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扉ページの写真集
ここでは、扉ページでつかった写真を紹介しています。

サラマンカの夜景
サラマンカの夜景2006/10/29up
サラマンカは学生の町で、古い大学があることで有名。またバジャドリードと同じく、正当なカスティージャ語(スペイン語)を話すことでも有名で、そのために、スペイン語を勉強している世界中の学生がこの町に集まってくる。もちろん日本人もおおい。スペインに語学留学といえば、サラマンカ。サラマンカといえば語学留学という関係なのである。
この小さな町には古い町並みの残る旧市街もあり、世界遺産にも登録されている。この写真は町を取り囲むトルメス川をローマ橋を通って渡った対岸から写したものである、真ん中に見えているのはカテドラルである。コンパクトで学生に優しいこの町はバジャドリードから1時間しかかからない町なのに、ずいぶんと雰囲気が違う。こういう町に住んでみたいものである。 マドリードからもバスで2時間ちょっとだから、トレドもセゴビアも行ったという人なら是非サラマンカにも足を伸ばしてみることをお勧めします!
熊野古道小辺路
熊野参詣道小辺路 (世界遺産)の道沿いにある民家2006/9/9up
日本に帰省したときに、十津川村という奈良県の1/3を占めるという村にいった。これは関西でも相当な秘境になるのではないか?最寄の駅からレンタカーで2時間ちょい。そこにとった宿から急な山道を登っていくと尾根沿いに集落があった。そこには熊野参詣道小辺路 (世界遺産)と書いた記念碑があった。石畳に誘われて少し熊野古道をのぞいてみると、集落の中にはのどかなのどかな風景が広がっていた。こんな絵になるところが日本にあったなんてちょっと感動した。
セゴビアの水道橋
Valle de los caidos(内戦戦没者霊廟)2006/7/16up
マドリードの北、エスコリアル近郊のグアダラマ山中に大きな十字架が立っている。マドリードからバジャドリードに行く途中のコルーニャ街道でいつもバスから見かけていた。あれはなんだろう? それがValle de los caidos(内戦戦没者霊廟)であり、フランコ総統がスペインの内戦で戦死した人達の霊を慰めるため、グアダラマ山中に高さ約150mの巨大な十字架を中心にその下の岩山に巨大な洞窟を掘り、その中に大礼拝堂を建設したものだ。工事は1940年に始まり、1958年に完成した。ここにはフランコ総統の墓もある。
フランコの時代に生まれてないうちの妻だが、結構批判的だ。彼の墓にお見舞いなんてとんでもないが、怖いもの見たさで1回行ってみた。
これはモニュメントとしては1級品ではないだろうか?現代版の大聖堂みたいだ。。。その圧倒的な大きさがフランコの力の強大さを現在も我々に見せているようだ。
セゴビアの水道橋
セゴビアの水道橋(スペイン)2006/5/7up
セゴビアはマドリードの北部、グアダラマ山脈の北にある小さな町ですが、そのシンボルといえるのが、このローマ時代の水道橋。全長が813メートル、高さが最高で30メートルにも及ぶ。接着剤を使用せず、花崗岩の切石を積み重ねただけである。スペインにある水道橋で一番規模が大きい。あまりに大きくて近くからでは全貌がつかめないのであるが、この写真のように展望台がある。
また、セゴビアには白雪姫のモデルになったという城(アルカサール)があるが、それもセゴビアのシンボルとして橋とまったく反対側に位置している。その城もライトアップされたときが本当にきれいなんだが、写真をとったらまたここに載せたいと思う。セゴビアは標高1000mを越えているので、夏でも少し涼しくてすごしやすい。
<世界遺産>セゴビアの旧市街と水道橋
フエンテデーの岸壁
フエンテデー(スペイン)2006/3/20up
