アフリカツーリング 2008-09

Africa Touring - 36000km

12ヶ国、225日、アフリカで現地購入&現地売却した125ccの単車で

「東南部アフリカ」を旅した、31歳男のニュータイプな冒険

(まだまだ作成中。ご期待ください)

アフリカツーリングにっき

T 第一話 楽しい旅立ち

1南アフリカ 2ボツワナ

U 第二話 辛く、深いアフリカ

3ザンビア 4マラウイ

V 第三話 スワヒリエスニックアフリカ 

5タンザニア 6ケニア

W 第四話 ウガンダの学校

7ウガンダ 8ケニア

X 第五話 復路編、キリマンジャロ

タンザニア 9マラウイ

Y 第六話 複雑怪奇なアフリカ

10モザンビーク11ジンバブエ

Z 第七話 寒さと孤独の野宿

13 スワジランド、南ア レソト

[ 第八話 最後の秘境、そして

15 ナミビア 16 南ア(ゴール)

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アフリカツーリング

装備、持ち物、費用について

単車と国境越えについて

アフリカの宿泊と野宿

アフリカの食事と物価

(復活!超大盛飯店 阿弗利加別館)

 

 

アフリカのツーリングで、125ccを選んだ理由

それは、金欠状態な私にとって、経済的でエコロジーというのはもちろんだが、アフリカでは125ccが一番ポピュラーな、というかほとんどが125ccなので、パーツなども現地調達が容易である。
あと、これは一番大事なんだけど、125ccなら現地の人との距離が縮まるからだ。これはかつて125ccで世界一周したときと同じ概念である。

たとえば自分がBMW1100GSのようなスーパービッグバイクでアフリカを回ったとする。
すると現地のアフリカ人に対して、威圧的で金持ちライダーという壁ができてしまう。
嫉妬と遠巻きから見るような感じにされるだろう。
(事実、マラウイの貧しい村で、BMWの白人ツーリングライダーが通りぬけるのを見て、一緒に歩いていた日本人バックパッカーがなんて態度なんだと憤慨していたのを思い出す。)

でも125ccなら、ローカルサイズで現地の人と同じ目線となるので、
盗まれたりいやがらせをされるリスクもすくなくなる。

さらに、駐車場のない安宿では、大きな単車だと館内に入れられなくても、
125ccなら二人いれば充分担ぎやすくなるのだ

可能な限り現地のアフリカ人と同じ目線で接し、地元の食事を食べ、地酒を飲み、交流。それが私の基本であるのだが

 

アフリカ、ならびに世界を旅するコツ

小学生になろう

しらないひとにはついていかない
くらくなるまえにおうちにかえる
ぼうはんぶざーをけいたいする

ゴルゴになろう

狙った獲物は逃さない!ぐらいの意気込みで歩く
小走りに歩く。敵に油断を見せない
5秒に一度の感覚で後ろを振り向け
エレベーターを出る時、外に出るときなど、死角に敵が待ち伏せてないか確認して最大限の用心をはらう。

 

そして・・・ なぜアフリカなのか   


アフリカを旅する事はもう10年以上前から決めていて、世界を走り回った自分にとって最後の大陸である
当初のルートは、富山県高岡市伏木港からウラジオストクにわたり、ユーラシア横断して欧州、モロッコから西アフリカ、中央アフリカへと縦断、ケニアからアフリカ縦断、南アケープタウンでゴールというルート設定だった

しかし、予算と時期の都合と、アフリカ中央部の危険と混沌、内乱、そして国境封鎖のためアフリカ縦断計画も頓挫。

そして、ある仲間の死が、私の計画を揺るがせた。
彼は単車で世界一周中だったのだが、東アフリカで交通事故に遭い、暴走バスに追突され、即死した。

彼とは日本で面識があったのだが、やはり同志の死が現実となり、
それでなくても人から「アフリカなんかツーリングしなくていい」といわれる有様だったので、自分は深く落ち込んだり悩んだりもした。
だからといって、1999年から計画していたアフリカの旅をやめるわけにはいかん・・・。

その結果、当初のルートを大幅に短縮し、南アからケニアまでのルートのみに決めた。

南アで単車を購入し、ケニアに着いたらまた南アに戻る、ラウンド方式をとることにした。

この場合、ナイロビから南アまでまた戻らなくてはならないが、とても合理的だし、アフリカへも往復チケットなので、同じところで購入売却すれば予算的に効率も良く、手間も省ける。
面倒くささこの上ないカルネも日本からの輸送もいらない。

これでアフリカに専念してじっくり回るのである。

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