
ヤマザクラ(山桜)
Since 2001/04/06
Last updated on 2009/03/29
| 日本の代表的な桜で、山地に広く自生しています。奈良県の吉野山は昔からヤマザクラの名所として有名です。いわゆる里桜(ソメイヨシノ、ヒガンザクラなど)は、花が咲いた後から葉が出てきますが、山桜(ヤマザクラ、エゾヤマザクラなど)は、葉と花がほとんど同時に開きます。出っ歯のことを山桜というのは、この特徴(歯と鼻が同時に出る)に引っかけた表現です。 ヤマザクラの幼葉は赤みがかっています。そのため遠目には、花が赤っぽいように見えます。写真はいずれも相生墓園で撮影したものです。天下台山にも、もちろん自生してます。 |
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| 山桜は、かつて(戦前)は、愛国心の象徴とされた花でした。そして本居宣長の詠んだ次の歌は、散りぎわのいさぎよさを賛美した歌として喧伝されました。 敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花 「敷島の」は「大和」にかかる枕詞で、特に意味はありません。神風特攻隊の最初の4部隊が、この歌から「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」と名付けられたことは有名です。 母は若いころ、渡辺はま子の「愛国の花」をよく歌っていました。この歌詞にも、山桜が出てきます。 真白き富士の気高さを 心の強い盾として 御国(みくに)につくす女等(おみなら)は 輝く御代(みよ)の山桜 地に咲き匂う国の花
【追記 2006/04/28】 昨日、本居宣長記念館・主任研究員の吉田悦之さんから、「敷島の〜」の歌の解釈が間違っているとのご指摘(メール)をいただきました。検討の結果、説明文の一部(緑色で表記した部分)を書き換えました。原文は次のようになっていました。 その源流は、本居宣長の詠んだ次の歌にあります。散りぎわのいさぎよさを賛美した歌です。
ご参考に、吉田悦之さんのメールの全文と、それに対する私の返信を添えておきます。 【吉田悦之さんのメール】 ホームページを拝見いたしました。 見逃しがたい点がありましたので、メールさせていただきます。 「敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花 散りぎわのいさぎよさを賛美した歌です。」 は誤りです。「朝日に匂ふ」のであって 散ることはどこにも出て参りません。 もし、ご不審でしたらどのように解釈すれば、 貴下の解釈になるのかお示し下さい。 歌から離れて、宣長が、愛国心を称揚したとか言う指摘なら、 それもまた意見としては認められるかもしれませんが、 この解釈は、満開の、朝日に照り輝く山桜をこよなく愛した宣長に対しての冒涜です。 訂正を求めます。 本居宣長記念館 主任研究員 吉 田 悦 之
【私の返信】 メールを拝見して、正直驚きました。 インターネットで流布している情報は玉石混淆で、誤認や思いこみは勿論、意図的なニセ情報も珍しくないのは周知の事実。 その中で、百姓のオッサンがボケ予防の慰みに書いている駄文に、由緒正しき研究員の方から訂正要求のメールが届くとは想像もしていませんでした。「光栄」と申し上げるべきだと思います。 さて「敷島の〜」の歌の解釈ですが、原文は、私が幼少の頃に亡き祖父(生きていたら120歳)から聞いたものを思い出してそのまま載せたものです。 歌の文字通りの意味は「大和心とは何かと問われたら、朝日に匂う山桜の花だと答える」という禅問答のような内容だと思います。確かに「散る」はどこにも出てきません。 本居宣長は「朝日に匂う山桜花」のどのような特徴が「大和心」だと思うかは説明していません。漠然としていて、読み手が想像するしかありません。 一方、戦前戦中の軍国主義的風潮が昂揚していた時代、桜は散り際のいさぎよさが愛でられていたことは、「同期の桜」の歌詞などでも分かります。 また、朝日は旭日=日の丸を連想させます。前日から咲いていた桜が朝日に輝きながら散ることもあるでしょう。 したがって、軍国主義の時代に「敷島の〜」の歌が国民に、「散りぎわのいさぎよさを賛美した歌」と解釈されていたことは想像に難くないと思います。 だからこそ、特攻隊の部隊名にも使われたのでしょう。 以上のような趣旨から、私のホームページのご指摘部分を次のように書き換えましたのでお知らせします。 「そして本居宣長の詠んだ次の歌は、散りぎわのいさぎよさを賛美した歌として喧伝されました。」 そういえば明日は昭和天皇の誕生日。この件の処理も1日遅らせた方が因縁めいて面白かったかもしれません。 ****************************************** |