PROFILE

この男、ワイルドまるだし。アフロづらあきら
その名のとおり、アフロづらを被って喜んでる、いい年こいたただの男です。
そんなのくだらないって?

はい、くだりません。

♂「STK 1」の趣旨 <<

STK 1を立ち上げて、なんと9年が経ちました!

でもレイアウトの地味っぷりは、相変わらずダイアルアップの頃と変わっていません。

現在では豪華なフラッシュを使って旅先から更新している旅人もいますが、私はそんなセンスも能力もないので、文字と写真のみで、内容で勝負です。

まあ、むだなコンテンツがない分、表示は速いはず。これは回線の遅い海外のネットカフェでは重要です。確実に情報を得るにはシンプルなテキストが一番です。

ということで、PCの性能も上がり、さらなるハイテク化が続く現在でも、Keep on BasicでこれからもSTK 1を続けていきます。

以下、だらだらと書いた自己紹介をご覧ください↓

最近の趣味

海外旅行、オートバイ、ツーリング、キャンプ・野宿、インターネット、デジタルカメラ、読書、音楽、ゲーム、シュノーケリング、そしてとにかく寝ること。そのほかにホビーといえるものは

★レトロゲーム全般。 ファミコンは21世紀になった今でも現役。レトロなTVゲームはもちろん、60〜70年代の創生期でクラシックなピンボールや光線銃式ゲームなどにも興味あり。

★30歳前後になって目覚めたスポーツ: ロッククライミング、スノーボード、ねぶた祭り。 どれも周囲の影響だけど登山やマラソンもぼちぼちやってみようかな。

ねぶた祭りは、日本の祭り文化を代表するぐらいの祭りだと認識。

日本では最近行かないけど、海外の旅では現地の青少年に混ざってゲーセンに寄る習性がある。とくにパラパラやダンスゲームがあればその場は国際盆踊りコンクール。あとは世界各国のコインや絵葉書やスーパーの袋を収集(これはいやでももらえる。笑)、外国の日系の新聞や雑誌(フリーペーパー)を収集。シュノーケリングはダイビングと違って気軽にできるのが◎。石垣島の米原ビーチは素晴らしく、ここでシュノーケリングの魅力にとりつかれる。シドニーのマンリービーチも都心から近いのにきれいでいい。 だけど現在は海から遠い所に住んでるので(^^;)最近はやっていない 

昔の趣味としてファイヤーダンス (ポイやファイヤースタッフ)オーストラリア時代にその華麗さと迫力に開眼。ただし完璧に踊れないと怪我するのでまだ火をつけて踊った事はない。というか火炎系の才能がまったくないことを悟り、最近練習していない。

※「過去の栄光」を数字で表すと

●1500km   一日の最高走行距離 in Australia ( AliceSprings - Darwin )東京から鹿児島に匹敵する距離を赤切符速度で(といってもNorthernTerritoryは速度無制限!)18時間42分ばか走り
●5895m 自己最高到着地 アフリカ大陸最高峰キリマンジャロのてっぺん(2番目に、5380m on the アンデスの山のてっぺん) 

使用言語

日本語とドヘタクソな英語。デタラメなスペイン・ポルトガル語、全く支離滅裂なフランス語、韓国語。全く話せないけど読み書きだけなら日本人ならちっとはできそうな中国語。今ではほとんど忘れた山口弁。そしてつぎはスワヒリ語をおぼえたい!?

 

アフロあきらの歴史

1977 太古の昔、創造神ゼウスとの戦いに敗れる。己の身を潜み、ゼウスへの報復の為に仮の人間の姿を借り、10万年後のA.D.1977にアフロ星の一族として生誕。   ・・・て、まるで聖○魔Uのデーモン○○みたいなプロフィールじゃのう。                      
1990 中学時代、実はお笑い芸人を目指していた。全校生徒の前で漫談を演じる。
1995 高校時代、学園生活では仲間とコントユニット「劇団紙粘土」結成。そして、廃業。受験勉強もそっちのけ、学校の目も逃れて自動二輪免許を取りツーリングする。貧乏野宿旅に目覚める。そして「青の野宿人」というペンネームでツーリングレポートを二輪雑誌に投稿。自宅から日帰りで往復340km走りさらに富士山へ登頂。
1997 5月に初めての外国、韓国ひとり旅。怪しい文字がならぶ反日的国家と思っていたが、すばらしい旅だった19歳のあの日。自分の目で確かめることの重要性に気付く。以後、世界の旅にのめりこむ
1998 長野五輪をバイクで行き、リュージュひとり乗りとバイアスロンを雪の中観戦。帰るときも雪道を走った。その後すぐにこんどは雪国から真夏のタイで1ヶ月の旅をした。チェンマイでホンダのカブ、ドリーム100cc を借り、ゴールデントライアングルやミャンマーなどを訪れ、タイ北部国境・ドリームツーリングを敢行。当時20才だった 

大学を中退し、春から夏にかけて高校時代から乗ってるスズキGN125Eで北海道から九州まで日本一周の旅。5〜7月の55日間、毎日野宿、13500km走って費用はたった108000円という、超・大貧乏ツーリングだった。人生に悩み社会からもドロップアウトしていく自分に絶望していく日々だが、そのくるしみをばねに二輪での世界一周を決意。世界一周の四文字に自分のすべてをぶつけることになる。

