シユスタニ遺跡〜リマ〜帰国

プーノを後にして郊外の遺跡シユスタニに向かう。
シユスタニ遺跡はプレインカ時代からの遺構で、かつては宗教センターとして利用されていたと推測されている。宗教センターとしての役目を終えた後は墳墓として利用されていた。太陽の神殿や月の神殿も備えている。
紀元1000年頃に全盛を迎えたチュウラホン文化からインカ時代にかけて造られたと言われる。
   
チュルパと呼ばれる円筒形の墳墓。入り口は全て東側を向いており6月21日の冬至にはきっちり太陽の光が差し込むようになっている。その中にはミイラが安置されているのが発見されている。転生を信じる彼らの世界観から墓の入り口には蓋はされていない。
以前は百基ほどの墳墓群があったのだそうだが、雨や落雷で崩壊し、現在は十数基を残すのみとなっている。
参道にはチュルパが崩壊した時に飛び散った人骨の骨片も見る事ができる。
  
美しい円筒形を持つ大きなチュルパはインカ時代のもの。                  トカゲの彫刻
  
入り口は狭く歩伏前進でやっと通れる程。中は立ち上がっても頭がぶつからない程広い。↑
  
        ↑太陽の神殿・月の神殿跡

シユスタニ遺跡の背面にはウマヨ湖が佇む。ウマヨは「川の頭」という意味である。ここの水はティティカカ湖に注いで行く。中央に浮かぶ平らな島はウマヨ島だ。
                    

アイマラ族の農家を訪ねる。ここで調味料「泥」を体験する。蒸したジャガイモに泥を水に溶いたものを塗って食べる。ミネラル分が多く含まれているのだそうだ。しょっぱいが悪くは無い味だ。
家の扉についている染みは羊の血だ。年に一度いけにえとして羊を殺し、その血液を家の入り口にかけその年の豊作を祈り、厄除けとしている。
   
家の壁は土、屋根はかやぶきの粗末な家である。

フリアカの空港に向かう。この空港は定刻よりも早くフライトしてしまうことがあるらしい。
   
インカ・マンコ・カパック空港。インカの初代皇帝の名を冠した空港で、前には像が立つ。空港内ではフォルクローレのバンドが出発待ちのロビーで演奏をしている。今日は定刻通りのフライトだった。
アレキパ経由でリマへ。

タバコの燃え方が違う。酸素濃度が高くなっているのを実感する。
日本人が経営する民芸品店「ポコ・ア・ポコ」へ立ち寄る。久々に価格交渉の無い買い物をした。
ペルー最後の食事はこれも日本人が経営する和食レストラン「フジ」。メニューは寿司だった。

ペルーの食事は日本人の口に合うと思う。味付けもあっさりしている。
鶏肉はポピュラーな食材で、ペルー沖でとれたアンチョビをえさにブロイラーで生産されている。
魚も今日のネタではイカ・タコ・マグロ・エビがペルーの地物。形がキス 味がサヨリとい地魚の握りもあった。米はカリフォルニア米を使っている。味噌汁の具はボンゴレ。イタリアにも輸出しているそうだ。今日の料理でペルー産でないものは、サーモンだけという話である。

レストランを21:00に出て空港へ向かう。チリ航空LA600便。
日付が変わって9月14日1:05ロスアンゼルス行きでペルーを後にする。
7:30(ペルー時間9:30)ロスアンゼルス着。機内でアメリカ入国カードと税関申告書を記入しアメリカに入国。JALのカウンターが開くのを待って成田行きの飛行機へチェックインした。

JL605便 14:20発の予定が15:00発にディレイ。案内板に便名が表示された時の出発時刻は15:20。

ロスの空港は日本人が多い。JALのロビーは日本人しかいないのではないかという勢いだ。南米トランジット組みは秘境探検的趣のある面々だが、アメリカ西海岸組みはお手軽レジャーという感じで客層の違いが面白い。
結局90分遅れの15:50のフライトになった。
19:00(アメリカ西海岸21:00)成田到着。旅が終わった・・・。


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