サンペドロ市 (サンペドロ県)




パラグアイの地図を見ますと東パラグアイで最大の県であるサンペドロ県が目に付きます。県庁はサンペドロ市に在り、アスンシオン市やコンセプシオン市と同様にパラグアイ河に近い場所にあり、水運が交通の主力であった時代に県庁として栄えていたのでしょう。この町までの道のりそして県庁であるサンペドロ市を紹介します。



01・サンペドロ市に至る道路 (2003年11月23日)


以前はサンペドロ市に行くにはアスンシオンからサンロレンソを通りコロネル・オビエドで北に行く道路に入り延々と走らなければなりませんでした。近年アスンシオンから直接サンペドロ県を結ぶ「アクセスノルテ:北街道」がほどほぼ完成し、距離・時間が大幅に短縮されています。完成している道路は非常に綺麗で快適に走行する事が出来ます。サンペドロ県南部の中心都市であるサンタニまで160キロ、2時間弱で行く事が出来るようになりました。従来は混雑の激しいエステ行きの街道をコロネル・オビエドまで走行し更に北上しサンタニまで4〜5時間かかっていたのですからかなりの短縮となります。



(写真:アクセス・ノルテ:北街道:舗装完成部分)

ただこの2003年11月時点ではまだ5キロほど未舗装の部分があり、天気が良く走行が可能な時でもかなり徐行して運転しなければなりません。雨天の時には走行が不能となります。現在工事を急いでおり、年末くらいまでには完成する見込みだそうです。



(写真:アクセス・ノルテ未舗装部分)

サンタニからは従来の道路を走行します。コロネルオビエドからコンセプシオンそしてペドロ・ファン・カバジェロまで行くパラグアイの幹線道路です。よく整備されている箇所の景観は本当に見事なものです。



(写真:サンペドロ県を南北に縦断する幹線道路)

サンタニから北上しサンタ・ロサから西に向けて土道を約75キロ走行しなければなりません。現在舗装をする為の工事が行われいますが、道路の状況はかなり悪く、徐行して行かなければならない場所も多く少なくとも2時間くらいはかかります。



(写真:サンペドロ市に向かう道路-01)

途中見ていますと自動車は少なく歩く学生、そして馬車が目立ちました。



(写真:サンペドロ県を南北に縦断する幹線道路)

自然の景観はすばらしく、緑が一段と深くそして川は綺麗です。



(写真:サンペドロ県、途中の景観)



(写真:川で洗濯をしている)




02・サンペドロ市 (2003年11月23日)


サンペドロ市は人口が8千人強と1万にも満たない発展から取り残された町です。県内の人口が約40万人ですからとても中心とは言えません。その昔、水運が主力の時代にはパラグアイ河が幹線であり、ピラール、アスンシオン、このサンペドロそしてコンセプシオンが発展し賑わっていたのでしょうが、陸上の交通が中心のこの時代、アスンシオンから直線距離ではそれほど離れてはいないこの町は陸の孤島となってしまっています。

町の中心には確かに「第二県・サンペドロ県庁」の建物がありました。



(写真:サンペドロ県庁舎)

唯一の公園を挟んで向かい側には市役所が建っています。かなり昔の建物なのでしょう、県庁所在地の市庁舎としては余りにも小さい感じがします。



(写真:サンペドロ市庁舎)

道路はアスファルト舗装されている場所は全く無く、晴れている日はほこり、雨の日はぬかるみに苦労して運転しなければなりません。



(写真:サンペドロ市内道路:アスンシオンへ向けての街道)

自動車は余り多くなく馬車が主体、馬車がゆっくりと行き交う光景を見ていますと21世紀の現代とは信じられなくなります。そしてこの中を時々日本製の4WDが駆け抜けて行くというアンバランスな光景を楽しむ事が出来ます。下の写真を見ていますととても現代のものとは思えない、何か西部劇代の映画のシーンのような感じです。



(写真:サンペドロ市内道路)

市内で商店街らしいのは一箇所だけでした。片側には十数軒の商店が並び、反対側には大型のトラックが停車していました。



(写真:サンペドロ市内随一の商店街)

町には近代的な建物は無く、伝統的なコロニア風のたたずまいです。百年の歳月が止まっている町という感じです。



(写真:サンペドロ市内の様子-01)



(写真:サンペドロ市内の様子-01)



(写真:サンペドロ市内の様子-02)



(写真:サンペドロ市内の様子-03)



(写真:サンペドロ市内の様子-04)

ある程度の大きさの町になりますとバスターミナルの建物があり、そこからバスが発着するのですが、この町にはそのような場所はないようで、アスンシオン行きのバスが道路脇に留っていました。



(写真:サンペドロ市内・バスの乗り場)

食事でもしようと町を歩きますと何軒か食事を提供する場所がありました。県庁舎と市役所の間、唯一の公園の向かいにある食堂に入ってみることにしました。



(写真:サンペドロ市内の食堂外観)

食堂の中に入りますと机と椅子がバラバラと並べてあり、ご主人に「何があるのか?」と尋ねると「定食が1種類だけ」とのこと、プチェロのスープとマンジョカ芋、そしてギソというメニューでした。



(写真:食堂の中の様子)

プチェロは余り良くなさそうな牛肉をかなりの時間煮込んだ料理で、ジャガイモの破片が1個入っていました。パンは無く、主食はマンジョカ芋が出て来ました。プチェロを食べ終わりますとごった煮・煮込みのギソが出て来ました。どちらもパラグアイではお馴染みの家庭料理で、美味しくいただきました。料金は1万2千グアラニ(約240円)でした。



(写真:プチェロ)

現在アスンシオンとこのサンペドロの間の舗装工事は着々と進行しており、一二年の間には綺麗な舗装道路で結ばれるでしょう。交通量も多くなく、3時間程度で行く事が出来るようになればこの町にも近代化の波が急速に訪れる事でしょう。







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