる場所に休息をとるための物を用意し今川軍の到着を待っていたのです。

ここで休息をとるかどうかは「賭け」でした。


そして、義元は信長の策に填りました。
「脇は深田の足入れ、一騎打ちの道」
と『信長公記』が記したような狭間で義元は休息をとったのです。


「無勢の体、敵方より定かに見え候」

信長の奇襲は、生駒屋敷に集う者達のみにしか知らされていませんでした。 奇襲をぎりぎりで聞かされた家老達は、信長がそのような狭い場所に突っ込むのは 「無勢の体、敵方より定かに見え候」・・・こちらの少数軍勢がわかってしまうから止めた方がよい、と必死に止めます。
「無勢の体、敵方より定かに見え候」 とあるのは、信長が前もって偵察を出し、義元の状況報告を具に受けていたことを知らない者達が、「敵からこちらの軍勢の少なさが見えてしまう」と危惧し信長の強行を止めようとしたもので、実際の義元軍は、信長軍が押し寄せてくることなど予想もできないほど疲れ切っており「正体のない様」だったのです。

19日未明「義元、狭間にて休息間違いなし」の情報を得た信長は、疾風のごとく善照寺砦から中島砦を経て桶狭間山を越えて、義元の後方の山頂から、田楽狭間で休息をとっている義元本陣になだれ込みました。 つまり「無勢の様体、敵方からさだかに相見えた」というのは、突っ込もうとした信長から「正体ないさまに三々五々に散った今川勢が相見えた」ということになります。



『信長公記』は言います。

「(義元の)運がつきたるしるしにや、おけはざまという所は、はざまくみて、深田足入れ、高みひきみ茂り、節所ということ根なし。深田へ逃げる者は所をさらず、はいづりまわるを者ども追い付く追い付く。2つ3つずつ手々に頸をとり持ち、御前に参り候。頸は何れも清洲にて御実検と仰せられ、義元の頸を御覧じ、御満足斜めならず。もと御出の道を御帰陣候」

この当時、信長は信長の人物像に疑問を持っている家老達を信頼していませんでした。
信長が信頼していたのは、生駒屋敷に集う蜂須賀党、生駒八右衛門、前野将右衛門らのみだったのです。
奇襲の策は、清洲城の家臣等には全く知らされていませんでした。

池宮彰一郎氏の著書『本能寺』の中でも、「太田牛一の信長の思慮分別への忖度は、並の家士であったものの域を出ない」と書かれているように、私も太田牛一は足軽であり、戦闘そのもののある程度の描写はできても、その裏でどのような画策がなされていたのかまでは、知り得なかったと思っています。

  
                                           参考:『武功夜話』『信長公記』

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