ぼっけいさんのトルコ紀行、第十五話をお届けします。お楽しみ下さい。
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今回はパムッカレの遺跡、ヒエラポリスと死者の町ネクロポリスのお話です。

ぼっけいさんのトルコ紀行

パムッカレにはヒエラポリスという有名な遺跡があります。考古学者には石灰棚よりも興味を覚えるといいます。神殿、劇場、浴場が発掘・復元され賑わっています。いま、イタリヤの自動車メーカーがスポンサーとなり発掘を続けています。

第十五話  ヒエラポリス・ネクロポリス

パムッカレのヒエラポリスはベルガモン王国がここを支配していた。ベルガモンがローマの支配下になり更に発展した。度重なる地震のため再建が繰り返され、2−3世紀には人口10万を数える大都市になった。

その後中東からセルジュック・トルコ族・モンゴル族の侵入などを経て、この地がオスマントルコ帝国との境界線になったという。14世紀半ばには大地震が起こり都市は破壊し人は離散してしまった。


駆け足で観光するには都市のメインストリートとローマ門(ドミティアン門)あたりで大理石を敷き詰めた道路と3つのアーチがかかるローマ門との調和が美しい。
ここらあたりでは観光客目当てのオバサンが手製の木綿のテーブルクロスを売りに来る。1枚10$と言って追っかけてくる。かなり執拗で逃げ回るのが大変だ。


パムッカレ石灰棚へのゲートをくぐると異様な遺跡の中を通る。墓地の遺跡ネクロポリス(死者の町の意)で、荒れた墓場の中を通らないと石灰棚へは行けない。ヨーロッパ人は熱心に見学しているが、日本人は下車してない。かなりのスピードで通り抜けるので撮影がままならない。止む無く現地ガイドブックから2枚を拝借した。


ここは死者のパーソナリティーにより葬られる場所が違っている。重要な地位の人、ヒーロー的存在をした人、普通の人の3種類により墓の区域が区別されている。

家の形をした墓は大小があり死者の貧富の差が見られる。土台の上に石棺を乗せた墓は有名人のだ。重要な地位の人のは周りに小神殿が建てられている。人だかりのするのはその墓であろう。


わが国では墓の種類は限られている。戒名で故人のことを推測できるが、ここでは墓の種類で推し量るとは驚いた。これも文化の相違だろうか。

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