山梨県市川三郷町

参考資料 『日本城郭体系』 『甲斐の山城と館』

上野城(一条氏屋敷・市川三郷町上野)

*ラフ図の作成に際しては『甲斐の山城と館』を参考にした。

 上野城は、JR身延線の甲斐上野駅の南300mほどの所にある比高10mほどの台地先端部に築かれていた。現在、ここには資料館などの施設が立ち並んでいて、本来の館の形状はもはや分からない。しかし、微高地の先端部に位置しているので、城を置くのにふさわしい位置であることには間違いない。

 模擬天守の北西側に蹴裂(けさき)神社がある。「蹴って破裂する」とは凄まじい名前の神社であるが、この神社の境内に、城に関する案内板が立てられている。ただし、名称は「一条氏塁」となっている。一条氏の居館という意味であろうか。

 それによれば、武田信玄は、武田の古い氏族である一条氏の名跡が絶えるのを惜しみ、異母弟の信龍を養子として一条家の名跡を継がせた。信龍は、子の信就と共にこの地に塁城を築いて、移り住んだ。騎200を率いて、天正10年の武田家滅亡まで甲南の守りを固めていたという。

 ここに現在は模擬天守が建てられている。ちなみに山梨県には復元天守といったものがない。模擬天守もあまりなく、模擬とはいえ、ここの天守はなかなか味わい深い建物である。

 建造物が何も残らない中世城郭ばかりを訪れた後、こういう建造物を見ると、いかにも城らしいなあと感じてしまうのであった。






上野城模擬天守。正式名称は、ふるさと会館である。 犬山城形式で、長浜城の模擬天守とほぼ同じ形状である。
蹴裂神社というすさまじい名前の神社。ここに案内板がある。









































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