ぼっけいさんのトルコ紀行、第十八話をお届けします。お楽しみ下さい。
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今回はキャラヴァンサライ、その昔、幾多の隊商が歩いた砂漠に想いを馳せて…。

ぼっけいさんのトルコ紀行

4月4日、いよいよ待望のカッパドキヤに入りますが、舗装されたハイウエイそのものがシルクロードのルートでした。キャラヴァン隊はどのようにして往来したのでしょうか。バスに揺られながら往事の様子を偲びました。

第十八話  キャラヴァンサライ

コンヤの観光後2時間半走って昼食をとる。アクサライという町で、殆どの観光バスはここでストップする。昔々、ここはシルクロードの要衝で隊商の宿があった。キャラヴァンサライと呼び、スルタンハニの宿として有名である。
1229年に建設され、火災で焼失後1278年再建、トルコ最大の規模を誇る駱駝隊商宿に発展した。幅50m、奥行きは100mの長方形の高い石塀で囲まれている。


入口は東側の1箇所だけで、門を入ると中庭がある。中央に監視塔があり、その奥は屋根付きになっている。


駱駝は夏の間は中庭で、冬は屋根の下で休ませた。屋根の下は多数の石柱が並ぶ駐車場みたいで、天井はゴシック寺院のように柱からのアーチで支えている。
ゴシックほど尖ってなく、半円の真中が少し尖がっているトルコ式アーチと聞いた。
屋根は高く、明り取りと換気の窓が点々とあるだけで薄暗い。
建物の中央部に小さなモスクが建てられていた。

隊商たちの部屋は中庭の両側の石塀沿いに並び、預り荷物保管室、寝室、食堂、トイレなどがあった。


建物のの説明としては以上で素っ気無いが、キャラヴアン隊のチェックインからチェックアウトまでの行動に興味が沸いた。

日が傾きかける頃、荷駄を満載したキャラヴアン一行が13世紀の駱駝専用のビジネスホテルのゲートを潜ると中庭に集められる。
荷駄はセーフティーボックスへ預けなければならない。係りの人が1つ1つ受取り、預り証を渡して保管場所へ運ぶ。この検査が厳重で時間がかかったそうな。
駱駝は所定の場所で餌をもらい休む。隊商はその後自分たちの旅装を解く。


翌朝、駱駝の世話をした後、旅支度を整え、引換証を出して預けた荷物をきちんと受け取り、駱駝に載せる。諸々の費用を清算するチェックアウトが済み、キャラヴァンがゲートを出るのが午前10時すぎになる。

駱駝の歩みは悠々としている。午後3時過ぎには次のビジネスホテルへ着かねばならず、1日30km進むのが限度という。
アクサライからカッパドキアまで90kmあるが、この間3日かかる。途中廃墟となっているキャラヴァンサライを見た。

とすれば、[月のぉ〜〜砂漠をぉ〜、はぁるぅばるぅとぉ〜〜]と童謡に親しんだ我々にはロマンであったのかと疑いたくなる。

遥か昔、イスタンブールから西安まで『絹の道』を駱駝の隊商が往来した。絹やぶどう酒や磁器は幾日かかって届けられたのだろう。気が遠くなる。計算するよりは、絵になる隊商の列、ロマンの世界に耽るのがよさそうだ。

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