8月23日 通行止めと再会

予定通り8時に朝市へと出発する.朝市は体育館のような場所で開かれていた.ふと気がつくとYukiさんがいない.そういえばYukiさんは買い物にいくと必ずなにかお土産を買い込んでいた.今回もお土産を買い込んでいたのだ.

Whitchurch の朝市.チーズ,ケーキ,洋服,お菓子など,手作りの物が多く,値段も良心的である. お目当てのチーズ屋.Chesire のブルーチーズが最高なのだそうだが,生憎売っていなかった.

そろそろステアケースロックが見えてくるはずというところで,皆が目を疑った.なんと岸に泊めてあった無人のボートの舫綱が外れて,運河を塞いでいるではないか.このままでは先に進むことができない.歩いてステアケースロックまで行き,Britich Waterways の人を捜すが,なかなか見つからない.しかたなくステアケースロック脇のショップの人に事情を話し,私はボートに戻った.しばらくすると British Waterways の人がボートフックを抱えてやって来て,漂っているボートを引き寄せ始める.私も自分のボートのボートフックを持ち出し手助けを始めると,散歩していた人まで手伝ってくれた.

舫(もやい)綱が切れて流れ出してしまったカナルボート

無事に漂流船を係留させ,今度はボートでステアケースロックまでくると,既に2隻のボートがロックの通過を待っている.ここは焦っても仕方がないので,皆でお茶をしてのんびり待つことにする.ステアケースロックはその構造上,登りなら登り,下りなら下りのボートを次々と通した方が効率が良い.このため登りあるいは下りは3隻までは続けて通るという規則になっている.

ステアケースロックを下り終わって再びお茶をしていると,女性がやってきて「今 Birtish Waterways の人がロックを修理しているから,ロックにやって来たボートに2時間ここで待つように伝えて頂戴」と言う.ステアケースロック手前でボートが漂流していた時,Britich Waterways の人が見つからなかったのはロックを修理していたからであった.自分がロックを通過する時に壊れなくて助かった.

ボートセンターまで100メートルというところでボートを係留し,ボートセンターの様子を見に行く.まだ4時なので,今ボートセンターにボートを入れると邪魔になりそうであったからである.ついでに明日の朝のタクシーの手配もしておきたかった.Yukiさんはと言えば,ボートセンターで最後のお土産を買い込んでいた.

 
2000年にお世話になった Siesta 号   2002年に再会した Siesta 号

ふとボートセンターに泊まっているボートを見ると,なんと前回お世話になった Siesta 号がいるではないか!トランシーバーでボートにいる家内を呼びだし,家族で Siesta 号に挨拶に行く.残念ながら Siesta 号にいたのは前回会った人たちではなかった.Siesta 号は12人の共同所有のボートなのだ.話をすると2年前の夏,Siesta 号は確かに Birminghum にいたそうである.私たちがお世話になった Siesta 号に間違いなかった.私は今回の旅行で再度 Siesta 号になんとなく会えるような気がしていたので,航海中は密かにすれ違うボートに気を付けていた.後で話をすると家内も娘も同じ思いをしていたようである.

1週間お世話になった Golden Merlin 号と一緒に最後の記念撮影

7時近くになってボートセンターも落ち着いたのでボートを回航する.これが最後の航行となる.ボートセンターに舫い,近くの Dusty Miller パブで運河旅行最後の晩餐とする.娘が寝た10時頃,大人3人でカナルボート最後の夜を楽しんでいると,外でドーン,ドーンという音がする.外に出て見ると花火が打ち上げられていた.まるで我々の旅の最後を祝っているかのようであった.今夜はカナルボートの旅の締めくくりとしては出来すぎと思うほどであった.


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