日本・アフガニスタン協会の沿革と業績



日本・アフガニスタン協会は、協会の形態およびアフガニスタンとの関係において、その歴史を2期に分けることが出来ます。


 1.任意団体から社団法人へ(昭和11年〜昭和53)

任意団体としての日本・アフガニスタン協会は古く、その設立は昭和11年で、戦前からすでに存在していたことになります。設立当初の会長は初代駐アフガニスタン公使北田元正氏でありました。

第二次世界大戦による両国国交断絶ため、協会の存立は一応失われましたが、サンフランシスコ講和条約締結後、旧協会の会員が集まり再度同名の協会を復活させました。

その後昭和39年前後までは、主として在日ア国大使館および在ア日本大使館関係者の着任・離任の際の歓送迎会を催し、日・ア両国政財界の紹介を行い、相互接触の機会を図るなどの、親睦団体としての務めを果たしておりました。

昭和44年のア国国王の来日、昭和46年の皇太子ご夫妻(現天皇・皇后両陛下)の訪アをきっかけに、協会は可能な限りの機会をとらえ、両国親睦の実を挙げることに務めてまいりました。

その後も皇太子ご夫妻をお招きしての「アフガニスタンのゆうべ」を開催、日本における親アフガニスタンの気運を高めるとともに、海外研究書の邦訳、出版社によるアフガン旅行書への後援、各種講演会活動を行ってまいりました。

日本における親アフガニスタンの気運が高まる中、昭和50年に協会の悲願であった社団法人化の申請を外務省に行いました。岩田喜雄会長以下、協会の真摯で熱心な活動が認められ、昭和514月をもって、社団法人日本・アフガニスタン協会が正式に誕生いたしました。

社団法人化を契機に、日本とアフガニスタンの友好関係の維持・発展ためあらゆる活動を行っていくこととなりました。




 2.ソ連のアフガニスタン侵攻と国交断絶(昭和53年〜現在)

昭和53年、突如ソ連軍がアフガニスタンに侵攻しました。事態の解決の糸口の見えぬまま、協会は難民の人道的見地からさまざまな援助活動を行いました。ソ連軍撤退後も、同国の覇権をめぐっての泥沼の内戦、神学生組織タリバーンの台頭など、めまぐるしく変化するアフガニスタンの国内情勢を受け、日本との外交関係が途絶えてしまいました。

これにより、これまでの両国間の交流促進から、日本において見えないアフガニスタン問題の情報収集を行いそれを広報する役割へと、協会のあり方が大きく変わっていくことになっていきました。

国交断絶後の協会の活動は、講演会の主催を中心とした広報活動の他に、国民に対する人道支援、国内外におけるアフガニスタン理解のための各種会議に積極的に参加、アフガニスタン問題の解決に向けてあらゆる努力を行っております。また理事長の松浪健四郎氏が衆議院議員となり、日本政府、とくに外務省の結びつきが強くなりました。

協会は設立当時の意志を忘れることなく、現在も日本とアフガニスタンの良好な関係を築くために活動を行っています。




(社)日本・アフガニスタン協会
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