サルバドール(ブラジル、バイーア州)での日々。

2002年11月8日(金) 天気:曇り、ときどき雨。

今、一番気に入っているパーカッションの先生は、カンジアウの少年たちだ。いろいろな人にパーカッションの指導を受けたが、彼らが一番良い。熱心に教えてくれるし、とてもセンスがいい。

カンジアウというのは、サルバドールにある貧しい地区で、迷路のような細い道路が続いている。貧しいと言っても、何故かどの家にもちゃんとカラーテレビがある。大きな冷蔵庫もあるし、家の中は結構きれいに整えられている。が、なんと言っても彼らが恵まれているのは、あのカルリーニョス・ブラウンが作った「プラカトゥン」という音楽学校で教育が受けられることだろう。

ブラジルの人々にとって、楽器は高価なもので、手に入れるのは簡単ではない。学校に音楽の授業もない。ところが「プラカトゥン」には、楽器や機材が驚くほど揃っている。世界的に成功したミュージシャン、カルリーニョス・ブラウンが、自分の出身の地区、カンジアウに音楽学校を作ったのだ。彼は、地元の若者を集めて「チンバラーダ」という打楽器集団を作り、カーニバルでも活躍している。私財を投じての町おこしだ。彼らはたしか日本でも2度ほど公演をしたはずだ。

私の先生は、チンバラーダで太鼓を叩き、プラカトゥンで訓練をし、自分たちのバンド活動もしている。全てはカルリーニョス・ブラウンのおかげである。彼らが細かく指導してくれたおかげで、一度挫折したパンデイロ(9月の日記参照)にも改善の兆しが見られはじめた。チンバウも習っているが、このまま続ければ上手くなりそうな気もする(?)。とにかく、太鼓を叩いていると、頭の中がまっ白になり、気分がいい。更に叩き続けると、だんだん燃えてくる。うーん、これって打楽器によるトランス状態か。




(中央2人が先生です。)


2002年11月9日(土) 天気:曇り、ときどき雨、ときどき晴れ

久しぶりに暇な土曜日を迎えることができたので、今話題の(もう、ちょっと遅いかな)ブラジル映画「シダージ・ジ・デウス」を見に行った。この映画は、リオ・デ・ジャネイロのファヴェーラ(大都市の貧しい地区。無法地帯)における暴力や麻薬取引きを描いた映画だ。私は、ヴァイオレントな映画は好きではないので、観るつもりは全くなかったのだが、まわりの人々が「いい映画だ」と薦めるので、好奇心が湧いてしまった。

確かにリアルで大胆な描写は、外国でも話題になるだろう(私はやっぱり好きではないけど)。これってどこまでファヴェーラの現実に近いんだろうか。ほんとにこんなに激しいのか。そういえば、ほぼ毎日のように、警察対ファヴェーラのギャングたちの撃ち合いをニュースでやっているので、本当なのかもしれない。

私が子供の頃にもファヴェーラはあった。でも、私の記憶の中のファヴェーラは、掘っ建て小屋が並ぶ、汚くてもの悲しい地域だった。そこに住む人々も、弱々しく、力なく、苦しそうに見えた。

ところが大人になってリオ・デ・ジャネイロに来てみると、ファヴェーラは、かつてのファヴェーラではなくなっていた。随分、立派な町並みになっているではないか!もう掘っ建て小屋のようなものはない。ちゃんとレンガを積んで家が建てられ、結構きれいな家もある。大きくて立派な学校もある。昨日の日記に書いたサルバドールのカンジアウ地区と同じようなものかもしれない。カンジアウでは、カルリーニョス・ブラウンが町おこしをしたが、リオ・デ・ジャネイロでは、ギャングたちが町を仕切っているのか・・・?

私は、ファヴェーラの実情に詳しいわけでも何でもないので、これ以上のことは書けない。ただ、20年前と今の様子を目の当たりにして、ぎりぎりの状態で生きる人々の生命力に驚かされている。とにかく生きる。生と死の境で生きる。人生ってほんとは、形こそ違っても、誰にとっても大変なことなのかもしれない。確かに、生きていくのって、ほんとに大変だ。


2002年11月20日(水) 天気:晴れ

パーカッションを習いに行ったり、学校の授業を受けたり、友達に会いに行ったり、となにかとペロウリーニョに行くことが多い。ペロウリーニョは、植民地時代の古い町並みが残っている地域で、世界遺産にも登録されている。

ところが、ひとつ悩みがある。ペロウリーニョに行くのがつらいのだ。何故か、ペロウリーニョに行くと体が重くなったり、足が痛くなったり、頭痛がしたりする。心がざわざわして、すごく痛い感じがする。それでも、1時間、2時間と太鼓を叩いたりしているうちに、必ず気分が良くなる。そしてペロウリーニョに行った方が結局、調子が良くなることが多いので、懲りずに通っているわけだ。

ある日、あまりにもつらかったので、率直に自分の悩みを相談してみよう、と思った。ブロコ・アフロのリーダで、ペロウリーニョの住人でもあるヘナートに、私の症状を打ち明けた。

すると、彼は別に驚く様子もなく、あたり前のことのように話し始めた。「確かに、ペロウリーニョには悲しい歴史がある。ここでは、たくさんの人が拷問にあい、殺された。自分も一時期、そういう過去のエネルギーに捕われた状態に陥って、大変なことがあった。」

そういえば、ムゼンザのリーダであるピスーカも同じような話をしていた。ブロコのパーカッションの練習のとき、いろいろな霊やスピリットが集まってきて、悪戯をしたり、人々を混乱させたりして、大変なんだそうだ。2人ともほぼ全く同じようなことを言っている。黒い影が飛び交ったり、突然、物音がしたりするという。ネガティブなエネルギーが充満してしまうと、ケンカがおこり、チームを統制するのに一苦労するそうだ。

音楽をやっている人は、霊媒体質で、敏感な人が結構多い。ブロコ・アフロのリーダなんて、シャーマンみたいなものだ。人々のエネルギーを集め、音を使ってその場の空気を操っていく。彼らの音楽のルーツは、アフリカの神々を讃え、地のスピリットや人々の霊を癒す儀式の中にある。時代は変わっても、やっていることの基本は変わらない。音には、人の心を奥深くから癒していく力が秘められている。彼らはその力をよく知っている。

ペロウーニョは、特に怖い地域というわけでは、全くない。世界中いたるところに悲しい歴史があるものだ。人々の集まる場所で、過去に悲しい歴史が全くない、などということはありえない。むしろ、ペロウリーニョには、世界中から人々が集まり、音楽が演奏され、常に活気に満ちているので、恵まれていると言えるかもしれない。

ペロウリーニョでは、毎日のように、音楽が演奏されている。たくさんのミュージシャンや無名の演奏家たちが、ペロウリーニョにエネルギーを与え続けている。過去の悲しい歴史を浄化するかのように、今日も街にはパーカッションが鳴り続ける。





(上記のような症状は、特別敏感な人にしか起こりません。通常、こういうことは全く起こらないので、旅行中の方、心配しないで下さいね!)


10月の日記は、こちらです。

主な内容:「デジタル・カメラ」「第2回目の大統領選挙」「ルーラ」

9月の日記は、こちらです。

主な内容
「ムケカ」「学級崩壊」「大統領選挙」「アサイ」「マタ・アトランチカ」「パンデイロ」「スペイン語」「罰ゲーム」など・・・


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