スペインは割りと平坦な地形なのであまり山がないのですが、あるところにはあります。有名どころではフランスとの国境をなしているピレネー山脈、イベリア半島最高峰、ムルアセンを有する南部のシエラネバダなどなど。そしてこの写真は。。。ピコスデエウロパのフエンテデーです。誰か知っている人いますか?というくらい日本では無名かもしれませんが、この圧倒的な岸壁をみればわかるとおり雄雄しい山脈です。標高が2000mちょっとというのが無名な理由かもしれません。ここには標高差が753mのロープウェイがあって、2度目の今回もこれに乗れませんでした。次こそは岸壁の向こう側を見てみたいです。このピコスデエウロパを通るN-621号線はカンタブリア海から来るとまるで谷底を走っているかのようなワインディングロードのあと、荒涼としたカスティージャ台地に入り景色の移り変わりに驚かされます。
ちなみに、マドリード北部にもグアダラマ山脈という2000m級の山脈があり、冬は雪がつもりスキー場もあります。
トレドの町並み
トレド(スペイン)2005/9/17up
トレドはマドリード近郊にある、世界遺産にも指定された中世の面影を残す町。石畳ののこる旧市街の小道を歩いていると本当に中世にタイムスリップしたような感覚に陥ります。特にエルグレコが描いた「トレド風景の光景」がばっちり見渡せるタホ川対岸のパラドールからの眺めは最高。マドリードから車で1時間のところにあるにもかかわらず。まだ一回しかいったことがない・・・。夜景はすばらしいに違いないと思うので、今度は是非夜景の見れる時間にきてみたいところです。
また、この町はスペインではよくクリスマスに食べられるお菓子「マサパン」の元祖。お土産にこまったらこういうのもいいのではないでしょうか。
コインブラの町並み
コインブラ(ポルトガル)2005/6/26up
スペインにやってきて3週間ちょっと。先週仕事でポルトガルへ行ってきました。スペインと違うこじんまりとした町並みがなかなかいい雰囲気です。スペインはピソと呼ばれる日本でいうマンションに住む人が大半ですが、ポルトガルは見た感じスペインほど大掛かりなピソは少なく、アパートって感じです。田舎のほうでは一軒家に住んでいる人がほとんどのように見えます。 ポルトガルではポルトガル語ですが、スペイン語とすごくよく似ているので、ポルトガル語訛りのスペイン語を話すポルトガル人が多いです。でもポルトガル語を話すスペイン人はほとんどいません。この辺に両国の力関係が現れてますね。
ところでコインブラは大学の町といわれています。丘の上は各学部の校舎でいっぱいです。この丘に真昼に歩いて登ったら汗だくになりました。タクシーやバスで登ったほうが賢明かもしれません。逆に下りは歩くと古い町並みを楽しめます。
金閣寺
金閣寺(京都)2005/1/8up
昔、小さいころ、14年間も大阪に住んでいたので、京都なんて週末の遠足ぐらいにしか思っていなかったのに、今になってときどき行ってみたくなるのはなぜだろう?去年の秋に実は新婚旅行(これについては追って・・・。)で京都に行くことになるとは思いもしなかったです。京都といえば見所はたくさんあるけれど、やはりはずせないのは金閣寺でしょうね。清水寺も結構外人いたけど、ここは観光客の半分かそれ以上が外人観光客でした。やっぱりうちの妻(これについても追って・・・。)も例外ではなかったようです。小さいころあれほど京都に行っていたのに、金閣寺に行ったのはこれで3回目です。紅葉はまだほとんどしてなかったけど、改めて結構いい景色だなと思います。しかし、ここの池の鯉はえさやると、陸まで身を乗り出して食べるほど威勢がいい。いつか池から飛び出して死ななきゃいいけど。
チベットの砂漠
チベット自治区(中国)2004/10/9up
久しぶりの更新です。これはチベットのツェタンからサムイエ寺に向かう途中の景色。チベットはとても乾燥していて、砂丘も結構あって、その大きさも年々拡大しているらしい。ここで記念撮影すれば、サハラに行ってきたとかうそつくのも簡単かも。しかしここサムイエ寺近辺はヤルツァンポ川が流れているため、水が豊富である。極度の乾燥地帯だけど、水は結構あるという微妙な状況なので、こんな写真のような不思議な風景が出来上がるのだろう。これで寒くなかったら飛び込んで泳ぎたいところなんだが、実際の水はしびれるほど冷たいのだ。ちなみに、この川には鱗なしの魚がすんでいて、昔は魚を食べなかったチベット人(ヤルツァンポ川には人の死体も流されて、それを食う魚は不吉なものだと思われているらしい)も中国人の影響で食べるようになってきたとか。
タンブン風景
タイ・タンブン風景2004/7/26up
