++++ サルバドール日記 2003 ++++
(ブラジル・サルバドールでの日々)

2003 01 27
セウマの友人の家に行く。サッカー競技場の近くで、すごく見晴らしがいい。ベランダからサルバドールの街全体が見渡せる。飛行機が空港の方に降りて行くのが見える。

家の主は、どの飛行機がどの方面から来たのか全部わかるという。その上、しょっちゅう
UFOが通るのを見ているという。

「最近のUFOは飛行機の形をしたものが多い。でも、機体に何も書いていないし、音もしないので、UFOだとわかる。重さもないので、少し飛び方が違う。」そうだ。ほんとかなー?

ブラジルにはUFO好きの人が多い。しかも結構年配の男性が、真面目にUFOについて語ったりする。人類が核爆弾を使用しないかどうかチェックしているそうだ。なるほど・・・。




2003 01 26
プライア・ド・フォルチからさらに北に15kmほどいくと、インバサイという村&ビーチがある。そこに行こうと思ったのだが、バスが村まで着かないと言う。リーニャ・ベルジ(サルバドールの北、海岸近くを走る街道)から2キロ歩かなくてはいけない。風邪をひいているし、暑いし、お金もあまりないので、断念。次の機会にしよう。

サルバドール行きのバスが来る。ほんとはもう少し、サルバドールから離れていたかったが、他に行くところもなく、結局、サルバドールに戻ることになってしまった。




2003 01 25
あまり咳がひどいので、サルバドールを出て、プライア・ド・フォルチ(サルバドールから約85kmのところにある海岸)に避難。

全然、雰囲気が違う。体がすごく休まる。ビーチの椰子の木の下で横になって空を見る。なんだか、パラダイス。

バイーアのビーチってほんとに天国みたいだ。唯一、悲しいのは、カマサリにある工業地帯。70年代に政府が工業化政策のために作った。なんでこんなに美しいところに、あんな工場が・・・?信じられない。

最近、政府は「観光」に力を入れている。工業よりは、環境にやさしいが、それでも人が集まれば、ゴミや汚水が出る。でも、それが今の地球の現状。悲しいけれど、私も都会生活者の一人で、ゴミを出したり、工業製品を使ったりしている。空気の汚染に苦しむのも、自業自得かも。

なんてぼんやり考えながら、椰子の木が揺れるのを見ている。砂が体の中の毒を吸い取ってくれるみたい。悲しいこともあるけれど、ここはやっぱり天国に似てる。




2003 01 24
風邪をひいて、咳がとまらない。アマゾンから戻ってきてからずっと。アマゾンでは、酸素いっぱいの空気を吸っていたのに、サルバドールに帰ってきたら、車の排気ガスでいっぱいだ。旅の前は慣れてしまっていて気付かなかった。体が拒否反応を起こしている感じ。しかも夏風邪は治りにくい。暑いので、ついつい体を冷やすようなことばかりしてしまう。すごく苦しい。



2003 01 23
夜、ブロコ・アフロ「ムゼンザ」の練習を見に行く。去年の日記でも紹介したが、私を最初に仲間に入れてくれたのは、この「ムゼンザ」だ。

ところが、ムゼンザは問題だらけ。やることなすこと全て適当で、物事がすんなり進まない。政府の「職業訓練プログラム」でも、連絡が悪くて先生がこなかったり、教室がなかったりして大変だった。

それでも、よそ者の私を温かく受け入れてくれるファミリーみたいなところがあった。ムゼンザのサンバ・ヘギも好きだった。夜、みんなと一緒に太鼓を叩くようになったものの、やっぱりムゼンザはムゼンザ。問題だらけ。太鼓は少ないし、ケンカするし、男性ばかりで怖いし・・・。

もうこんなところにはいられない、と思い、女性チーム「ムリェラーダ」に避難していた。

久しぶりにムゼンザに顔を出してみると、みんなすごくやさしい。太鼓を叩け、叩けと勧めてくれる。太鼓が少ないのに貸してくれようとしたり、チームのTシャツを貸してくれようとしたりする。でも、メンバーはほとんど男性で、すごい迫力。ムリェラーダでさえ浮いていた私が、こんな激しいところに入ったらもっと浮いてしまう。

温かく受け入れてくれる人たちから離れ、別のチームに行くなんて、やっぱり良くないよなあ。でもムゼンザが「混乱の巣窟」であることに変わりはないし。一緒にいるとすごく大変。

ああ、私どこのチームに入ったらいいんだろ。また、優柔不断病に陥ってしまった・・・。んー、後で考えよ...。




2003 01 20
朝はヘナートのところで、夕方はカンジアウでパーカッションの練習をした後、夜、友人のセウマの家に行く。

彼女は、貧しい子供たちにエコロジカルでスピリチュアルな教育をする
NGOのリーダだ。以前、日本に留学していたこともあり、話が合う。すごーく不思議な人。是非、近いうちにHP上で、彼女の素晴らしい仕事を紹介したい。

生徒の描いた絵




2003 01 18
午後3時過ぎに、ムリェラーダの練習に参加する。私の叩いているのは、ヘピーキという太鼓。歩きながら叩くのは、これが初めて。しかも踊らなくちゃいけない。踊ると叩けなくなり、叩くと踊れなくなる。一人だけ浮かないように、頑張っても、やっぱり何だか浮いてる。体が自然に動かない。

2時間くらい叩いていると、ちょっとは動けるようになってきた。それにしても、ほんと疲れたなーっ!






