サルバドール(ブラジル、バイーア州)での日々。

2002年12月1日(日)

過去の日記に何回か「学校」のことを書いた。が、もうちょっと詳しく説明すると、正確には「学校」ではない。州政府とバイーア州立大学による「職業訓練プロジェクト」で、約3ヶ月半のコースだった。地元の黒人の若者のためのコースだ。

そこにどうして私が参加できたのか? 私は、地元の人間でもないし、黒人でもない。おまけに若者でもない(すみません)。どうして私が正式に参加できることになったのか、自分でもよく分からない。私は、
たまたま、そこに居合わせただけ。たまたま、一緒にパーカッションを習っていた女の子が、「Miwもこれに応募するといいよ。」と勧めてくれた。私はなんだかよく訳がわからないまま、名前や住所などを記入して提出した。どうも無料でパーカッションやダンスの授業が受けられるらしい。私は外国人なので、応募しても無理だろう、と思っていた。何の期待もしていなかった。

ところが、忘れた頃になって、友達の女の子から電話があった。「Miw、UNEB(バイーア州立大学)のコースが始まるから、月曜日の朝、ペロウリーニョに行かなきゃだめだよ。」

授業は全て無料。行帰りのバス代とおやつまで出た。私はなんだか申し訳ない気持ちになった。せめてまわりの若者たちを助けて恩返しでもしたい、と思ったが、何をしてあげたらいいのかよくわからない。その場、その場で思いつくことをして、なるべくまわりのみんなとコミュニケーションをとって、なんとか3ヶ月半のコースを終えた。修了証までゲットした。

このプロジェクトは、いくつかのブロコ・アフロ(カーニバルで活躍する打楽器チーム)を通して行われた。私は、「ムゼンザ」というブロコ・アフロでお世話になった。パーカッションの授業では、「ムゼンザ」のリズムを教えてもらい、クラスのみんなで、ムゼンザの「サンバ・ヘギ」を叩いた。(=サンバ・レゲエ。サンバとレゲエを組み合わせたリズム。でも、全くレゲエには聞こえない。)

ムゼンザは、ペロウリーニョで毎週木曜日の夜、公開練習をしている。もちろん様々なお祭りやカーニバルにも参加する。職業訓練コースのときの縁で、私はムゼンザのみんなと一緒に太鼓を叩いている。人生何が起こるかわからないものだ。

ブラジルでは、積極的に行動すれば、いろいろなことに参加できる。ブラジル人は、みなオープンで寛大だ。カーニバルに参加するのも、ブロコ・アフロに参加するのも、ちっとも難しくない。大事なのは、意欲と行動力、まわりへのちょっとした配慮。それだけ。

サルバドールのカーニバルは、ブラジルで一番人が集まる、一番熱いカーニバルだ。しかも、参加型。時間の余裕のある方、是非、サルバドールのカーニバルに参加してみては・・・?




2002年12月2日(月)

家の近所で、ゼリア・ドゥンカンのライブがある、というので観に行った。料金は15ヘアル(約600円)。こんなに安くていいのー?この値段で本当にゼリア・ドゥンカンが出演するの?・・・などと考えながら、ライブの会場へ。入口では、人々がビールを飲んだり、おつまみのチーズを食べたりしている。私も一緒になってビールを飲む。ビールまでついてるなんて。いい気分になって、会場内に入る。

会場は中サイズのホールといった感じ。前座が終わると、ゼリア・ドゥンカンが登場した。楽器は、彼女の弾くギターとギタリストのギターのみ。シンプルだが、彼女が放つエネルギーを、直接感じられるような演奏だった。その日、落ち込みぎみだった私は、一番前の席で、ギターを奏でながら歌うゼリア・ドゥンカンのオーラを浴びながら、心地良さに浸った。

CDを聴いたときは、ゼリア・ドゥンカンってインテリっぽい人かな、都会派って感じかな、と思っていた。でも、実際の彼女を見たら全然違った。存在全体で表現をするアーティストだった。ブラジルのミュージシャンって皆そんな感じだけれど。

年末からカーニバルにかけて、サルバドールでは、あちこちで様々なライブが行われる。落ち込んだりしたときは、音楽を演奏するか、演奏を観に行くに限る。音って、本当に人を癒す力があると、最近ますます確信している。


11月の日記は、こちらです。

主な内容:「カンジアウの少年たち」「ファヴェーラ」「ペロウリーニョ」
10月の日記は、こちらです。

主な内容:「デジタル・カメラ」「第2回目の大統領選挙」「ルーラ」

9月の日記は、こちらです。

主な内容
「ムケカ」「学級崩壊」「大統領選挙」「アサイ」「マタ・アトランチカ」「パンデイロ」「スペイン語」「罰ゲーム」など・・・



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