サンペドロ県内・各所 (サンペドロ県)




サンペドロ県は広く人口も分散しています。県庁のあるサンペドロ市とドイツ系の人達の地区を除いた一般の地域をいくつか紹介して行きたいと思います。




01・サンタニ(2003年11月24日)


サンペドロ県の人口は約40万人、県内には小さな集落が多く、どこが中心なのか判然しませんでした。アスンシオンからの北街道(アクセス・ノルテ)と従来のオビエドから北上する道路が交差する辺りに在るサンタニが急速に発展しているように感じます。新たな交通の要衝として、コロネル・オビエドに似たような発展をしているのでしょう。この後、この町がサンペドロ県の中心として大発展を遂げる可能性があるように感じます。町の様子はアスンシオンと余り変わらず違和感がありません。距離も160キロで2時間もあれば来る事が出来ます。



(写真:発展しているサンタニ)


02・リマ(2003年11月24日)


サンペドロ県の中央に位置している町がリマです。古い町が多い中でアスファルトで道は舗装されており、小奇麗でした。街道からも数キロ外れており、ただ余り興味をひく場所ではありませんでした。



(写真:リマ-01)



(写真:リマ-02)

03・ヴィージャ・デ・ロサリオ  プエルト・ロサリオ (2003年11月24日)


サンペドロ県で今後発展するのは港町「プエルト・ロサリオ」という意見を耳にしました。サンタニからフリースランドの近くを通りパラグアイ河に至ると港町プエルト・ロサリオがあります。サン・ペドロ県の東部とカニンデジュ県にはブラジル系の大農場が在り、大豆などの作物をここを通してパラグアイ河に出しす事を希望しており、サンタニからこのプエルト・ロサリオまでを舗装する計画が持ち上がっています。この道の現状は土道であり、乾燥しますと砂ぼこりがひどく、雨が降りますとぬかるんで通行が出来なくなります。低い場所には大量の砂が溜まり、建設資材として利用する為か業者がトラックに積んでいました。自動車も通りますがまだまだ牛馬の世界、牛の群れを追う人、カチャペと呼ばれる4輪の馬車が交通の主役です。



(写真:サンタニからプエルト・ロサリオまでの街道の様子-01)



(写真:サンタニからプエルト・ロサリオまでの街道の様子-02)



(写真:サンタニからプエルト・ロサリオまでの街道の様子-03)

ヴィージャ・デ・ロサリオとプエルト・ロサリオは繋がって町を形成していますが、活気の無い古びた町です。陸上交通が主流になる前には栄えていたのかも知れませんが、現在は発展から取り残されているように見えます。



(写真:ヴィージャ・デ・ロサリオ様子-01)



(写真:ヴィージャ・デ・ロサリオ様子-02)



(写真:ヴィージャ・デ・ロサリオ様子-03)

プエルト・ロサリオ、要するにロサリオ港はほとんど港としての機能を喪失しているようでした。



(写真:ロサリオ港)

港の敷地には牛や豚が居るだけです。



(写真:ロサリオ港の豚)



(写真:プエルト・ロサリオ様子-01)



(写真:プエルト・ロサリオ様子-02)



(写真:プエルト・ロサリオ様子-03)

現在はほとんど動きも無く、世界から取り残されているという印象ですが、サンタニからの街道が整備され、舗装されますとアスンシオンから2時間半ということになり、この地域の農作物の輸出港として再び脚光を浴びることになるのかも知れません。




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