2001年1月4日 カレタゴンザロ
夜半から降り出した雨は朝には何とか上がりテントをたたむ。さっ、行くか。
少し走るとコンタオ"Contao"の町。ここから海を離れて内陸へ入る。道はアップダウンを繰り返し一体どこへ連れて行かれるのかと不安に駆られる鬱蒼とした森林地帯を抜けていく。道の両脇は北海道で見かけるフキにとげをつけたような大きな葉やこれまた大きなシダ類で覆われている。やがて海が見え道は東向きに進路を変える。相変わらずのアップダウンを坦々と走っているとなんとなく町になりそこがオルノピレン"Hornopiren"であった。

鬱蒼とした森を抜ける
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海が見えた
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アップダウンを坦々と走る
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道はまだしばらく続くが行き止まりでさらに南下するためにはここからフェリーに乗ってカレタゴンザロ "Caleta Gonzalo"に渡る必要がある。オルノピレンにはキャンプ場も宿もあるし今日はここで泊まってもいいと思っていたがとりあえずフェリー乗り場へ行くと1人のサイクリストに声を掛けられた。昨日のキャンプ地で見た人物だ。シェーンべリー"Sean Barry" アメリカ人、コロラド州ボルダー在住の31才(当時)でオレンジ色のクロスバイクに乗っている。何度かに分けて大陸を縦断しているそうだ。彼の話だとフェリーは午後3時に出るらしい。所要時間は6時間、明日は便が無いらしいので今日乗ることにする。周りを良く見ると昨日のフェリーで見かけた顔がそこかしこにあった。料金8000ペソを払い船を待つ。シェーンはスペイン語が堪能で積極的に色々な人に話しかけている。やがて彼を含めた何人かが近くの空き地でサッカーを始めたので僕も後から参加。結構白熱し汗だくになり楽しむ。しかし午後3時を過ぎても一向に船はやって来ない。が午後5時前にやっと遠くに船が見えた。そしてさあ着岸だというちょうどその時、岸辺にいた小さな漁船が動き出して邪魔をし船は一旦岸を離れグルっと回って何とか着岸した。のどかな光景である。2時間近く遅れているのに乗客にいらつく人も無くみな平然としている。まあこの船が来なければ僕等は先に進めないし、船は遅れたとはいえちゃんと来たのだから何の問題もないのだろう。ここは南米なのだと改めて感じた次第。

やっとフェリーがやって来た
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船には2ヶ所客室があり軽い食事を摂ることが出来る。客室は暑いので外へ出て自転車の所へ行くとシェーンがチリ人の一家と仲良くなり談笑している。近くへ行くとシェーンが僕にナイフ持ってないかと聞く。出すとチリ人一家のお父さんがサラミを切り熱い紅茶を魔法瓶から注いで渡してくれた。ありがたく頂き僕も一応彼らの輪に加わり話を聞く。そうこうしている内に辺りは暗くなり雨が降り始めたので客室に戻って寝ることにした。予定通りなら午後9時にはカレタゴンザロに着くので何とか明るいだろうと踏んでいたのだが出航が遅れたので到着は深夜になりそうだ。実はカレタゴンザロがどんな所で何があるのか全く知らないのである。まあ何とかなるだろ、そう思わないとしょうがない。
しばらくウトウトして目覚めると辺りがざわついている。外へ出ると船は停まっていた。波はなく凪いでいる。おそらく外海が荒れていて航海出来ず静かな入り江にでも避難したのだろう。着くのは何時になることやら。あせってもしょうがないので客室に戻り再びねむる。
さらにウトウトして目覚めるとまた辺りが騒がしい。外へ出ると今度は車が殆んど降りてしまっていた。どうやら到着したようだ。時計を見ると午前3時半、勿論真っ暗だ。シェーンと一緒に降り唯一の明かりであるカフェへ行く。店内は混んでいた。といっても全員フェリーの乗客である。コーヒーを頼み一息つく。シェーンがキャンプ場があるから行こうと言う。暗闇の中マグライトの明かりだけを頼りにダートを少し走ると左手に入り口の看板があった。まず階段を下り狭い道を押す。そして吊橋を渡る。前方に人がいた。どうやら一緒にサッカーをやったチリのバックパッカー2人組らしい。一列になって橋を渡りきるとキャンプ場の敷地内に着いた。シェーンは雨の中テントを張り始めたが僕とチリ人2人は丸い屋根付きの休憩所の下にシュラフを広げて朝を待つことにした。
走行DATA D 50.95Km T 4.32.35 A 11.2Km/h Max 28.0km/h
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