岐阜県美濃市

小倉山城(美濃市泉町小倉山)

 小倉山城は長良川に臨む比高60mほどの山の山麓にある。山頂付近も一応城域ではあると思うのだが、実際には城郭らしい遺構はほとんどない。砦程度のものはあったのかもしれないが、城の本体はあくまでも山麓部分である。

 城址は小倉山公園となっている。市内各所からこの小倉山を遠望することができる。山頂には天守を模した三層の展望施設が建っているので、どの山であるかは一目で分かるであろう。

 小倉山公園の駐車場に行くと、目前に石垣が築造されており、角に二層の櫓が建っている。この石垣は本物らしいが、櫓も模擬であるという。櫓の脇から石垣の狭間を通って石段を上がっていく虎口があるが、これは本来のものであるようだ。

 上がったところが広場になっているが、これが本丸であるという。その下の駐車場になっている部分が二の丸、そして宅地化によってすっかり様相が変貌してしまっているが、二の丸の下の平地部分に三の丸があったという。現地の方に「昔は三の丸の堀が残っていたのか」といった話を伺ってみたのだが、そうとう早い時期に埋められてしまったようだ、よく分からないということであった。

 このように見ていくと、城の本体は平城構造に近く、背後の山は防壁、あるいは物見のための施設といった程度のものであったようである。

 模擬天守の建っている山頂部分は、長軸20mほどしかない狭い区画で、土塁や堀のようなものも見られなかった。その10mほど下にちょっとした平場があり、その先に弾丸型の忠魂碑が建立されているが、ここも郭であったかもしれない。そのほかにもごく小さい平場が各所にあるのだが、どれもこれも郭というほどの広さのものではない。山上はほとんど利用されていなかったと見るべきであろう。ところで、山頂に建つ模擬天守、遠目に見た時にはけっこう立派で良さそうなもののように見えたのであるが、実際間近で見てみると、いかにも近代的な展望台といった構造で、まったく興ざめしてしまう外観をしていたのでがっかりした。模擬は模擬でももう少し、それっぽく造ってほしいものである。特に1層、2層の屋根の角度が垂直なのはあまりにも異様すぎるといっていいだろう。

 小倉山城は、金森長近が築いた近世城郭であり、石垣こそは用いられているが、規模はそれほどのものではなく、小さな城である。


城址入口から見た城山。下から見ると、山上の模擬天守もそれらしく見えるのだが・・・・。 城内には石垣と模擬櫓が目立っている。
模擬櫓の脇に登城道がある。 ここが実質的な本丸であったのだろう。
山上の模擬天守。模擬とはいえ、もう少しそれらしく造ってほしいものだと思う。 とはいえ、天守からの眺望はとてもいい。長良川がよく見える。
なぜかこんな変わった形の忠魂碑が建っている。 石垣には微妙な折れが認められる。草刈をしていたおじさんが「この間石垣の草を刈っていたら、いきなり毒蛇が飛び出してきたから、注意した方がいいよ」と言っていた。
 小倉山城を築いたのは金森長近であったという。高山城主であった金森長近は、関ヶ原合戦の功績により、この武儀郡を加封された。そしてこの地域支配のために慶長11年(1606)に築いたのがこの小倉山城である。しかし、高山藩の支藩のようなものであったのだろう。しかし、2代城主長光が死亡すると、後嗣なく断絶となる。その後、幕府によって、城地には代官所が置かれた。さらに明治になると、武儀郡の役所が置かれたという。


























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