タイの人は結構信心深い。おおもとは仏教であるが、日本と違う大乗仏教なため、日本にある寺よりも派手だし、お坊さんのいでたちも結構違う。日本人から見るとわびさびがたりないとも感じるが・・・。そして独特の信仰として「ピー」というおばけのような座敷わらしのようなそういうものを信じている。何か災いが家に起こるとその「ピー」の仕業だといい、家の軒先には「「ピー」の家なるものもある。そして災いが起こると、お坊さんを呼んできてタンブンをするのだ。「お祓い」のようなものか。この写真のときの災いは家の天井から蛆虫が落ちてくるというものだった。原因不明だから非常に怖かった。しかし坊さん達がお経を唱えるのだが、なんかコミカルであんまりありがたくなく感じた。そして蛆虫はその後少なくなったけど、たまに落ちてきた。
ハイアトラスの旧街道
ハイアトラスの旧街道2004/6/16up
右側に日干しレンガでできた集落、左には緑濃いオアシス。乾燥地帯にはこのような村が多い。しかしオアシスの中に住んだほうが快適だと思って一度ガイドに聞いたら、オアシスは植物が育つから住むのはもったいない!のだそうだ。
モロッコ南部ハイアトラスの奥地、アイト・ベン・ハッドゥとテルワットカスバの間は昔はハイアトラス越えのメインロードだった。しかし今では迂回する舗装路ができ、この道を通る人はほとんどいない。何度も川を渡渉し、ボッコボコのダート道を何時間も走らなければいけないからだ。でも街道沿いにはまったく観光地化されていない村があって、素朴な人がいて、洞窟住居の跡なども見れる。そして世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥと幻のカスバ、テルワットカスバを見れるという結構贅沢な道なのだ。ちょっとアドベンチャーしてみたい人はいってみてはいかが?
エッサウィラに沈む夕日
エッサウィラ2004/5/15up
モロッコはほとんどアフリカの香りがしませんが、一応アフリカです。アフリカといえば、大きな太陽。マラケシュから車で3時間のところにあるこれまた世界遺産と白い街で有名な港町エッサウィラは、大西洋に沈む雄大な夕日も見られます。アフリカらしく今回は大きな夕日です。
ここの港にはかもめが多く、多分一生分のかもめを見たかもしれません。あと面白いのは港です。何の種類かわからないけれど、大うなぎのようなうつぼのような魚を一本手に持って突っ立っているスカーフにジュラバのご婦人がいます。さて何をしているでしょう?と思ったら、近くにいた親父が「それはいくらだ?」と聞いていました。
「売ってるんだ!」
軽いカルチャーショックを受けました。そのうなぎうつぼの顔がまたとぼけているからさらに面白かったです。
マラケシュ・メディナ
マラケシュ・メディナ2004/4/4up
マラケシュはメディナ(旧市街)と新市街に分かれています。家の外壁は赤い色でほぼ統一されているため、赤い町とも呼ばれています。メディナは迷路のような細い路地が網の目のように張り巡らされていて、車も通れないところも多いです。メディナを彷徨っていると時にタイムスリップしたような感覚に襲われることがよくあります。これもそんな一枚です。
マハミド近郊の砂丘
マハミド近郊の砂丘(モロッコ)2004/3/13up
モロッコといえばサハラを思い浮かべる人が多いでしょうね。サハラとはアラビア語で「荒れ果てた何もない大地」という意味で、それ自体が砂漠を意味しています。だからサハラ砂漠と呼ぶと「さばく砂漠」といった変な意味になります。また、アトラスを越えた内陸部は一部のオアシス以外すべてがサハラなわけですが、ほとんどは石がごろごろした土漠で、我々のイメージするさらさらの砂丘は一部に存在するのみです。モロッコで有名な砂丘スポットはマハミド近郊とメルズーガ近郊です。この写真はマハミド近郊のもの。この砂漠は砂が白や黄色ですが、メルズーガ方面にいくと、赤い砂丘となり、見た目はメルズーガの方がきれいかもしれません。ただザゴラのほうは写真のようにナツメ椰子が砂丘から生えているというような面白い風景が手軽に見られます。いざラクダで砂丘へ。
ングォー(ラクダの声)。
アイトベンハッドゥー
アイトベンハッドゥー(モロッコ)2004/2/14up
