「密輸とゲリラの拠点」と言われて、地雷に囲まれた飛び地

フェルガナ盆地周辺

ウズベキスタン領&タジキスタン領&キルギス領

1991年8月31日 キルギスとウズベキスタンがソ連から独立を宣言。フェルガナ盆地周辺に飛び地が出現
1991年9月9日 タジキスタンも独立を宣言
 


 

道路や鉄道もお構いなしに入り乱れる国境線。左からウズベキスタン、タジキスタン、キルギス領
ソ連が解体して、中央アジアに「なんとかスタン」という国が続々と誕生したが、国境線が奇妙にクネクネ入り込んでいるのが、ウズベキスタンとタジキスタン、キルギス(キルギスタン)が境を接するフェルガナ盆地一帯だ。フェルガナ盆地はウズベキスタン領だが、本土との間は山岳地帯で隔絶され、平野を通って本土へ行くならタジキスタン領を通らなくてはならない。また盆地の周囲には各国の飛び地が散在していて、キルギス領内にタジキスタンの飛び地2つ(ヴォルフ、ジャンヤウル)と、ウズベキスタンの飛び地が4つ(ソフ、カラチャ、シャイマルダン、ジャンガイル)あり、ウズベキスタン領内にもタジキスタンの飛び地(サルヴァン)と、キルギスの飛び地(バラク)がある。

これらの飛び地はスターリンがソ連の指導者だった1936年、ロシアからカザフ(現在のカザフスタン)とキルギスが分離した時に形成された。フェルガナ盆地南側の山岳地帯であるオシュ地区は、1920年代から30年代にかけて「反革命ゲリラ」の拠点だったため、ソ連軍が直接占領していた。ゲリラが平定された後、遊牧民主体のキルギス領のうち農地に適した谷沿いの一角が、農民主体のタジキスタンやウズベキスタンに組み入れられた。ソ連時代はどこに帰属しようとソ連国内には変わりがないからたいした問題はなかったが、ソ連が崩壊して各共和国が独立すると、国境線や飛び地の帰属をめぐって紛争が続いている。

特にキルギス西南部のオシュ地区は、他国の飛び地が入り乱れているため、密輸や麻薬取引の拠点となり、イスラム系反政府ゲリラの拠点にもなっている。数年前にキルギスにいた日本人のNGO技術者が誘拐される事件が起きたが、犯行グループはタジキスタンの領内から進入してきたウズベキスタンの反政府ゲリラ(IMU=ウズベキスタン・イスラム運動)で、身代金の交渉はアフガニスタンでやったらしい。軍や警察が入りにくい飛び地は反政府活動の拠点にはもってこいの存在だ。

このため、キルギスは飛び地の併合を主張し、逆にウズベキスタンやタジキスタンは飛び地と本土との間を割譲するよう要求しているが、ウズベキスタンは「ゲリラの侵入阻止」を理由に、99年から飛び地の周囲に地雷を設置してしまった。さすがに国際的な非難を浴びて2004年末から地雷の撤去を始めたが、これまでに住民数十人と家畜数百頭が犠牲になったという。飛び地の住民はもちろん周辺に住む遊牧民のキルギス人も犠牲になり、キルギス側はウズベキスタンに賠償を求めている。

これら「なんとかスタン」の国々は、古くからシルクロードの交易ルートとして栄えた場所で、中国の東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)に対して、西トルキスタンとも呼ばれる。新疆にはウイグル人(883万人)のほか、カザフ人(135万人)、キルギス人(17万人)、タジク人(4万人)、ウズベク人(1万4600人)もそれぞれ住んでいて、「カザフ自治州」「キルギス自治州」「タジク自治県」などがある。1990年代前半にはソ連解体で「なんとかスタン」が次々と独立した影響で、「東トルキスタンも続け」とイスラム勢力の支援を受けた独立運動が勢いづき、一時はテロや暴動が相次いだ。

しかし、独立した「なんとかスタン」の国々では内乱や政治的混乱が続いて、経済的にも低迷が続いたため、中国政府に「独立なんかすれば民族同士の戦乱が続いて、メシも食えなくなるぞ!」と格好の宣伝材料を与えたことになり、さらに9・11テロ後はイスラム過激派が最大の敵となったアメリカが、中国政府によるイスラム勢力の取り締まりを支持したため、近年では東トルキスタンの独立運動はだいぶ沈静化したようだ。




★キルギス領に囲まれたタジキスタンの飛び地(2ヵ所)

ヴォルフ(Vorukh)は面積130平方kmで、人口約2万5000人。住民の95%はタジク人だが、男性はロシアへ出稼ぎに行っている者が多いらしい。ヴォルフと北側のタジキスタンの本土とは4kmほどキルギス領で隔てられているが、キルギス領内を東西に行き来する場合も、ヴォルフか北側のタジキスタン本土を通らなければならず、どっちの国にとっても不便な状態。またヴォルフは野菜や果物の豊かな農地が広がり、周囲のキルギス領とは水争いも続いているという。

それとキルギス西端にある町・ジャンヤウルの駅周辺にもタジキスタンの小さな飛び地が存在している。この鉄道は東西を走る本線から分岐した後、タジキスタン→キルギス→タジキスタン→キルギス・・・と南へわずか30kmあまりの距離で3回も国境を越えて終点・イスファラ(Isfana)に通じているが、果たして現在でも運行が続けられているかどうかは不明。この飛び地は道路沿いで地図を見る限り、数軒の民家があるようだ。

