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「後姿の石膏像」 98年 リスボン

  
 これまで見たものの中で、最も背筋が寒くなったもの、それはこの「石膏像」である。 
 しかし、これはその場にいないと判らない種類の怖さのような気がする。それは間違いないのだが、本当に怖かったのでとにかく何とか書いてみることにする。
 別に実害(祟られるとか、呪われるとか...実害か?)のない話なので、怪談が苦手な人も、安心して読んでください。。
 午後、アルファマ地区を散歩していて、いつの間にかサン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会の前まで来ていた私達二人は、せっかくだから、と教会の中を見学し、ついでに有料の修道院も見てみることにした。もう夕方近かったため、他にほとんど人はいなかった。
 リスボンの建築物は、ほとんどが大変古い。教会のようなところを見るときは、その古さがある種の雰囲気を醸し出していて、わびさび好きの日本人のツボに入るものが多い。ここの修道院も、年月の重みと、それをていねいに維持してきた人々の気持ちのこもった美しいところだった。
 冬の晴れた午後、回廊に囲まれた中庭にほんのりと差す西日。ところどころ剥れかけている白い壁。聖書の場面が描かれた青いアズレージョ(ポルトガル伝統のタイル装飾)。しんとした静謐な空気。時間が止まっているかのような厳かな空間だった。
 ゆっくりと各部屋を見て歩いて、一番奥の部屋まで来た。この部屋には、ブラガンサ王朝の棺が収められている。この頃には、もう私達の他には誰もいなかった。
 白く細長い部屋に、いくつかの立派な石棺が並んでいる。
 窓から光が入るので、暗くはない。いや、むしろ明るい。
 ヨーロッパの教会では、中に聖人などの棺があることは珍しくない。
 だから、並んだ石棺が怖かったのではない。

 あれは...何だ?

 奥から二つ目の棺に寄り添う白い姿。
 長いベールを引いた、恐らくは修道女の石膏像。
 等身大の白い石膏像が、棺にすがるように立っている。
 後姿なので、表情までは判らない。
 祈りの姿なのか、泣いているのか。
 
 ねえ、あの前に行って、顔を見る勇気ある...?
 
 小さな声で言ったつもりが、静かな静かな部屋の中で、変な風に響く。
 
 もしも、”あの人”が泣き出したらどうする?
 泣き声が聞こえてきたら?
 それよりも...。
 
 ”あの人”が、振り向いたら?
 
 出よう。
 コドモじゃあるまいし、と思うでしょうが、本当に怖くなった私達は、ほとんど泣きそうになりながらその部屋を出た。一番奥の部屋だったので、その先には誰もいない長い回廊が続いていた。
 走るのはナシね。
 大丈夫、あれはただの像だから。別に追いかけてこないから。
 何度も確認しながらしっかりと手をつなぎ、振り返らずに出口へ向かった。
 もしもあのとき、あの場に豪傑がいて「わっ」とか大声を出したら、私達は泣いたと思う。
 そのくらい、怖かったんです。

 一応、修道院全体のパンフレットに、この石膏像の写真も小さいながら、のっています(説明はなし)。 なので、できればお見せしたいのですが、こういうものの著作権てどうなんでしょうね?
 今後リスボンに行く予定のある方は、この修道院に行ってみてください。そして勇気のある方は、ぜひ”彼女”の顔を見てきてください。人がたくさんいれば、多分怖くないんじゃないかと思います。報告を、首を長くしてお待ちしています。

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