ぼっけいさんのトルコ紀行、第二十三話をお届けします。お楽しみ下さい。
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今回はアンカラの続きです。アナトリア文明博物館で、謎の王国ヒッタイトの遺跡に触れます。

ぼっけいさんのトルコ紀行

アタチュルク廟見学の後、アンカラ城壁の一部が見える高台で昼食をとり、アナトリア文明博物館を見学しました。その日のうちにイスタンブールへ帰りますので駆け足見学です。
アンカラ市内を走っているとフィルムを売る写真屋さんの看板や幟が目に入りました。日本では殆どがFujiですし、アメリカではKodakですが、ここでは日本のKonicaです。意外でした。
このことはスイス雑学博士モリアーチー教授はよくご存知でした。スイスとトルコ、何かの縁があるの?? まさか・・

第二十三話  アンカラ(2)アナトリア文明博物館

アナトリア文明博物館はアンカラ城塞のある丘の中腹にある。
トルコ半島の中ほどアナトリア地方の文明の歴史を網羅しており、とくにヒッタイト王国の収蔵物では世界一を誇る。

ヒッタイト王国とは紀元前2000年の頃東方からアナトリア中央部に侵入したインド・ヨーロッパ語種族民が建てた国である。
青銅器時代にあって製鉄と騎馬に優れ高度な文明を持ち、旧約聖書にはヘテ人として記載されたがどこに住んだのか謎で幻の民といわれた。
20世紀になりその都が発掘され、粘土板に書いた文字が見つかりヒッタイト文字として世の注目を浴びた。ガラスケースに入れ特別のエヤコンをして大切に保存している。

ここで解ったことは、ヒッタイト文字には楔形文字と象形文字があることで、前者は外交や行政の公文書用であり、後者は日常会話に用いたという。わが国の平仮名発展と似ており親近感を覚えた。

館内は回廊式で外廊下は旧石器時代から始まり新石器、銅石器、青銅器、アッシリヤ植民地、ヒッタイト、ヒッタイト後の王国、古代ギリシャローマ、ビザンチンの各時代の出土品が並び、中央ホールにはヒッタイト時代のレリーフ、石像を展示してある。2時間余、休み無しの足早見学であった。
展示物が大量で、夫々の時代には目玉展示があり、その上、時として怪しい日本語解説付きであったので心身ともに疲れた人が多い。

が、トルコ人ガイドは正確に出土年代、場所を記憶しているには驚いた。トルコの国立ガイドにはここら辺の知識取得が要るのだろう。

博物館をじっくりと見て廻るには2日はかかりそうだ。見学後の印象として、この国の中央部も古くから色々な民族が住み、盛衰し、また諸外国との交流を経て、独特の文化を築き上げてきたのが良く解る。エフェソス、ベルガモンとは異なる歴史観が得られ収穫があった。
とりわけ、ヒッタイト以後の王国のレリーフ(浮き彫り)は歴史書でモノクロの小さい写真でしか見かけなかったが、1.3〜1.7m四方の本物を目の前にしたとき胸が躍った。

8日間バスでの旅はアンカラ空港で終った。安全運転をしてくれた運転士とのお別れは名残が尽きない。よくぞ走りつづけたものと我ながら感心。
アンカラ〜イスタンブールは空路1時間、快晴下の飛行だった。

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