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IRIAN JAYA MAP ジウィカ村のミイラ
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魔境イリアンジャヤ

プロローグ
私が初めてイリアンジャヤの中央高地を知ったのは、高校生くらいの頃に見たテレビのスペシャル番組。大学に入るとあやしげな探検部の部室を訪れた私に、先輩は一冊の本を読めとばかりに投げてよこしました。飛鵬(アスカ)と書かれたその本は探検部の部報でした。中でも強烈なインパクトはイリアンジャヤの交易路調査。そして探検部の説明をしてくれた先輩もイリアンジャヤに洞窟調査に通っていて、イリアンジャヤっていけるんだ。。。と軽いカルチャーショックを受けると同時に、何だかすごく面白そうだと思ったのです。

空港を降りたらコテカのみのダニ族ポーターがワサワサ集まってくるとか、う○こをしてもお尻を全然拭かな いとかいろいろ面白い話を聞いてはいたのに、結局私はイリアンジャヤには行かずに大学を卒業してしまいました。いつか行ってやろうとチャンスをうかがっていたら、ついに2001年10月7日〜10月16日、休暇を取って行くことが出来ました。行ってみてビックリ。ワメナ周辺は非常に美しいところでした。今でも奥地ではかなり未開な風習の残っているこのイリアンジャヤ、今が一番ホットなのかなと思います。

イリアンジャヤとは
この地は、ニューギニア島という世界で2番目に大きな島の西半分、インドネシア領イリアンジャヤ州(現パプア州)のことを差し、東半分はパプアニューギニアという独立国です。インドネシア領ではありますが、パプア系の人種(メラネシア、アボリジニーに近い)が住み、かの国ではかなり異色な土地となっています。しかし、商業、政府関係の役職はほぼ他島から来たインドネシア人が牛耳っており、インドネシアに支配されているという意識が強く、パプア系の人は「ここはイリアンジャヤではなく、パプアである」といいます。実際パプア州に変更になっています。ただ、ここではパプアよりイリアンジャヤという響きが魔境っぽい印象を受けるので、そのように表記します。一般の旅行者が踏み入れることは非常に少なく、地元の人曰く、ワメナには年に30〜50人くらいの日本人が来るとのこと。

マンベラモ川
マンベラモ川
土地の大半をジャングルが覆い、空から見ると蛇のように蛇行した茶色い河がいくつも流れるこの島は、まさに「魔境」という雰囲気がピッタリ。赤道直下の島なのに島の中央部には3,000mを超える横断山脈が走り、さながら島の背骨のようになっています。第二次大戦中追いつめられた日本軍は敵から逃れるため寒さと戦いこの横断山脈を登ったのは有名な話です。ほとんどの兵士は寒さや飢え、マラリアなどのため超えることができず何万人もの死者を出しました。この山脈には多分、今も日本兵の遺品が眠っているはず。「まだ日本軍の残存兵が山で暮らしている」なんて噂も聞きましたが、どうでしょうか。生きていたら多分最低80才くらいでしょうから、可能性は薄いかも。また、この山脈には5,000mを超える山も有り、、イリアンジャヤ最高峰、ジャヤ峰(カールステンツピラミッド)5,030mには氷河もあります。極楽鳥(現地名チャンドラワシ)という非常に優美な鳥も生息していますが、その姿は何週間も滞在して初めてその姿を拝めるといいます。さらに高地にはニューギニア高地人と呼ばれる人々がいて、男性はコテカ(ペニスケース)のみ、女性は腰蓑のみで生活していることは非常に有名です。彼らは同じ顔をしているように見えるわりには何十もの民族にわかれていて(300くらいいるとも言われています)、その昔、部族抗争でしょっちゅう首狩りをしていました。低地の方には、このご時世にまだ首狩りをしている部族もいるそうです。敵を殺したら食べてしまいます。こんなにも非現実的な地域はおそらくここイリアンジャヤだけでしょうね。人を食べたことのある人の話を奥地に行ってきた日本人の旅行者(冒険家かな)から聞きました。「今まで生きてきたなかで人間が一番美味かった」。強烈な一言だ。部族戦争で傷ついたお腹(なんと弓が貫通したらしい)をさすりながら話していたそうです。

危ないですねぇ。と言うわれそうですが、イリアンジャヤの村と村、例の人食い人種のいないところに行けば全然問題有りません。治安もよいです。現地ではトレッキングで村々を巡るのが楽しいです。いろんなコースがあり日帰りから、人食い人種遭遇の旅15泊16日〜生きて帰れるか?〜まで各種揃っています(笑)。そもそも、イリアンジャヤ高地のゲートシティーのワメナというところは普通の町で、市場などでよぼよぼのじいさんが伝統的なファッションをしているくらいなもので、ほぼ95%は服を着ています。標高も1,500mも有るので、夜など皆寒いのです。宣教師がこの地に初めて入ってから50年あまり。ワメナはすっかり「町」になっていました。しかしながら、このワメナという町でマイクロバスに乗ったとき、僕の横にかなり伝統的な格好のじいさまが座ったときはビックリしました。近代的な車にタマタマ(失礼)がはみ出している人が普通に乗ってきたのですから。。。やっぱり辺境なのでした。

※OPM(Organisasi Papua Merdeka:自由パプア運動)という、パプア独立が目的の反政府組織が活発に活動している地域は、入域許可がおりないので旅行は出来ません。2003年現在はワメナ周辺は問題なしです。

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