++++ サルバドール日記 2003 ++++
(
ブラジル・サルバドールでの日々)

2003 03 05
やっとカーニバルが終わり、平和な日々が戻る。とりあえず一安心。



2003 03 03
夕方、うちでのんびりしていたら、遠くの方から、アフォシェのリズムが聞こえてきた。「フィーリョス・ジ・ガンジー」の登場だ。「フィーリョス・ジ・ガンジー」は、白とブルーの衣装が印象的なチームで、ガンジーの平和運動に共鳴して結成された。古株のチームだ。何故ガンジーなの???といつも不思議に思っていたが、結成当時、アフリカ系宗教のカラーを出すわけにいかなかったのかもしれない(宗教的抑圧があったので)。

私は何度か写真で「フィーリョス・ジ・ガンジー」を見たことがあり、白い衣装がキマッていて、なかなかカッコいい人たちだな、と思っていた。きっと気合いの入ったチームに違いない、と想像していた。

急いで家を出て、外に見に行くと、確かに「フィーリョス・ジ・ガンジー」の衣装を着たお兄さんたちが、少しずつ歩いて来る。でも、「気合い」のひとかけらもない。だらだらとつまらなそうな顔をして歩いて来る。お兄さんたちの数がどんどん増えていく。やがて、通りは白い衣装の男性でいっぱいになる。
ところがこの人たち「一体ヤル気あるのー?」と首をかしげたくなる程、イイカゲンなやつらなのだ。立ちションする人、ホットドッグを買って食べる人、女性にちょっかいをだす人、道端で座って休む人、タバコを吸う人、ビールを飲む人、写真に写ろうと身をのり出す人・・・。そんな男性が1万5千人、通りすぎていく。「こんなことマジメにやってられるか」とでも言いたそうな態度だ。

そーか、日本では気合いを入れて、頑張ることが美しいとされているが、ブラジルでは反対なんだ。
きっと頑張らないのが美しいのだ。頑張りすぎると、余裕がなさそうに見える。優雅じゃない。何かに追い立てられているように見えてしまう。

あくまでもリラックス。あくまでもマイペース。急がない。焦らない。真面目になりすぎない。

確かに、そういう、日本と正反対の行動の美学が、ここサルバドールにはある。そういう意味で、やっぱり「フィーリョス・ジ・ガンジー」って、ものすごくサルバドール的なグループなのかもしれない。



2003 03 02
ブロコ・アフロ「ムゼンザ」に参加。ずっと風邪で練習をさぼっていたので、太鼓は叩かないことにした(来年頑張ろー)。

「ムゼンザ」はいつものように、時間ギリギリになるまで用意が整わない。常連メンバーの人たちは、もう出場時間になるというのに、まだファンタジア(衣装)を着ていない。出場20分前くらいにファンタジアが届き、みんな、道端で着替える。太鼓を叩くためのスティックもない。誰かが忘れたのだ。リーダとそのまわりの人たちとの間でケンカになる。そんな中、夜中の2時くらいに行進が始まる。

どこから集めたのか、踊りを踊る人たちのチーム、カポエイラチーム、バイーアの衣装を着た女性たちのチームなどが揃い、太鼓隊と一緒になり、なかなか盛大な行進になる。コマーシャルだらけの、売れ線トリオ・エレトリコよりも、ずっと風情があっていい。

売れているミュージシャンのトリオ・エレトリコには、サンパウロやリオから来る人が大勢参加しているそうだ。私のような外国人の目からみると、そういうトリオ・エレトリコはちっともおもしろくない。あまりにもポップすぎ。

限られた資金で頑張っている地元のブロコ・アフロの方がずっといい。運営がいいかげんなので、どうなることかとハラハラさせられるが、何故かいつも本番になるとちゃんとした形になる。うーん、不思議だ。




2003 03 01
サルバドールのカーニバルは、世界最大の「馬鹿騒ぎ」だ。改めてそう思った。うちのすぐそばが、カーニバル会場になっていて、一晩中、トリオ・エレトリコの爆音が鳴り響く。しかも、うちのまわりは丘になっているので、途中に音を遮るものが何もない。オンジーナ海岸沿いを通るトリオ・エレトリコ3台分の音楽が同時に聞こえる。コンサート会場が3つあり、そのすべての演奏を同時に聴くことを想像してみて下さい。ほんとに頭がおかしくなりそう。夜が明けて、空が明るくなりはじめるまで、大音量の音楽が鳴り続ける。しかもそれが連日続く。こんな巨大な馬鹿騒ぎに遭遇したのは、生まれて初めて。

カーニバルの時期になると、街の外に避難するかのように旅行に出る地元の人も多い。ほんとに私も逃げ出したい。




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