サルバドール(ブラジル、バイーア州)での日々。

2002年10月10日(木) 天気:晴れ
デジタルカメラで撮った写真を、普通の写真のようにプリントしてくれる店をやっと見つけた。サルバドールでは、デジタルカメラを持っている人なんてめったにいない。この間、海で写真を撮っていたら、「それはテレビか?」と聞かれた(背面に映像が映るので)。

データをCDに入れて店に行くと、お兄さんが作業室に案内してくれた。最新のコンピュータがずらりと並んでいる。こんなところがサルバドールにあったなんて・・・。

お兄さんは、私を隣に座らせ、フォトショップ(画像処理ソフト)で作業を始めた。私が持ってきたデータを次々と開き、色調や明るさを調整する。自分のコンピュータで既に色調などを補正してあったので、「そんなことしなくていいですよ。」と言おうと思ったが、ここはプロの人にまかせた方が良いと思い、だまって作業を見ていた。

店のお兄さんは、写真に写っていた壁の落書きをシャカシャカっと消した。きれいな真っ白な壁になった。次に、
窓枠をきれいに描き足したり、電線を消したり、必要のない細かい映像を消していった。私は、カタまった。頭の中で、「写真とは、真実を写すもの」という概念が、ガラガラと崩れた。お兄さんは楽しそうに作業をしている。

「どんな仕事をするのか見てみよう。」と何も言わないことに決めた。友達にあげるための写真なので、ブラジル人好みの仕上がりの方が、いいかもしれない。

モニターに私と友達の女の子3人で撮った写真が現われた。お兄さんは、私の顔のほくろを消そうとする。
「あーっっ!ちょっと待って!」私は慌てた。「それは、そのままでいい!」
彼は、次に友達のほくろを消そうとした。
「だめっ!それもそのまま!」
お兄さんは自分の思うように作業ができないので、少し不満そうだ。

私は注意深く、彼の作業を見守った。油断していると、何をされるかわからない。モニターに女の子5人が笑顔で写っている写真が出てきた。真ん中の女の子が一人、目をつぶっている。お兄さんは、作業済みの画像の中から、同じ女の子が写っている写真を探し出した
。そして、目の部分を切り取り、つぶっている目の上に貼りつけた。私はびっくりして、再びカタまった。そこまでするか・・・!?

私は気をとりなおして言った。「目を貼りつけたりしないで。そのままの方がいいと思うけど。」お兄さんは、目のサイズを調整したり、ぼかしを入れたりしながら、「そうかな。」と、とぼけている。「元のままにしておいて下さい。」私は強い口調で言った。

あきらめたお兄さんは、貼りつけた目を消して、また作業済みの画像を開いていった。そして、今度は別の女の子の目を切り抜いて、また貼りつけた。
「こっちの目の方がいいかもしれない。」
そういう問題じゃないと思うんだけど・・・。「元の画像のままにして!」
「でも、みんなきれいに写っているのに、一人だけ目をつぶっているのは可哀想だよ。」
そう言いながら、切り抜いてきた目のサイズや角度を熱心に調整している。写真をずっと見ているうちに、だんだん見慣れてきて、確かにこれでいいような気がしてきた。そして、何だかおかしくなって思わず笑ってしまった。お兄さんは、私が写真を気に入ったと思ったらしく、「ほら、こんなにきれいに仕上がった!本人だって絶対、気付かないよ。」と嬉しそうに言った。

その写真を友達に渡すと、まわりのみんなは、大笑いしていた。でも、まさか、他の人の目が貼りつけられているとは思っていないだろう。単におかしな表情で写っていると思ったに違いない。当の本人は、照れくさそうに笑いながら、写真を持ちかえった。

(日本でデジタルカメラで撮った写真をプリントしたことはないけれど、まさかこんなことしてないですよね。)

