嫦峨山と室津街道(御津町)
Since 2001/02/28
Last Updated on 2002/02/28


■ まえがき 

 兵庫県揖保郡御津町の室津港は古くから栄えた天然の良港で、遊女発祥の地といわれています。その室津港の背後(北)に聳えるのが嫦峨山(265.8m)です。2万5千分の1地形図では頂上に至る道はありませんが、実際には地元の登山グループが何本か登山道を整備されているようです。筆者は2001年の2月26日に、最も手近と思われる鳩ヶ峰から登ってみました。(下方に地図を添付しています。)

 鳩ヶ峰は、旧室津街道上の丸亀藩(室津)と姫路藩の境界です。室津から揖保川町馬場に至る山越えの道の峠にあたります。現在の屋津坂は明治時代に作られたもので、江戸時代に参勤交代やシーボルトが通った旧室津街道は、これより100mほど東の山腹にあります。

 旧室津街道は、室津の「嶋屋」友の会と、揖保川町の「心豊かな揖保川町21世紀会」のみなさんが復活に取り組んでおられます。その活動の詳細は、「嶋屋」友の会さんのこちらのページに紹介されています。 → よみがえる「室津街道」

 「嫦峨山」は、鄙(ひな)には珍しい優雅な名前だと思います。漢和辞典(角川)で調べると、「嫦」は出ませんが、「嫦」が載っていました。「中国古代の伝説で、夫が西王母(天帝の娘)から授かった不死の薬を盗み飲んで月に逃れ、月に住んでいるという美女の名前」で、転じて月の別名として使われるそうです。「峨」は、山が高く険しい様子を表す文字です。古人が「娥」と「峨」を誤って用いたものか、あるいは山の名前だからと、敢えて「峨」を用いたものかは分かりません。何れにせよ、何か伝説がありそうな山名だと思います。由来をご存知の方、おられましたら、メール、掲示板等でお教え下さい。

■ ルート

 ダイセル播磨工場東側の道路を南下して鳩ヶ峰に向かうと、峠の100mほど手前の左手に、赤と白のテープの目印があります。ここで車を降りて山に入ります。このあたりは道幅が広く、路上駐車しても通行の妨げにはならないでしょう。なお、峠(鳩ヶ峰)は切り通しになっていて木製の白い標識があります。峠から南側(室津側)は道が細く、乗用車での通行は困難でしょう。

 補足(2002/02/28) 上記の入山口はダイセルの私有地です。2002年2月に、室津の「嶋屋友の会」のみなさんが、私有地を避けて鳩ヶ峰の切り通しの南端東側に新しい入口を作っておられます。そちらを利用された方がいいでしょう。なお鳩ヶ峰から南の道(屋津坂)も、最近再整備されたようで、現在は普通乗用車で充分通行可能な状態になっています。詳しくは、こちらのページを見てください。  → 室津街道と屋津坂

(写真はクリックすると大きくなります。)


入山口


北から見た鳩ヶ峰


鳩ヶ峰の標識


嫦峨山の頂上

 目印を頼りに100mほど進むと「ダイセル」の大きな看板が現れます。ここで目印は3方に分かれています。左右は旧室津街道で、左が室津に、右は鳩ヶ峰(切り通し)の南端につながっています。筆者は中央の道(近道)を登りました。

 100mほど進むと、左に折れ曲がっていた旧室津街道と再び交差します。それを通り越して尾根伝いに上を目指します。ここから先は頂上まで一本道で、左手に朽ち果てた有刺鉄線柵の残骸を見ながら進みます。柵は揖保川町と御津町の境界に沿っており、そこから揖保川町寄りはダイセルの私有地のようです。この道も、元来は柵の保守のためにつくられたものではないか(?)と思われます。

 頭上はヤマモモなどの樹木に覆われ、遠望は全く利きません。入山して約30分で頂上に着きます。下りは20分程度です。

■ 頂上

 頂上の三角点はダイセルの看板の脇にありました。三角点測量の残骸や「百山の会」の小さなプレート、何に使われたのか、地面に直径1m、深さ1m程度の穴(4個)などもありました。眺望は、残念ながら、樹木に遮られて良くありません。

 登ってきた道以外に、頂上から尾根伝いに南西(室津方向)や、北東へ続いている道もあります。南斜面では天下台山以上にガンピの木が目に付きました。特に、わずか10平方bほどの広さですが、ガンピだけがまとまって育っている植生(純林?)は初めて見ました。ガンピは、ミツマタなどと違って、栽培は困難だと言われています。ガンピの詳しい情報はこちらのページにあります →ガンピ(花便り)

■ 地図 

 


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