++++ サルバドール日記 2003 ++++


2003 07 05

サルバドールから北へ約180km、シチオ・ド・コンジに行った。ここも何もない場所。ただ海岸が何10kmも続いている。リーニャ・ヴェルジ(サルバドールから北へ向かって走る海岸と平行した街道)沿いの海岸に何ケ所か行ってみたけれど、だいたいどこも同じような風景だ。サルバドールから離れるほど、静かで、さびれている。リーニャ・ヴェルジから、海岸までは、10km近く離れているので、車の音もしない。人も少ない。何もないけれど、あまりに静かなので、神秘的な気配を感じる。何もしない贅沢。ただぼーっと海を見てるだけ。

これだけだったら、すごく素敵な場所に思えるかもしれない。でも、バイーアの田舎はどこもそうだけれど、蚊がすごく多い。寝ているうちに、顔じゅう蚊に刺されてしまった。こんなひどいのは初めて。蚊だけじゃなく、いろんな虫がいる。1年前よりは、皮膚が強くなっているが、それでも体じゅう虫刺されのあとだらけになった。熱帯って、苛酷だ・・・。





2003 07 02

今日は、バイーア州の独立記念日。太鼓隊でヘピーキ(小さい太鼓)を叩くことになり、ペロウリーニョに向かう。

私が参加していた太鼓隊ムリェラーダは、リーダが喧嘩して分裂し、今回はトマリーラという女性チームで叩いた(こういうことは、よくあることだ)。私は地元の人でもないし、あまり目立ちたくないので、はじっこの方で叩いていたら、最前列の真ん中に来い、と言われた。お祭りを取材に来ているカメラマンや観光客やその他いろんな人たちが写真を撮っている。あー、目立つのイヤだよー、だから、気が進まなかったんだよー、と心の中で思う。でも、こうなったら開き直って叩くしかない。女の子たちは、すごく楽しそうに太鼓を叩いている。まわりの雰囲気に勇気づけられて、なんとか私も楽しく太鼓を叩き始める。

黒人の女の子たちは、いつもすごく明るい。パワフルで美しい。彼女たちに会うたびに、私はいつも励まされ、勇気づけられる。社会の中で一番大変なところで生きている彼女たちが、一番強くて、一番明るいのは、一体どうしてなんだろう。きっと神さまは、彼女たちの味方なのにちがいない。





2003 07 01

シャワーを新しいものに交換。水量も多くなり、前よりは熱いお湯が出るようになった。こんなことだったら、早く取り替えておくんだった。でも、相変わらず電気で温めるタイプなので、日本人の私としては、やっぱり寂しい・・・。





2003 06 07
バイーアにも温泉がある、という話を聞き、温泉に飢えている私は、すぐに行ってみることにした。サルバドールから260kmのところにある、カウダス・ド・ジョーホという町だ。車で3時間半から4時間くらいとのことだった。

実際にバスで行ってみると、6時間近くかかった。途中、小さな町、数カ所に寄るためだ。軽い気持ちで出かけたのに、6時間もかかるなんて。疲れて到着すると、なーんにもない、小さな町。なんの特徴もなく、きれいな町並みがあるわけでもなく、自然に囲まれているわけでもない。セルタン(半砂漠地帯)の真ん中にあるので、まわりには何もない。私は、写真を撮るのも忘れてしまった。

目当ての温泉は・・・と探してみたが、想像していたような温泉はみつからない。町の広場の中央にお湯らしきものが出ているところがあり、サンダルと水着姿の町の人たちが、お湯を浴びている。ただそれだけだった。

期待して宿に行ったが、そこもちょろちょろとぬるいお湯が出ているだけで、がっかり。結構、気温が低く、ぬるいお湯を浴びて寒くなった。ところが、やっぱりなんだか、水質が違う。なんだか、感触がいい。肌にやさしく、体が楽になる。うがいをしようと思って、水を口に含んでみると、ものすごくおいしい!水が重くないのだ。軽くてまろやか。私はだんだん気分が良くなってきた。

最初は、町の広場のお湯浴び場に行くのがイヤだったのだが(ちっともきれいじゃないので)、試してみたくなった。地元の人々の間に混じって並び、お湯を浴びる順番を待った。ここのお湯は、すごく熱い。熱すぎるくらい。何の変哲もない金属の管から、お湯がたくさん出ていた。やっと熱いお湯にたどり着けた・・・!

カウダス・ド・ジョーホの水質は、フランスの有名なヴィシーというところの水質と同じだそうだ。石油を探して穴を掘っていたら、お湯が出てきたという。バイーアの人は、温泉に入る習慣がないので、この町は全然有名ではないし、温泉施設もない。投資する人もいない。こんなに素晴らしい水質なのに。もうちょっとサルバドールから近ければ通いたいくらい。日本だったら、有名な温泉場になれるはずなのに、ほんとに残念。





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