ペドロ・ファン・カバジェロ (アマンバイ県)



ペドロ・ファン・カバジェロはパラグアイ東北部の中核都市として発展しています。ブラジル・マット・グロッソ・ド・スール州に接しており、陸続きの国境というメリットがあり、またサンパウロ等のブラジル中心部に近いという利点があり、長く国境貿易が栄えていました。グロバリゼーションの波が押し寄せ、メルコスールの時代となり関税の障壁が小さくなり最近では国境貿易のメリットは小さくなっています。長らく発展から取り残されていた北部内陸部に活気が出て来ている中、ブラジルとの国境にあるという地の利をどのように活かして行くのか街の発展の方向性が問われています。



ペドロ・ファン・カバジェロ(2003年11月21日)

ペドロファン・ファン・カバジェロ市はパラグアイ東北部アマンバイ県にあります。アスンシオンから行きますと市の手前は長い上りになっており、標高は約600メートルあります。以前はアスンシオンから陸路で行く場合にはコロネル・オビエド経由で7時間かかりましたが、最近アスンシオンから北部に抜ける「アクセス・ノルテ」が出来、4時間半程度に短縮されました。またブラジル・マットグロッソ・ド・スール州の州都であるカンポ・グランデからは400キロ位です。



(写真:ペドロ・ファン・カバジェロ市)


位置はパラグアイ東北、ブラジルとの国境に在ります。国境の反対側はブラジル・マット・グロッソ・ド・スール州ポンタ・ポラ市、国境を挟んで実際には一つの都市として機能しています。国境は大きな通りと緑地帯・公園になっており、国境という事を知らない人には市中央に在る目抜き通りの大通りと思うでしょう。全く行き来はフリーとなっています。知らないとあっという間に国境を越えてしまいます。世界には色々な国境がありますが、ここ程境がよくわからない国境も珍しいと思います。両方合わせて一つの街として機能しています。看板を見るとペドロ・ファン・カバジェロではスペイン語、ポンタ・ポランではポルトガル語で書かれています。通貨は両方ともで、ブラジル・レアル、パラグアイ・グアラニ、米ドルが使用可能です。ただこの街の人たちに聞きますと不思議とパラグアイの人はブラジル側に住みたがらない、また反対にブラジルの人はパラグアイには住みたがらないようです。国境というのは実際には柵も壁も無くても大きな境になっているようです。

インフラ整備はブラジル側の方がずっと良く、パラグアイ側は石畳の舗装であるのに対してブラジル側はアスファルト舗装になっています。人口はパラグアイ側が7〜8万人くらい、ブラジル側は10万人くらいだそうで、毎日国境を超えて働いている人が多いようです。一つの街として、生活している市民達は国境など全く意識しないで毎日を過ごしていて、毎日何回も国境を通過するのです。両国共、生地主義で国籍が決まるので、ブラジル側の病院で生まれるとブラジル国籍となり、家族で国籍がバラバラという例が多いようです。両方の言葉が話されており、市民の多くはスペイン語、ポルトガル語の両方が出来るとのことです。国境に在るので国境交易が盛んな反面、国境を悪用する取り引きも後を断たないようで、パラグアイ国内でも一番治安が悪いという余りありがたくない評判も聞きます。

地図を見ますとペドロ・ファン・カバジェロとポンタポラの間に大きな緑地帯が在り、ここを交差する道はどれも国境を越えて続いている様子が分かります。



(写真:ペドロファンカバジェロ市の地図)




(写真:国境:左側のアスファルトになっているのがブラジル側、石畳がパラグアイ側)



(写真:上から見た国境:手前がパラグアイ側で街灯がほぼ国境)




(写真:国境には両国の大きな国旗が掲揚されています)



(写真:国境のモニュメント)


上の写真のように両国国境にはモニュメントがある場所があります。モニュメントはブラジルとパラグアイの国旗を身に着けた人が手を繋ぎ万歳をしている姿になっています。この写真jからしますと正面に見えるにんにく辺りが国境となっています。

ペドロ・ファン・カバジェロという名称はパラグアイ独立の志士の名前から来ています。市内の中央の公園にはこのペドロ・ファン・カバジェロの像が建っています。



(写真:独立の英雄・ペドロ・ファン・カバジェロ)



(写真:アマンバイ県・県庁舎)



(写真:ペドロファン・カバジェロの街角-01)



(写真:ペドロファン・カバジェロの街角-02)



(写真:ペドロファン・カバジェロの市街地)



(写真:ペドロファン・カバジェロの市街地の端付近)


ペドロ・ファン・カバジェロ側にはブラジル観光客を相手にした商店が軒を連ねており、エステ市のようになっています。これは税金の関係かパラグアイ側の方が商売をするのに利点がある為のようです。レストランはブラジル側にも多くあるようです。



(写真:ブラジルからの観光客相手の商売-01)




(写真:ブラジルからの観光客相手の商売-02)



(写真:ブラジルからの観光客相手の商売-03)

また市中央部には美しい公園があります。



(写真:公園-01)



(写真:公園-02)

ペドロ・ファン・カバジェロには多くの日本人が入植し、初期の入植はコロノ(日雇い農民)としての入植もあり、かなり苦労されたようです。現在では多くの日系人が活躍しており、各種事業を行っています。市内にはアマンバイ日本人会そして日本語学校もあります。



(写真:アマンバイ日本人会)

街の様子を何枚か撮影してみました。緑が美しく、花も多くとても素敵な町並みが続いています。



(写真:市内の様子-01)



(写真:市内の様子-02)



(写真:市内の様子-03)

自動車だけではなく、馬などが現役で頑張っています。牧歌的なのどかなほっと出来る風景ですね。



(写真:市内の様子-04)

昔見たようなどことなく懐かしい風景を見る事が出来ます。



(写真:市内の様子-05)



ショッピング・チナ(2006年 7月 1日)
ペドロファン・カバジェロ市の中央部にあった大型ショッピングが街外れに移転し、米国によく在るようなショッピング・モールに生まれ変わりました。




(写真:ショッピング外観)



(写真:ショッピング内部-01)



(写真:ショッピング内部-02)

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