フェルガナ盆地周辺の詳細地図 オレンジに囲まれた黄緑の部分がヴォルフとジャンヤウル駅周辺(T−1)
ヴォルフ(左)とソフ(右)の衛星写真  (google map)

 
ヴォルフの地図。上と下はタジキスタン本土(左)
ジャンヤウルの地図。クリックすると全体図に拡大します(右)




★キルギス領に囲まれたウズベキスタンの飛び地(4ヵ所)

ソフ(Sokh)は面積236平方km、人口4万2800人(1993年)の地区だが、住民の99%はタジク人。ソフから北西へわずか数km離れたタジキスタンへ行くには、キルギスとウズベキスタンの国境検問所を通らなければならず、そのたびに厳重な検査を受けたり、係官から賄賂を要求されたりするので、作物の輸出が滞り、経済的に困窮しているという。ソフの北側にもウズベキスタン領の小さな飛び地・カラチャ(KalachaまたはChangara)が存在する。

一方、シャイマルダン(Shah-i-MardanまたはKhamzaabad)は面積90平方kmで、人口5100人(1993年)。人口の91%がウズベク人で、残りはキルギス人。シャイマルダンの北側のKhalmion周辺の道路沿いにもジャンガイル(Dzhangail)というウズベキスタン領の小さな飛び地がある。

キルギス南部を東西に結ぶ道路は、ジャンガイルの飛び地も含めて途中何度もウズベキスタン領を横切らなければならないが、ウズベキスタンが国境線を鉄条網で塞いでしまったため、農作物や食糧、肥料などの輸送は密輸に頼ることになり、キルギス側は物価が高騰したと抗議しているとか。

フェルガナ盆地周辺の詳細地図 オレンジに囲まれた紫色の部分がソフとカラチャ(U−1)、シャイマルダン、ジャンガイル(U-2)
ジャンガイル(dzhangail)の地図
ヴォルフ(左)とソフ(右)の衛星写真  (google map)

 
ソフとカラチャの地図。上はウズベキスタン本土で、Lyakanから左にかけてがタジキスタン(左)
シャイマルダン(Khamzaabad)と地図には載っていないジャンガイル。上はウズベキスタン本土(右)




★ウズベキスタン領に囲まれたタジキスタンの飛び地(1ヵ所)

フェルガナ盆地の北西部に、ウズベキスタン領に囲まれたタジキスタンの飛び地・Sarvanという村がある。川沿い(谷沿い)にある細長い飛び地で、位置は下左の地図のALATAUの「U」の文字あたりから、川が点線になるあたりにかけての場所。

フェルガナ盆地周辺の詳細地図 紫色に囲まれた黄緑の部分がSarvan村(T−2)
Sarvan村の地図

 
左下がタジキスタン領で、右上はウズベキスタン領。Sarvan村は載っていない(左)
Sarvan村の詳細地図。クリックすると全体図に拡大します(右)




★ウズベキスタン領に囲まれたキルギスの飛び地(1ヵ所)

下の地図には載っていないが、オシュの東北にある国境の町・カラス(Kara-Su)近くのウズベキスタン領内に、バラク(Barak)というキルギスの飛び地が存在する。キルギス本土とは4kmほど離れていて、人口627人で住民はすべてキルギス人だ。1999年にウズベキスタンはバラク村とキルギス本土を結ぶ道路をコンクリートブロックで閉鎖してしまい、村人たちは本土との行き来ができなくなってしまった。

村人たちは農作物の綿花をキルギス本土へ出荷できなくなって困窮。村には小学校はあるが、中学以上の学校はないので、村の子供たちは中等以上の教育が受けられず、村には郵便局がないので郵便は届かなくなった。電気もしばしば停電するようになり、キルギスから警察官が入れないので治安も悪化。村人たちはキルギス人とウズベク人の衣装を持っていて、周囲のウズベキスタンの町へ行くときは、ウズベク人の格好をして出かけるそうだ。

2004年になってようやく封鎖が緩和され、村人たちはキルギス本土へ行けるようになり、バラク村からカラスへミニバスが走るようになったが、村人にとっては運賃がとても高くてなかなか利用できないらしい。物資輸送のトラックは密輸を警戒するウズベキスタンによって厳重に調べられるため、数キロ先の本土まで行くのに2時間はかかるという。

飛び地解消のために、キルギスとウズベキスタンの政府は2001年に協定を結んで飛び地の交換を決めようとした。バラク村の住民たちも不便な生活を続けるよりも集団移住したほうがいいと、飛び地交換に賛成していたが、キルギス議会によって否決されている。


左上がウズベキスタン領で、右下はキルギス領。この地図にバラク村は載っていないが、「Kara−Su」の近く

●関連リンク

外務省―ウズベキスタン
外務省―タジキスタン
外務省―キルギス
世界の車窓から ウズベキスタンのところにフェルガナ盆地の鉄道風景があります
石塚消息 現地からのレポート「フェルガナだより」が1〜12(+0)まであります
ウズベキスタン フェルガナ/シュルタン プロジェクト ウズベキスタンやフェルガナ盆地の写真がたくさんあります
ウズオのウズベキスタン研究日誌 自称「ウズベキスタン・中央アジア研究家」による、ウズベキスタン論考
キルギス旅行記 飛び地錯綜地帯をバスやタクシーで通過した話
 
 

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