PATAGONIA bicycle touring report.  Vol.U

"Carretera Austral " 第八話

* 1000ペソ≒204円 (2001年当時)

2001年1月12日 プエルト プジュウアピ〜道端

 荷をまとめた後でお金を払いに行く。5000ペソ札を持っていたけど両替したかったので10000ペソ札を渡す。が、宿のおばちゃんも困ってしまってお釣りの大半がコインで戻ってきた。何か悪いなあ。でも今更5000ペソ札があるとも言えないし…。とても重たくなった財布をFバックに入れて出発。


3時間以上待たされる

 昨日寄ったパン屋に行くと今朝は2つしかないと言われその2つを買い占める。町外れにホテルがありその軒下にサイクリストがいた。アルゼンチンはブエノスアイレスからの女性2人組。そこからしばらく行った所にゲートがあり道を塞いでいる。バックパックの男が1人。見ると工事中で9:30〜13:30まで通れないらしい。今の時刻は9時55分。後もう少しだけ早ければ通れたのに…。自転車は無理なのか?バックパックの男はイスラエル人。少し先にある氷河までの距離を聞いてゲートを越え歩いていった。その後すぐ工事関係の青年が来る。アルゼンチンの2人組も着いて交渉していたがダメ。彼女らは町の方へ引き返して行った。スペイン語で交渉してもダメなんだから自転車は通してくれないのだろう。待つしかないか。僕も少しだけ戻り、空き地のゴミ箱に自転車を立てる。幸い雨はなくブルーシートを広げて腰を据える。車が来ては引き返していく。その内の一台が止まり、女性がやかんを持って降りてくる。水を探しているようだ。目が合い挨拶。お茶でもどう?と誘われて車へ行く。中には男が1人いた。彼女はマリー、フランス人。フランスのナンシー出身だがチリに来て5年になるそうだ。男はフェルナンド、多分チリ人。MTB2台に犬を1匹連れている。スープとパンをもらい少し話をする。チリの人にとってもこの辺りは秘境に近いものがあるようだ。ゲートが開くまであと1時間程になり雨も落ちてきたので礼を言って別れる。自転車に戻り急いで荷をまとめて待つ。チリ人のおっさんグループはビールで一杯やりながら待っている。アルゼンチンの2人も戻ってくる。1時半、やっとゲートが開き車が流れ始める。道かなり悪く苦労する。右側は断崖だし。


工事現場を抜ける

 工事現場を過ぎると海沿いの静かな道になる。温泉のあるホテルが海辺にあり車が沢山停まっている。日本ならそそくさと乗り入れ一風呂やっていく所だがどうせここは温水プールの様なものだろうから素通りする。そのすぐ先のちょっとした下り坂でガツン!という音そしてプシューと空気の抜ける音がする。この旅最初のパンクは派手なリム打ち。後で調べると計4ヶ所穴が開いていた。この場は新しいチューブに交換して再出発。この先、山側に数キロ入ったところに氷河が見えるポイントがあるのだが対向してきたオーストラリアのライダーからガスって何も見えなかったよとの情報がありここも通り過ぎる。そして彼から次の峠はきついとの話もあって峠越えは明日にして今日は野宿場所を探しつつ走ることにする。
 道は海沿いから内陸へと向きを変えた。やけにまっすぐな道である。途中沢で水を汲む。透明だしうまいので大丈夫だろう。その後もアウストラル街道では沢の水をそのまま飲んでいたが多分問題ないと思う(保証はしないけど)。家が一軒ありそのしばらく先に空き地があった。奥に柵があるが扉はなく人も来そうにないのでそこにテントを張る。この日は夜通し雨が降り続いた。

