PATAGONIA bicycle touring report.  Vol.U

"Carretera Austral " 第五話

* 1000ペソ≒204円 (2001年当時)

2001年1月6、7日 チャイテン

 今日は出発だ。朝食にパスタを茹でる。ひとり旅をしていると他の旅行者がどんなものを食べているのか気になるものだ。周りを見るとみんないたってシンプル。シリアルやドライフルーツ、パンにジュース等。温かいものはコーヒー、紅茶ぐらいか。朝から米を炊いたりパスタを茹でたりして温かい食事を摂るのは多分日本人くらいである。だからたまにこうして他の旅行者と一緒になると何か恥ずかしいような気分になってしまう。そういえば南米ではホテルや民宿でも朝食はパンとコーヒーのみ。ジャムはあるがハムやチーズすら付かないことが殆んどであった(安い所だから?)。まあ習慣の違いなんだからしょうがないか。
 シェーンと2人でキャンプ場を後にする。とりあえず60Km先のチャイテン"Chaiten"まで一緒に走ることにした。まずカフェに戻り2日分のキャンプ代を払う(1泊1000ペソ)。シェーンはパンを買っている。僕はチョコレートを一枚買った。
 ここから10Kmは昨日車で走っているので様子はつかんでいたのだが実際に走ると上りがきつい。僕はすぐにインナーロー(22×26T)に落とし、それでも浮いた砂利にタイヤを取られて足を着いたりしていたのだが前を行くシェーンを見ると700Cの細身のタイヤながら結構するすると上っている。(ちなみに僕のタイヤは前後ともコンチネンタル ゴリアテセミスリック26×1.6) 彼は装備を殆んどリア側に積んでいる。ハンドルもフラットで最近日本でもこのスタイルが多いけどダートでは安定するのだろうか?ハンドルの取り回しは軽そうだが古き良きランドナーに4サイドスタイルを愛する僕としてはそのスタイルではすぐに前輪が浮きひっくり返りそうで逆に不安定な気がしてしまうのだ。幅広のフラットハンドルならまだいいのだろうが、ランドナーの幅の狭いドロップハンドルには向いてないと思う。とはいえ僕の方が荒れた路面にハンドルを取られて難儀しているのは事実でありこれから千キロ以上に亘って続くダートの道のりを想いこのままのスタイルでいいのか?なんて考えてしまったのだった。結局変えなかったけど…


タイヤを交換するシェーン

 シェーンは飛ばす飛ばす。下りなんてまったくついて行けなくてどんどん引き離される。しかし彼はそのスピードのせいかパンクが多く適当な所で追いつくことになる。僕はパンクはなかったが2度落車した。いずれも下りで、走っているうちに路面の砂が深くなりこりゃヤバイとブレーキを掛けたが後の祭りで転んでしまったもの。減速した後だったので怪我はなし。
 下りだけでなく平坦な所でもルートの選択が難しく道の右や左に何度も移動しながら走る。砂利が深いので車のタイヤの轍の上しかまともに走ることが出来ない。
 そうやって苦労しつつ、でもゆっくりと確実に前進していたのだがトラブルが起きてしまった。少し前から左のフロントサイドバックの辺りからカタカタと異音がしていたのでおかしいと思っていたもののそのままにして走り続けていたけど途中やっと気が付いた。今回の旅から僕が乗っているのはツーリングは「アルプスの世界ですでおなじみ?のアルプスワールドローバー。そのキャリアにはサイド枠が付いており取り外し易いように上部をボルト2本で固定し下部はU字の溝にはめてあるのだが、何らかの衝撃で枠がその溝から外れてボルト2本のみで支えている状態になっていたのだ。当然ボルトの部分に負荷がかかりバックを外して見るといちばん薄くてやわな所にひびが入っていた。キャリア自体は10oの極太スチールパイプで作られていて相当に丈夫なのだがまるで盲点のような部位がやられてしまった。何でもっと早く気付かなかったのか?明らかに自分のミスである。枠のパイプも微妙に曲がっていて正しい位置にうまくはまらず無理やり押し込み針金でしばる。この針金は出発前にこうしたトラブルを想定して日本で買っておいた物であるが、こうして実際のフィールドで見るとなんとまあ細く頼りないものであるか。直ぐに切れてしまいそうだ。これはチャイテンで何とか対策しないとダメだろう。

 修理を終え再び走り始める。やがて雨が落ちてくる。チャイテンの少し手前にあった無人の小屋で雨宿りしていたシェーンと合流して2人で町へ向かう。雨がひどくなり風も強くなる。宿に泊まることに話はまとまり町の中を走っているとオステリア"Hosteria"の看板を発見。一旦通り過ぎたのだがシェーンが引き返してそこに止まっていた車を指差し友人のものだと言う。中へ入るとおお!あのカレタゴンザロに渡るフェリーでサラミと紅茶をくれたチリ人の一家ではないか!!シェーンのおかげで感動的な出会いとなった。暖炉のある部屋に招かれ食事をご馳走になる。鮭のフライとライス、息子が釣ったものだそうだ。しかし彼らがあまりにも寛いでいるので一時ここのオーナー一家なのかと勘違いしてしまったがれっきとした旅行者だった。その後部屋に入り久し振りに熱いシャワーを浴び10時就寝。

走行DATA D 60.19km T 4.50.47 A 12.4km/h Max 38.2km/h


チャイテンへと続く道


宿の前にてチリの一家と記念撮影
右端がシェーン

 翌日はシェーンとチリの一家は出発。僕は一人残りもっと丈夫な針金を購入した。と書きたいところだが今日は日曜日で大半の店が閉まっているので何も出来ない。しかしここで買わないと次の大きな町コジャイケ"Coihaique"までは400Kmもあるのだ。とりあえず昼間は歩いて町をひと回りし針金を売っていそうな店をチェックしておいた。
 夕方、開いていた商店でビールでも買おうと外へ出ると雨が降っていた。何気なく宿の使われていない小屋に置かせてもらっていた自転車を見に行くと見知らぬおっさんに声を掛けられた。彼はちょっとだけ英語ができる。話の流れで奥の別の小屋の中で盛り上がっている7、8人のグループの仲間に入ることになった。彼らは大工(多分)でチリ各地からこの寒村へ出稼ぎに来ているそうだ。焚き火で羊を焼いていて肉を分けてもらう。かたいけどいい味が付いていてうまい。よく分からないながらもみんなに紹介されワインを飲む。若いのが2人いてそのうちの1人が色々話しかけてきて何度も乾杯。彼らはバケツ大の大瓶に入った安い赤ワインをコーラで割って飲んでいる。スペイン語は殆んど分からないがこんな場ではあまり関係がない。逆に分かりすぎない方が友好的にことが進む場合もあるだろう。
 しかし彼らはかなり酒が入りさっきの若い奴などはからみ酒になってきてしつこいので部屋に戻る事にした。

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