ぼっけいさんのトルコ紀行、第二十話をお届けします。お楽しみ下さい。
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今回はカッパドキアの地下都市に分け入ってみましょう…。

ぼっけいさんのトルコ紀行

アナトリヤにあるカッパドキヤ地方は古くから東西民族の衝突が繰り返されました。そこに住む民は、迫害から逃れるため、大地に穴を掘り隠れました。
その跡を訪ねると、しぶとく生きた彼らの知恵を肌で感じとれます。

第二十話  カッパドキア(2)迫害から逃れて

(1)地下都市
カッバドキヤの中心都市ネヴシェヒル、多くの観光客が泊まるところである。ここから南へ20kmにカイマクルの地下都市がある。80数メートルに掘り下げ地下8階の構造と聞いた。
4世紀頃からキリスト教徒が住みだしたこの地に、6世紀頃アラブ人が攻め込み、脅威から逃れるため地下設備を作り、彼らが撤退するまでの仮住まいとしてきたという。


危機に際しては、丸い石を扉として置き遮断した狭い通路、通気孔、避難用トンネルを作り完璧な防御をしたという。
大小の部屋、ベッドルーム、馬屋、ワイン製造所、食料倉庫、教会など日常生活全ての機能や道具は岩を削って作った。
掘り出した土はどこへ捨てたか、何年かかって作り上げたか、何時の頃かは壁画、碑文、装飾もないので年代の特定ができないそうだ。
3000人が住んだと言われるから仰天した。


地下都市に入るには、天井の低い狭い通路、というより穴の急坂を下って行く。迷路のようになっており、前の人の背中を見ながら一生懸命付いて行かないと迷子になる。
しかも、観光団体ごとに入室させるから説明の時間が限られる。少しでも詳しく説明して時間が長くなると、後ろのガイドから『つかえてまっせぇ』という意味の現地語が飛んでくる。忙しいこと極まりない。落ち着いて往事の民の暮らしを偲ぶ余裕などできない。500円程度の入場料で終日賑わうから相当の観光収入になるのだろう。

外界にでると眩しい。そこには門前市が広がり地元民の作る素朴な物が溢れかえる。屋台の無いおばさんも道端に頑張り稼ぎに精出している。


カイマクルの南10kmにもデリンクユという地下都市があり、ここと地下トンネルで結ばれている。
観光可能な地下都市はこの2箇所で他に閉鎖されているものが30箇所くらいあるという。しぶとく生きた知恵に脱帽する。

(2)ギョレメ岩窟教会群
ネヴシェヒルから東北東へ5kmにあるギョレメは、4世紀頃からキリスト教徒が共同生活をしていた。イスラム教徒の迫害から逃れるため9世紀頃から丘の斜面に洞窟を掘り沢山の教会を作った。土を耕し日々を営む村というよりも宗教活動の要といった感じである。


今日、屋外博物館として保護されており、大小30くらいの教会が集まっている。そのうち6箇所が有名でツアー見学コースになっている。

内部はフレスコ画の壁画で装飾され『カッパドキア様式』と言われる芸術性の高いものといわれるが、保存状態が良くなく、偶像崇拝を禁じるアラブ族により人物の顔だけが傷つけられ痛ましい。

8世紀の頃、偶像禁止の時代があり、抽象的な十字架がキリストの象徴として描かれている教会もある。


撮影は良いがフラッシュは厳禁されている。当時の鮮やかな色合いは、ガイドブックや絵葉書で楽しむしかない。

キリスト教文明およ美術史に興味のある方には格好の博物館と思う。

【追記】先週述べた京都の[ろまねすくさん]の紀行文には詳しく載っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~mf6t-tkhs/turky_4.htm

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