カイロで見たイロイロ

++++++道を渡るヒト。くるま。わたし。++++++

 ご存知のように、エジプトには信号機がない。信号機の変わりに、「トラフィックポリス」が信号をしている。
私が見た中では、唯一タハリール広場だけだが、それでも信号機の下に、ポリスが信号をしていた。たとえ信号が青でも信用したくない。。。
  このポリスが曲者で、結構自分の気分次第で、「赤」にしたり「青」にしたり・・・
ドライバーと、通す通さないでしょっちゅう口論になっている。口論の間はもちろん、車は走れない渋滞。

 また、エジプトの車は、99%車検を通らない代物。サイドミラーが片一方ないのなんてまだまし。両方ないのもザラ。乗っていたタクシーが渋滞の中でエンストしかけてタクシーのおやぢが、ハンドルの下に伸びている導火線と導火線を「バチリ☆」としたら直ったり、完全に止まってしまった車のフロントを開けて、またしても何か導火線を「バチリ☆☆」・・・
道端でパンクしてその場でドライバーが修理・・・渋滞へ。

 渋滞の中、消防車が出動して実際は4車線の道の1車線を違法駐車が占拠していて、そのうちの1台のサイドミラーに消防車がかすってサイドミラーがもげたとき、近くにいたそのドライバーが駆け寄ってきて、消防士を車から引きずり出して「俺の車に何してくれた(怒」あげく、持っていた棒キレで、消防車をボカリとしたときには、一体何が正しいのかわからなくなった。
違法駐車はいいのか?いいのか??(一度だけ、レッカーされているのを見た。)
    ・・・・こうして、カイロは常に渋滞している。・・・・
とくに、夕方タハリールからラムセス駅方向に行く時なんかは歩いたほうがまし。

     そんな渋滞と、予測不可能な車線変更、猛スピードの車の中を、信号機なしでもエジプト人は上手に渡る。

++++道を渡る方法++++

A:友達に頼る。普段、連れ立っていた友人Kは実に上手い具合に道を横断するので、 だいたい横断の際、何気なく彼女の後ろにくっついていく
BKが居ない場合のその@ひとりで横断しないとならないとき。「このヒト!」と決めたエジプト人の後ろにぴったりくっつく。 万一、車がきてもこのヒトがさきにはねられる・・・はず・・・・親切なヒトだったりすると、「ほら今だよっ」なんて教えてくれる。
Kが居ない場合のそのAやって来る車のドライバーの顔を哀れな捨て猫なまなざしでみつめる。「オネガイッとまって!!」という表情で『ちょっと待って』のジェスチャーをする。親切なヒトの場合とまってくれる。一般車の男性ドライバーだと効果アリ。女性にはほとんど効果はない。
Kが居ない場合そのB立っているトラポリ(トラフィックポリス)に対して満面の笑みで微笑みかける。「ワタシ、ワタリタイ。」というと車をとめてくれたりする。この場合、急に止まらされたドライバー激怒。
        こうして、道路横断時の他人依存症のために、一人で道路を渡る時は相当恐い。
                 いつも保険のことを考えながら渡る


               道路を渡る時、慣れていないなら周りのエジプト人に頼るべし。
         一度足を踏み込んだら躊躇して戻るな!ドラーバーは横断者を避けて猛スピードで駆けていく。
            渡れないと思ったら、道のど真ん中でも立ち止まるべし。いつかチャンスが来る。
*トラフィックポリス。*人に聞いたところによると、月給80LE(2500円)程度とか。その安月給で、炎天下の下でも、
ラマダンの空腹な時間でも冬の寒い中でも頑張っていると思うと、見直した。彼らの食事はいつもコシャリ・・・

タクシーから。オペラハウスとカイロタワーと渋滞

++++++ラマダン中の先生は怖い!++++++

 私が居た1999年から2000年のときのラマダン月は12月9日から〜ムスリムのお偉いさんが、月をみて
            「明日からラマダンです!」と宣言して、ラマダン月は始まるので同じムスリム国でも
国ごとに少し日がちがったりする。
            ラマダンは突然やって来る。
 日中、町の食堂・アファ(あちこちにある喫茶店。シーシャをふかしてシャイを飲んでいい大人が一日中ダラダラしている場所)はことごとく閉まっていて、あいているお菓子屋の店先では主人がラマダン用のお菓子を味見できずにつくっている。
 いくらムスリムでなくとも、この状況の中で煙草をすったり、食べ物を口にしたりははばかれる。
大食漢のエジプト人たちは、ラマダンの空腹を誇る。(日が沈んだ途端、せきを切ったようにごちそうをおしこむので、ラマダン太りするヒトのほうが多い。)ラマダンは1ヶ月お祭騒ぎが続いていて、なんだか毎日ワクワク。

学校の授業も短縮になる。普段学校は3時から6時、礼拝の時間をとる為に4時から4時半は休憩。
(礼拝の用のない私たちは、その30分間に校庭でバレーをしたり、バスケしたり、
はたまた校舎の陰に隠れて不良ムスリムの娘と煙草をふかしたり。)
「もしも、明日からラマダンが始まったら、授業は2時から4時!」と言われた。翌日から短縮授業。