アイトゥベンハッドゥーは、マラケシュからハイアトラスを越えて、半分砂漠になっているところに突然現れるオアシスと山にへばりつく家々で有名なモロッコの代表的なクサルです。クサルとは要塞化した村のことで、周りが城壁に囲まれており、外敵から身を守るためのさまざまな工夫が凝らされているのが特徴です。 アイトベンハッドゥーは保存状態もよいため、ユネスコの世界遺産に登録されています。ですから世界各地から訪れる観光客はもちろん、アラビアのロレンスやエキゾシストなどの映画の撮影も訪れています。 その世界遺産の中にはなんと、現役で人が住んでいます。聞いた話によると、現在は8家族35人の人がこのクサルの中に住んでいるということです。 内部に住んでいる人たちは、おみやげ物やを開いたり、絵を描いてギャラリーで絵を売って生活していたりといろいろですが、概ね観光客相手の商売が多いです。
チベタンの子供
白馬村(中国・四川省)2004/1/10up
四川省にもチベット人がたくさん住んでいる。我々の思い描く荒涼とした大地ではなく、緑いっぱいの山間部にも。そんな村の一つが白馬村。九寨溝の近くにある。観光地化されているけれど、子供はかわいい。お母さんが洗濯している横で半分邪魔しているようにも見えるが、一生懸命手伝おうとしているところがかわいい。この写真は自分でデスクトップの壁紙にも使っている結構お気に入りである。実際はこの辺りに住んでいるチベット人は本当のチベット人とは若干違うらしいが、見た目には違いが分からない。モロッコ人の友達に見せたら、日本人ですか?とてもかわいいですねー。といっていた。私にもわからないのだから、彼らが日本人も中国人もその他アジア人もみんな同じように思うのは仕方ないのかもしれない。
私の妹ですと言っといた。
シャウエンの路地にて
シャウエン(モロッコ北部)2003/12/16up
シャウエンはモロッコ北部、リフ山脈の山間の村。長い間異教徒に閉ざされていたこの村は、秘境と称されることもあるようだけど、現在はかなりツーリスティックな街になっている。でも、名物の青白い家並み、パノラミックな大岸壁のある二本の角(それがシャウエンの名の由来)の眺め、フレンドリーな人々はきっと旅人の心を癒してくれるに違いない。
この街をはじめ、北モロッコの人々はスペインが近いせいか、スペイン系との混血も多く、全体的に色の白い人が多い。中にはブロンドに青い目のモロッコ人もいる。言葉もこの辺ではアラビア語の次はスペイン語で、フランス語よりも通用率は高い。「ボンジュール」ではなく、「オラ!」と声をかけられると、スペインとの距離が近くなっていることを感じる。
時間があったら、何泊かしたかったけど、今回は1泊だけ。後ろ髪惹かれる思いで街を後にした。
ザグ村
ザグ村(チベット自治区、梅里雪山一周巡礼路中)2003/11/8up
この村の段々畑なかなかきれいだと思いません?残念ながらこのとき私は200m上方(推測)にいたため、この村を訪れることはなかったのですが、こんな村で日がな一日のんびりと過ごしたいものです。
巡礼路中にはこのような村がたくさんあり、電気ガス水道などもちろんなく、自分で畑を耕し、薪を取ってきて質素な暮らしをしています。この村の標高は2000mちょっとで、非常に乾燥していて薪が取れないのですが、なぜか標高3000m以上のところには森林があって、そこから切り出した薪は電線のように張り巡らされたロープを伝って一気に村まで下ろしています。この辺りから自動車道路までは歩いて4〜5日というとんでもなく田舎なのですが、チベット人巡礼者はたくさんくるため、外界の人に対しても閉鎖的ではなく、程よい距離で接してくれるのでとてもすごしやすかったです。もっとも私を日本人だと思う人はほとんどいなかったでしょうけど。
<今月の写真>2003/10/9up
ビビハニムモスク
ビビハニムモスク(サマルカンド・ウズベキスタン)
これは、モロッコと同じイスラム教国のウズベキスタンです。そういえば、挨拶もアッサラームアレイコムだった。人々はアラブ人ではなく、アジア系とロシア系。イスラム教はモロッコ以上に形だけですが、モスクは立派。モロッコのそれとちょっと雰囲気が違います。モロッコではイスラム教信者以外はモスクに入れませんが、こっちは入れます。ウズベクのイスラム建築はこうしてモロッコにいて思い出すと、「うーんあっちのほうが立派だったかもしれない」と思うほどしっかりしたものが多かったような気がします。