1999 いよいよ世界一周の準備開始。個人売買で多摩美大の小柄な女子学生からSUZUKI DJEBEL 125 というオフロード車を95000円で購入。そして世界一周への手続きを開始。
2000 そして2月22日、全ての手続き終了。2月23日ついに日本脱出!125ccのオフロードバイクで世界一周
(00年2月〜01年6月)。インドからヨーロッパ、南中北米60000km、490日間の冒険
2001 6月に世界一周を終えて、すっかり有頂天の日々。その後は世界ツーリングの経験から、NorthernWalkers(WTNJ)の集まりに参加するようになる。ツーリングの帝王・賀曽利隆氏に関わるようになる。アフロあきらと名乗るようになる。
2002 3,4月と沖縄、先島、奄美などの南西諸島を放浪、これで47都道府県日本一周の旅を完結する。(GN125) その後ひたすら肉体単純労働で資金稼ぎの日々。
2003

2004

03年9月より一年オーストラリア。旅する日々だけでなく海外での生活もしかった。最初の半年間はシドニーで仕事。ビデオジャパンにて就労。トヨタのスターレットで日本の食品やレンタルビデオの配送をした。その後、単車大陸一周。(XF650) 途中、百姓仕事(オリーブやシトラスフルーツの収穫労働) もした。でっかい大地にでっかい(?)バイクででっかくかっ飛ばすのは快感だったが、旅の途中のスランプもでっかいし出費もでっかい結果となった。シンガポールやその周辺国に2回も行った。
2005 東南アジア放浪。 香港、広東、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、フィリピン。 時々各地にてレンタルバイクでツーリング。この旅の途中と帰国後で、自分の存在価値を揺るがす重大な困難と挫折に直面する。今まではバカパワーと若気の至りとアフロビームだけでやってきた人生観が、がらりと変わってきた。27歳の時だった。

その苦難が尾を引きつつもしばらくしたのち、ある二輪仲間のコネで〇〇屋にて時給850円のパートとして就職。晴れてニートを脱出するも、〇〇屋での丁稚奉公の修業の毎日が始まる。

2006 丁稚奉公、廃業。青の野宿人の性なのか、野宿旅の同人誌「野宿野郎」に参加。同じ野宿旅主義者で、あまりのくだらなさゆえに編集長の趣旨に賛同。よって封印していたアフロづらも復活。 結局もとに戻ってしまった

10月に大阪へ行く。西成・釜ヶ崎を中心に知られざる日本の姿を見た。11月に韓国。北朝鮮国境まで行く。

2007 人気上昇した変な雑誌・「野宿野郎」5号の82〜86頁と、裏表紙右半分 を飾り、怪しいパワー炸裂のC級映画「野宿戦隊シュラフマン」にも出演する。海外には一歩も出てないのに充実した一年だった。
2008 12月に、東南アフリカツーリング。南アからケニア・ウガンダまでまわり、ケープタウンに戻る。
2009 7月20日にアフリカより帰国
2010 東南アジア放浪ふたたび。2月から7月までの2度目。以前とちがい、冒険的要素は無く、たんなるバカンスである
  その後の予定

そのあと南米もツーリングしたい。さらにできれば半年ぐらいインド・ヒマラヤ、カシミール、ネパール、ブータンもツーリング(HeroHondaのCBZを現地購入売却。エンフィールドは重くて壊れやすいのでダメ)できればいいと思う。

エンジン無しの海外自転車ツーリングにも興味増大。まずは手始めに台湾あたりからやってみたいものだ。

興味あるものとして、国際関係。比較文化。物質社会への共存。 人生に於ける哲学。
モノがあまりにあふれて、ハイテク路線&便利すぎまくっている日本人。だからと言って文明生活を捨てて原始的な生活には戻れない。要らない物、無駄なものまで使って生きていないか?
世界を見てきた知恵を生かして出費を少なく必要なものだけで、便利で心が豊かな楽しい生活を送れる術を研究中。気が付けば元祖・LOHASマンだったのである。
旅関係、時事問題、世界情勢、哲学、流行、サブカルチャーetc, あらゆる分野で斬りまする。

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↑これは私の自画像ではありません(当たりまえか)

アフロの自画像の代わりに一時的に使っていたんどぇーす

                                                                                          

                                                                                          

                                                                                          

                                                                                          

 

STK 1 とは何ぞ?  What’s STK 1 

STKとは、埼玉・熊谷のイニシャルをとったもの。単車で海外を旅するため、埼玉県北部を管轄する熊谷陸運局にて単車を国際登録した際、これがナンバープレートになったわけでございます。

 つまり、アフロあきらは、埼玉県北部で初めて、小型バイクで世界を走ったのである

I am a first challenger of the world touring by 51-125cc classed Motorcycle in SaiTama-Kumagaya region.

 

 ←むくむくと立つエッフェル塔とSTK 1 

 

 グラサンにリーゼント、ボンタン。。日本の20年前の、ツッパリ(死語?)にいちゃん  イラン東部  ホメイニ師もびっくりだ!

 

STK 1 Website Master : 'AFRO' AKIRA

Nationality: Japanese   Height : 171cm   Age : 32

Favorites :

Traveling abroad, Motorcycle touring,

Festival. Retro-videogames, Creating websites,

Snorkeling, Rock climbing, Snow boarding,

Performance (Fire stuff, Poi. However, It's not practicing recently :)  etc.

History:

1977  Born in Japan.

1997  First trip of abroad to South Korea.

1998  Around Japan M/C touring by Suzuki GN 125

2000-01  Around the world M/C touring by Suzuki DR 125SE (DJEBEL)

2003  Lived in Sydney,Australia

2004  Around AUS M/C touring by XF 650 (Freewind)

2005  Wandered Southeast Asia.(Sometimes touring by Rental M/C)

2008-09  Around the East-Southern Africa M/C touring by Honda SDH125

 

 

MODORU/INDEX

 

私とビートたけしと矢沢永吉がNYで・・・!