巨樹に出遭いたくて



背景は津軽こぎん刺し刺繍





金木町の喜良市山にある十二本ヤス。樹高33m、幹周り7m、樹齢800年以上のヒノキアスナロ(ヒバ)です。12本に分岐した枝が魚を突くヤスに似ていることから、そう呼ばれています。12月12日は、山の神を祭る日であることから神木として崇められ、赤い鳥居と白木造りの祭壇、祠が設けられています。なぜか、13本目の若芽が出ると、必ず枯れてしまうそうです。ヒバとしては、日本最古との調査結果が出ています。
場所は、林道で大変分かりづらいところなので案内地図を参照してください。







七戸町銀南木にある樹高26m、幹周12m、樹齢740年以上といわれている大銀杏です。弘長3年(1263年)、75歳で、この地に庵を結んだ法身国師の手植えと伝えられています。国師、俗名平四郎は常陸国真壁郡(茨城県)に生まれ、城主の草履とりをしていました。しかし、寒中のある日、下足を懐中で保温していたことで誤解され、怒った城主に下足を顔に投げつけられました。城主の下を去った平四朗は、その後、仏縁により中国(宋)に渡り、経山寺で修行、臨済禅によって大徳と敬られ、法身国師の法号を賜りました。帰国後は郷里の照明寺開山、さらに、時の執権北条時頼より松島の青竜山円福寺(後の瑞厳寺)開山に招かれる程の高僧となりましたが、後日の栄耀を嫌い、この地を終の住処としました。後、旧主、左衛門尉経明公主従4人も国師の弟子になり庵を設け、この地は五庵川原と呼ばれ、その礎石、井戸などが最近まで残っていたといわれています。
場所は、七戸から八甲田山に抜ける国道394号線を「東八甲田家族旅行村」方面に北に向い、農林水産省奥羽種畜牧場を通り抜けた小川の橋を越え、左折した道路沿いにあります。




深浦町北金ヶ沢の国道103号線から少し離れたところにある大銀杏。樹高30m、幹周り11m、樹齢1000年と推定されています。枝から垂れ下がる気根は、乳房状、鍾乳洞の石筍状のものもあり、婦人が乳の出ることを祈る信仰が古くからあったということです。下の写真の亀杉から道路を挟んだ反対側にも大銀杏がありますが、数分西に歩いたところにある、こちらの方が樹高も高く、樹齢も古くて立派です。







五能線北金ヶ沢駅から歩いて数分の国道103号線沿いにある「関の杉」。別名「亀杉(甕杉)」とも呼ばれる樹高35m、幹周り7m、樹齢1000年は推定されています。亀杉の傍には、関の古碑群といわれる中世の板碑があります。古碑群は、一帯にあった板碑を一箇所に集めたもので、暦応3年(1340年)から康応元年(1389年)と南北朝時代の北朝の年号が確認されます。また、碑文には安部の文字が刻まれていますので、当時、一帯に大きな勢力を誇った十三安藤(安東)氏の古碑と推定されます。板碑群は、少し規模は小さいのですが、ここから徒歩で数分の国道沿いにもあり、こちらには文和2年(1353年)から応安7年(1374年)の年号が確認できます。