2002年10月27日(日) 天気:晴れ

第2回目の大統領選挙が今日、行われた。10月6日の選挙では、1位の労働党のルーラの票が46%で、過半数を越えなかったので、1位と2位の間でもう1度、選挙が行われることになったのだ。2位は、社会民主党のジョゼ・セーハだ。街のあちこちで人が集まり、選挙運動(というよりお祭り?)をしている。




政党や大統領候補の名前の入った旗を振り、Tシャツを着て、帽子をかぶり応援する。ペットの犬にまでシャツを着せている。ひとつの家族内でも、父と娘がセーハのシャツを着て、母と息子がルーラのシャツを着ていたりする。車の一方の窓からは、セーハの旗が、もう一方の窓からはルーラの旗が立っている。何だか楽しそうだ。自分の好きなサッカーのチームを応援するのとあまり変わりない。と言っても、ふざけているわけではない。ブラジルの多くの人は、経済的に厳しい状況で暮らしている。大統領選の結果は、直接生活に影響を及ぼすだろう。何でもお祭りにしてしまうのは、生活の知恵なのかもしれない。

南米では政治家の私利私欲のために国が動き、金持ちはますます金持ちに、貧しい人はますます貧しくなってしまうような制度が続いている。この状況が少しでも変わるのではないか、という希望を託し、人々は投票をする。

ブラジルでは、国民全員に投票の義務があるので、皆、選挙に関心がある。日本で国民全員が投票することになったら、一体どうなることだろう!?

2002年10月28日(月) 天気:晴れ

労働党のルーラが、61.34%の票を獲得して大統領選挙で勝った。ルーラの噂はいろいろと聞いていたが、今回初めてどんな人物なのか興味が湧いた。改めて彼に関する記事を読んでみると、これがまた、おもしろい。なんだか映画にでもなりそうな経歴の持ち主だ。今回の出馬は4度目。10月27日は、たまたま彼の57回目の誕生日だった。誕生日に大統領になるなんて、すごいプレゼントを獲得したものだ。

ブラジルの歴代の大統領は、皆、エリートだったが、今回のルーラは、全く違うタイプ。ペルナンブコ州の田舎町で生まれた。「ルーラ」というのは、子供の頃からのニックネームで、本名は「ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ」。

彼がまだ幼い頃、父は妻と11人の子供を残して家を出、2度と戻らなかった。母は子供を連れて、サンパウロに移り住んだが、生活はとても厳しく、
バーの奥にある小さな部屋で、母と子全員で暮らしていた。ルーラは10歳で読み書きをおぼえ、小学校の5年まで終えて、家計を助けるため12歳で働きに出た。冶金工として働き、仕事中、左手の小指を失った。

24歳で結婚するが、病院のミスで、第一子出産のとき妻と子を失ってしまう。後に彼は、全エネルギーを労働運動に注ぐこととなる。労働者のリーダとなって活躍し、軍事政権の時代には投獄もされた。

労働組合で知り合った現在の妻は、当時、彼女自身も夫を失い、未亡人だった。結婚をして彼女の子供を引きとり、その後、彼女との間に3人の子供を持った。

1980年に労働党をつくり、1989年に初めて大統領選に出る。1994年、1998年の選挙ではフェルナンド・エンリケ・カルドーゾに敗れたが、今回は13年目にしてついに、ブラジルの大統領に選ばれた。

貧しかった子供時代の彼を知る人たちは、今回の結果を「奇跡だ」と言う。なんとかこの国の状況を変えたいと願う人々の想いが、ルーラのところに集まったのだろう。

ブラジルでも、世界の多くの国々と同じように、古い勢力が衰え、新しい時代を迎えていくに違いない。これからどんな風に変わっていくか、興味深いところだ。

9月の日記はこちらです。

主な内容
「ムケカ」「学級崩壊」「大統領選挙」「アサイ」「マタ・アトランチカ」「パンデイロ」「スペイン語」「罰ゲーム」など・・・


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