フナ広場
フナ広場(モロッコ・マラケシュのメディナ) 2003/9/10up
現在滞在中のマラケシュのメディナ(旧市街)にあるフナ広場は、常にエネルギッシュで桃源郷の風景にはほど遠いかもしれませんが、とても印象的な場所です。マラケシュ最大の観光地であると同時に、モロッコ最大の見所かもしれません。昼は暑いので、オレンジジュースなどの屋台しかありませんが、夕方17時も過ぎてくると、昼はなにもなかったところに、串焼き、タジンなどの屋台が出て、どこからともなくわらわらと人が集まって来ます。大道芸人や物語を語る老人、占い師、いろいろなものがみれます。各屋台からもくもくとあがる煙と太鼓のリズムが印象的です。上の写真はCafe de Gracierというフナ広場の南にあるカフェの2Fからとったものです。コーラ1本で8dhと高いですが、高台から眺める人間ウォッチングはなかなか楽しいです。
ユネスコ世界文化遺産<マラケシュのメディナ>
ポタラ宮
ポタラ宮(中国・チベット自治区・ラサ) 2003/7/29up
かつての探検家たちがこぞって目指したチベットの禁断の都・「ラサ」。今ではそんな秘境のイメージも色あせてきてはいるが、それでもある種の旅行者にとっては憧れの地であることには変わりはない。ポタラ宮はチベット最高指導者のダライラマの居城としてたてられたものの、14世はインドへ亡命しているため今では主なき城である。「博物館のようになってしまった」とか、「チベット人より中国人の方が多い」などともささやかれているが、絶えず巡礼者が訪れ、富士山の頂上とほぼ同じ標高約3,700mにそびえる様は、まさに「天空の都」の盟主にふさわしい。でも高山病には気をつけて!
ユネスコ世界文化遺産<ラサのポタラ宮>
黄龍
黄龍(中国・四川省) 2003/7/5アップ
黄龍は九寨溝のおまけのように一緒にツアーで回られることの多い景勝地。でも決しておまけではなく、単体でも十分に素晴らしいところである。石灰岩の作り出した池は七色の輝きを放ち、その姿形が似ていることから、東洋のパムッカレとも呼ばれる。標高は2,800m〜3,100mの間に広がっており、風船のような酸素バッグをもった中国人旅行者が遊歩道を埋め尽くしている。上空からみると黄色い龍がいるように見えることから黄龍と呼ばれる。中国語読みで「ファン・ロン」なんか響きがちょっとかっこいい。ちなみに魚は生息していない。泳いで見たいと思うのは私だけではないはずだが、遊泳禁止である。
ユネスコ世界自然遺産<黄龍の自然景観>
ウユニ塩湖
ウユニ塩湖 2003/6/7アップ
上の写真、塩以外のものがほとんど見当たりません。塩と空だけの世界。ウユニ塩湖はボリビアのアルティプラーノ(高原)にある世界最大の塩湖です。標高は3,650m、面積は9,000平方km。乾季に行くと(撮影は9月)水も完全に干上がっており、塩の上を車や自転車で走れます。自転車で湖を横断しましたが、100km以上あり、塩湖を抜け出るのに2日かかりました。一面真っ白で地平線の彼方までまっ平らです。湖には島があり(写真にもうっすら写っています)、サボテンが生えています。塩湖上でしたキャンプは今まででもベストキャンプの一つです。夜は-10℃にもなる中、星降るような空を見て、朝はオレンジ色に染まる塩湖は感動的でした。
グアナファトの夜景
グアナファトの夜景 2003年5/25アップ
グアナファトはメキシコシティーの北にあるコロニアルな町。町の中は石畳がしかれ、メキシコらしくない落ち着いた雰囲気がとてもいい。朝、ひんやりとした空気に包まれながらソカロ(中央広場)のベンチに腰掛ける。なが〜いホウキで落ち葉を掃除する人、新聞を読んでいる人、登校中の学生、客引きもいないのでとても居心地がいい。郊外にはミイラ博物館なるものもある面白い町なのだが、やはり一番いいのは夜景だろう。ピピラという銅像のある丘から見る夜景は息をのむ美しさ。細い路地にはカンデラがともり、都会とは違い人々の生活の情景が感じられる夜景だ。
ユネスコ世界文化遺産<古都グアナファトと近隣の鉱山群> 

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