ラマダンの日中は、飲食もたばこもダメ。我等の担任「イッサ」先生は、無類の愛煙家で授業中にも煙草をすう。
ラマダン中煙草がすえなくて
普段はやさしい彼もイライライライラ〜〜〜しょっちゅう授業をサボる、日本人の女の子がラマダン中に遅刻をしてきたら
「お前なんて退学だ!」と、当り散らしていた。
「先生・・・たばこすいたい??」と聞くと、
    「いいや!吸いたいなんてちっともおもってない!なーぜーなーらっ!今はラマダンだからねっ!」
さすがに、2時間の授業枠の中で休憩はないのだが、早く仕事を切り上げたいばっかりに、3時半くらいに授業は終わる。
                          だれもとがめない。
       ラマダン中、『断食』という言葉を盾に、みんな怠惰になる。
4時から5時は、「ラマダン帰宅ラッシュ」みんな家に帰りたい。サラリーマンも、車の修理工もタクシーやバスの運転手も。タクシーはともすると乗車拒否を喰らう。(自分の帰宅方向だと何とか乗せてくれる。)
          日没後。カイロの道路から車が消える。街が静まりかえる。ご飯をむさぼる音だけが響く。

++++++イスラム5行でみるカイロ+++++

信仰告白(シャハーダ)「アッラーのほかに神はない。ムハンマドはその使徒である。」と唱えること。
タクシーやスークのおやじがいくらぼったくりをしてもこの言葉で救われる。
ずるいなーと思うけれど、私もそんな救われる言葉がほしいといつも思う。

礼拝(サラート)日に5回、朝・正午・午後・夕方・夜に行う。街のあちこちのスピーカーから流れてくるアザーン。
 最初はうるさかったけれど慣れてくる。決まった時間に一斉にアザーンがひびくかと思いきや、よく耳を澄ますと微妙にズレがある。アザーンのやまびこ。
 エジプトの季節の移り変わりがアザーンの時間にふと気が付くときがある。そういえば、1ヶ月まえはもっと暗かったな。とかいう風に。(サマータイムの変わり目なんかは、結構驚く。あれ?!まだ真っ暗じゃん!)
 本当に何処でも礼拝。砂漠の真ん中でも礼拝。バスターミナルのトイレの脇でも礼拝。
ある、銀行でバリバリのキャリアウーマンのエジプト人の豪邸に招かれた時、彼女は日中仕事で礼拝が出来ないので、
帰宅してからの1時間の間に、2,3回礼拝をしていた。まとめて行うのもアリっていう寛容さがいい。

 金曜日の集団礼拝は最初驚いた。モスクに集まったり、モスクにいけない場合は道にゴザを広げて30人くらいが一斉に礼拝をする。休日の金曜日は大抵の商店は閉まっているし、開いているスーパーも礼拝の1時間はシャッターが閉まる。ちょうど、フラットの前の道路が金曜の礼拝の場所だった。外に出られなくて、ベランダにひじをついてそれを眺めるのがすきだった。みんなが向いてるほうがメッカ

金曜日の外命の方位磁石一体どうやって正確に方角がわかっているんだろうと思ったら、街角には結構『方位磁石』を売っているお店が多い。高級なものだと、ハンディーパソコンみたいなハイパーコンパスもある。単純に方向音痴の私も一つ購入。


喜捨(ザカート)
街中に、物乞いは溢れんばかりにいる。
絶対『物乞い』を商売にしているのもいる。手足がなかったり、車椅子だったり、目が見えなかったりする人が、物乞いしたり、コーランの一説の冊子やティッシュをうったりしているのだが、こういう人に結構みんなお金を差し出している。
                 富のある人が、貧者に対して施しをするのは当然のこと。
よって、道端に座って手を差し出している物乞いは、哀れな顔をしていない。ふてぶてしいまでに!
 私が住んでいたフラット(銀行員やらも住んでる結構高級アパートだった)の前に、いつも座っている物乞いのバァサンがいたのだが、彼女は夕方になると、うちに帰っていった。。。。私の住むアパートの建物の中に・・
               ん”???このアパートにすんでるのか?!この謎は、家を引っ越すまで続いた。
 ともかく、富のあるものがけちけちしないことは当然という考えがあるので、タクシーでもスークでも、ぼられるのは多少は仕方がないのかもしれない。←それでもぼられるのはいやだ!私はケチなので、地獄に落ちるんだろう。

断食ラマダンを辛いと感じているエジプト人のほうが少ない。日没をしらせるアザーンとともに、みんなの食欲が一気に爆発する。通りのあちこちでお金持ちが、無料で食事を提供する光景をよく見かけ、そして私もそれに便乗した。
      アエーシ・肉入りのシチューなどおかずが2,3品・みかん・・・とメニューもなかなか豪華。
ラマダン期に、サッカラのピラミッドに行ったとき(ミニバスを乗り継いでいった)帰り道の方向のミニバスがちっともこなくて、困っていたら通りがかりのミニバスのおやじが、大通りまで乗っけて行ってくれた。お金を払おうとしたらにっこりと首を振られた。
また、日没の知らせと同時に、みんなそこら中で持っている食べ物を食べ始めるんだけど、「あんたも食べなさイッ!」と施しを何度か受けた。
                ラマダンの時期、なんだかみんなやさしくなる。

巡礼(ハッジ)巡礼の時期の最後、『犠牲祭』がやってくる。大通りを1本入ったところに、犠牲祭で殺される羊が集められ、準備が進む。何も知らずのんびりと草を食んでいる羊の前を通るたびにぞっとした。犠牲祭の朝、いつも大渋滞の大通りはひっそりと静まり、裏通りは血の海と化す。私のアラビア語家庭教師だったムハンマドは、この犠牲祭で羊が屠られるのを目の当たりにして以来、ベジタリアンになった。繊細なエジプト人もいる。

吾がバドルスクールのろうか
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