2003 01 17
午前中、ヘナートのところで、パーカッションのレッスンを受ける。ヘナートは、女性だけのブロコ・アフロ(パーカッション隊)「ア・ムリェラーダ」のリーダだ。ヘナートにブロコ・アフロの構成や楽器について教えてもらっている。

昔、リズム・マシンでいろいろなリズムを作るのが大好きだった。コンピュータを使うようになってからは、結構複雑なリズムを組むことが可能になった。グルーヴ感のある変拍子などが何故か大好きだった。それってブロコ・アフロじゃないか!?ブロコ・アフロを見ていると、いつも昔使っていたリズム・マシンを思い出す。

私もまた、いろんなリズムを作って、ブロコ・アフロを作って演奏したい。できれば女性だけのグループ。衣装なども作って。メンバー募集でもしようかな・・・。






2003 01 16
今日は、ボンフィン教会の祭りの日だ。祭り見物のために、街の中心までバスで出かける。本当は、地元のブロコ(パーカッション隊)と一緒に祭りに参加することもできたのだが、旅行でずっと練習をサボっていたので、顔を出しにくかった。今日は、観光客になりきることにする。

街の中心近くまでくると、渋滞でほとんどバスが動かない。途中で降りて、歩いていく人もいた。私は終点のプラサ・ダ・セーまで行き、そこからラセルダ(大型エレベータ)で下町へ。

下町では、様々なグループが、様々な格好をして行進している。行進は、ここからボンフィン教会まで続くそうだが、実際には結構、距離があって大変なので、全部歩く人は少ないだろう。

ボンフィン教会は、バイーアでも最も重要な教会のひとつ。多くの人々の信仰を集めているので、気合いの入った祭りを想像していたが、そんなことはなかった。楽しそうに踊る人、ビールを片手にフラフラしてる人、物を売る人、熱心に楽器を演奏する人、ただなんとなく見物に来た人・・・などが混然一体となって歩いていく。私は、橋の上から行進を観察していたが、暑いし、人も多いので、ボンフィンまで行くのを断念。帰りに、アカラジェ(バイーアの代表的な食べ物)を買って食べた。

(「日々の写真」を是非、見てみて下さい。)


アカラジェ




2003 01 15
一番大変なのは、ごく平凡な日常だと、やっと悟る。朝、いつものお店にオレンジ・ジュースを飲みに行く。

夕方、
カンジアウにパーカッションを習いに行く。久しぶりにチンバウを叩いたら、手が痛くて痛くて、叩けない。枠が金属なので、叩くと手がぶつかるのだ。黒人のお兄さんたちは、分厚い手をしているけれど、私の手なんて薄っぺらくて、全然ダメ。また、挫折しそう。少し休んでから懲りずにまた、パンデイロに挑戦。私の先生は、パウリーニョとアンダソン(どちらか、機嫌の良い人が出てくる)。パウリーニョは、まるで魔法のようにパンデイロを叩く。なんでそんなに上手いの?どうせ、私は同じようには叩けないから、真似する必要ないや。私なりのやり方で叩こう(半分、あきらめてる)。

いつも思うのだけど、楽器って絶対、男性用に作られている。ギターには何度も挑戦したけれど、何度も挫折した。手が小さすぎて、ちゃんと音が出せない。ブラジルでは、昔、女性は楽器を弾かなかったそうだ。楽器を演奏するのは、男。

そういえば、昔、日記は男性が書くものだったよね・・・。
そんなことをあれこれ考えながらも練習、練習。考えながら叩くと間違えるので、最後は無心になって練習。

1時間くらい叩いていると、頭の中がスッキリ!体も軽くなる。
}
やっぱりカンジアウに来て良かった。また、来週も来よーっと。





2003 01 14
部屋に一人でいると死にそうになる。私も田舎のコミュニティで暮らしたい。
友人のフラヴィオにTEL。アマゾンのお土産を渡す。一緒に昼食をとったあと、彼は仕事へ。私は買物へ出かける。出かけた先で、また偶然、フラヴィオに会う。CDを物色している。
この人は、一体、いつ仕事をしてるんだろ!?

家に着くと、金さんから、無事コミュニティに到着したとのTELがある。





2003 01 13
アマゾンにいたときは、いつも人と一緒にいた。ここにいると孤独だ。都会の生活は悲しい。自分のために生きるのって、すごく退屈。大勢の人と一緒に暮らしたい。一人はイヤだ。

それにしても、すごく暑い。何もしなくても汗が出る。





2003 01 12
アマゾンで知り合った韓国の金さんからTEL。今日、アマゾンからサルバドールに着いたと言う。夫と金さんと3人で、夕食に出かける。

金さんは、ソウル近郊で自然農法を基盤にした
コミュニティを作っている。現在、世界じゅうのスピリチュアルなコミュニティを訪れる旅の途中だ。去年は、本も出版したそうだ。次の目的地は、シャパーダ・ジアマンチーナにあるコミュニティ。(シャパーダ・ジアマンチーナについては、「旅の写真」で紹介しています。)

夕食の席で、コミュニティの話、旅の話、日本人に対する正直な感情など、いろいろな話を聞くことができた。すぐ隣の国について、あまりにも何も知らなかった自分に、改めて気づく。かつて、全ての文化は朝鮮半島を経由して入ってきていたというのに。

金さんの本、すごくおもしろそう。誰か日本語に訳してくれないかな・・・?





2003 01 11
今日、アマゾンから戻る。体じゅう虫に刺されたあとだらけ。でも、マラリアにもかからず、事故にも遭わず、無事に帰宅できた。

去年は、日記を頑張って書きすぎて、結局、ちょっとしか書けなかったので、「日記」にならなかった。今年は、もっと気楽に書こう!



カコの日記
2002年12月の日記


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