長野県駒ヶ根市

*参考資料 『日本城郭体系』

*参考サイト 信玄を捜す旅  城跡巡り備忘録  ちえぞー!城行こまい

赤須城(駒ヶ根市下平)

*鳥瞰図の作成に際しては現地案内板を参考にした。

 赤須城は、天竜川に臨む比高20mほどの台地先端部に築かれていた。長春寺の南側にそびえている台地である。

 台地基部の方から接近していくと山林が見えてくるが、その正面に白い城址標柱が立っているのが分かる。ここが二郭の西端で、その脇には無料の駐車場がある。

 城は台地上を堀切によって連郭式に区画したものであり、5〜6郭ほどがあったと思われる。しかし基部の部分は耕地整理によってかなりの部分が埋め立てられているため、その構造は明確ではない。

 先端が外郭と呼ばれている部分で、最先端が主郭というセオリーとは異なった郭配置をしている。
 そこから内側に本郭、2郭と来ているが、その先の出郭は、馬出しのようなものであったかもしれない。


 赤須城は、南北朝時代に船山の片桐氏から分かれた片桐孫三郎為幸によって築かれたといわれる。その後、為幸は赤須氏を名乗るようになる。しかし、この城は南北朝時代の城とは思われず、その後戦国期にかけて改修されていったものとみてよいだろう。

 武田信玄の伊那侵攻後、他の片桐氏一族と同様、赤須氏も信玄に属した。
 
 天正10年の織田軍侵攻の際には、武田方に従ったために、赤須城は落城し、赤須氏も没落したと思われる。





2郭の堀。 出郭の堀。出郭は実質的な馬出しであったろう。
2郭内部の土塁。 本郭(右)と外郭との間の堀切跡。
添郭の堀。 茶の城の堀。




古城(駒ヶ根市赤穂古城公園)

 駒ヶ根市を見下ろす西側の山地内部に古城公園がある。「古城」というくらいだから、城があったのだろうと思われ、行って見たのだが、遺構はよく分からなかった。城を奥にしては、あまりにも山奥すぎるという感じがする。
 しかし景色はとてもよい。デートスポッとしてはいい場所かもしれない。ただし、あちこちに「熊出没注意!」の看板が出ている。早朝や日暮れ時には来ないほうが無難かもしれない。

古城公園から見た駒ヶ根市街。高さがあるだけあって景色は非常に良い。 公園内にある段々の地形。


































大竹屋旅館