ドイツ地図







ヒルデスハイム・マルクト広場2001年5月26日。

世界遺産の大聖堂と千年の薔薇を目当てにヒルデスハイムを訪れた私達でしたが、ツーリストインフォメーションのある市庁舎前広場は、とても美しい建物が並ぶ素敵な場所でした。

ここで紹介する建物の写真は、全てこの広場に面して建てられているものです。

ちょっと位置関係がわかりにくいかもしれませんが、広場に並ぶ露天がその中心と考えてくださいね。

それでは街の歴史に触れてみましょう。

ヒルデスハイムの歴史は1000年以上前にさかのぼります。

古くから重要な通商路の交点であったこの街に西暦815年、司教座がおかれました。

庶民の力により商業は発展し、1249年には都市権を獲得、さらに1367年にはハンザ同盟にも加わっています。



その後、宗教都市としても発展していきますが、1945年の第二次世界大戦の激しい空襲により、街は大きく破壊されてしまいました。

戦後、街は復興されました。このマルクト広場は1984年〜1990年にかけて再現されたものです。



ヒルデスハイム・木組みの家この広場で一番目につくのは、何といってもこのクノッヒェンハウワーアムツハウス(Knochenhaueramtshaus 奥の方の切妻屋根)とその左隣のベーカーアムツハウス(Baeckeramtshaus 手前の箱型の建物)でしょう。

この建物が建設されたのは1529年のことです。

空襲で焼失するまで世界で最も高価な木組みの家といわれていたそうです。

戦後、1700万DM(今のレートで単純に計算しても約9億2千万円)を費やし、7500本もの木材で正確に再現されました。

クノッヒェンハウワーアムツハウスの高さは29m、ルネッサンス様式で建てられており、写真ではわかりにくいのですが、上に行くほど広場に向かってせりだしています。





ヒルデスハイム・木組みの家建物全体の写真だけでは、どのくらい豪華なのかイマイチ分かりませんが、こちらの正面入り口の写真を見ていただくと、そのカラフルさが少しでもわかっていただけるのではないでしょうか。

80色以上の色が使われているそうですよ。

柱の間に描かれている絵は美しいものがほとんどなのですが、中にはちょっとこれ手抜きかも・・・という様なしょぼいものもありました。

まっ、ご愛嬌といったところでしょうか?

柱一本一本の彫刻など、それはまぁ見事です。

隣のベーカーアムツハウスはカフェになっていて、沢山の人がくつろいでいます。建物の中も素敵だったのですが、天気の良い日はやっぱり外でいただきたいもの。

私達も街の散策を終えたあと、ここで一休みしました。



ヒルデスハイム・ロココハウスさて、クノッヒェンハウワーアムツハウスから時計周りで見てみましょう。

こちらは、左からシュタットシャンケ(Stadtschaenke、直訳すると街の酒屋)とロココハウス、そしてヴォーレンヴェバー・ギルデハウス(Wollenweber-Gildehaus)です。こちらも戦後再建されました。

ホテルやレストラン等になっていますが、建物の幾何学模様が美しいですよね。



ヒルデスハイム・市庁舎さらに90度右を向くと、クノッヒェンハウワーアムツハウスと向い合うように、市庁舎が建っています。

これは1268年〜1290年にかけて建てられました。



ヒルデスハイム・市庁舎古くて、なかなか趣のある建物ですね。

ここは、残念ながら見学できないようでした。



ヒルデスハイム・マルクト広場そしてさらに右手には、ツーリストインフォメーション入っている、出窓の美しいテンペルハウス(Tempelhaus)や、リュンツェルハウス(Luentzelhauses)などが並んでいます。

どの建物もあんまり綺麗なので、何周か周ってしまいました。

写真の正面ちょっと右の、両脇に塔をもつ建物がテンペルハウス、その右隣の木組みの家がリュンツェルハウスです。

マルクト広場では、皆さんソーセージを美味しそうにほおばったりビールを飲んでいます。

もちろん私達もここで少し腹ごしらえ。

ヒルデスハイムは、このマルクト広場を出るとブティックやデパートなどが並ぶショッピング街になっています。とても活気があって楽しいですよ。

その他にも戦争の空襲を免れた木組みの家々が建ち並ぶ旧市街も残されています。

世界遺産以外にも、見どころのたくさんある素敵な街でした。



ヒルデスハイム関連ページ
http://www.hildesheim.de