 走行DATA D 35.93km T 2.48.54 A 12.7km/h Max 42.0km/h


巨大な葉


内気な道路標識


フィヨルドの深い入り江の一番奥

2001年1月13日 道端〜ヴィリャ アメングアル

 雨は明るくなった頃ようやく上がる。テントの周りは水浸しだが何とか水没は免れた。テント内でパンを2つ食い朝食とする。皮サドルにビニール袋を被せていたがしっとりと濡れている。この天候で濡らさないのは至難の業だ。9時頃出発、今日もチェーンの調子が悪い。フロントのインナーギアとの相性が悪く何処かで引っかかり直ぐ回せなくなる。センターならかなりトルクを掛けて踏んでも何ともないのでもう今日はセンターローで乗れないところは押そうと決める。出発時に青空が覗きおお晴れるのか?と思ったのも束の間、一瞬の内に暗雲がたちこめ雨が落ちてくる。
 キャンプ地から10Km程で本格的な上りになる。押すのもたまには悪くない、この深い森をゆっくりと堪能しよう、と思う。さっきまでの雨は上がり今度は陽が射してきた。雲が流れる。U字谷が美しい。何度もカーブを繰り返し高度を上げていく。やがてこれまで上ってきた道が見下ろせるポイントに着く。雄大な風景。そして峠が近づき正面の山並みの稜線にある小さな氷河から一筋の滝がダイレクトに流れ出ているのが見えそのスケールの大きさに思わず声が出た。NISSANのおっちゃんも車から降りてパシパシ写真を撮っている。この峠、広いし水も有るし木々も多いのでキャンプに良さそうだ。下っていくとでかい岩壁がドーンと現れる。当時の日記にアイガー北壁なんかよりよっぽどでかいぞと書いているが果たしてどうだったろう?しばらく下ったがかなり急で危険なので止まってブレーキ調整をする。作業中1人のサイクリストが上ってくる。オーストリア人。後5Km位?と聞くので3Kmじゃ?と答えておいたが…自信なし。
 やがて道は渓谷の上に出た。天気も良くなったし谷底を見下ろす崖上に自転車を置いて写真を撮る。しかし深い谷で水量も半端じゃない。さっきから圧倒されっぱなしである。渓谷を過ぎプエルト・シスネス"Puerto Cisnes"の分岐も通り過ぎると牧草地帯になり農家もちらほら。ここから次の町まで意外に遠い。アップダウンの末ラストにきつーい上り。路面も乾燥してインナーが使えるようになったけど押しも入る。何とかクリアし下ると突然ヴィリャ アメングアル"Villa Amengual"の町が現れた。この時点では町で買出しして適当な所でキャンプするつもりであった。町に入りパン屋を探していると見慣れた顔がある。ヴィリャ・サンタルシアで会ったオランダ人カップルだ。パンを売っているというオスペダッヘに行くと焼き上がるのは7時だと言われる。うーむ。で、別の宿を覗くとここもパンはないと言われる。
 パンが焼ける7時まで待つのは長すぎるし、さあどうしようかとなと悩む予定だったがふと前を見ると暖炉の前のテーブルに1人の真っ黒に日焼けした男が座っている。こんちわと声を掛けるとやはり日本人であった。しかもサイクリスト(もっともこんな町に泊まるのはサイクリスト位しかいないが…)。よく考えなくてもこれはすごい出会いである。路上で出会うならともかくパタゴニアの寒村の全く泊まるつもりでもない宿で会うとは!もし最初のパン屋で1つでもパンがあればそのまますれ違っていただろう。運命、ではないけど偶然とは簡単に片付けられない何かが旅にはある。
 コーヒーを頼み暖炉の前で話し込む。今日はここに泊まることに決める。さらに夕食まで頼む。彼、浅野さんはJACCのメンバーでブエノスアイレスから一気にウシュアイアに飛んで走り出したという。釣りと絵が好きで釣った魚を描いているそうだ(この時は見れなかったけどその後彼が大阪の喫茶店で個展を開いた時に見せてもらうことが出来た)。夕食は小さな肉2枚。硬くて皿まで切ってしまいそうだ。それにトマトのスライスとパン。アルゼンチンでうまくて安い肉を沢山食べてきた浅野さんは不満げだ。宿の親父はワインをしきりに勧めるが断って僕の手持ちの紙パックワインを飲むことを何とか認めてもらう。それを2人でちびちび飲っていたが暗くなってきても明かりが点かない。どうやら夜の数時間しか電気が来ないらしい。外は雨。夜はいつも雨である。

走行DATA D 58.03km T 5.39.09 A 10.2km/h Max 42.6km/h


森の中へと続く道


色鮮やかな植物に目を奪われる


峠越えの道


スケールの大きな自然に圧倒される


断崖の上に出た


ヴィリャ アメングアル

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