D-8装輪装甲車(R-6)

冬戦争中に1輌が捕獲され、その後戦車教育中隊に装備された、戦前に開発されたソ連製装甲車。後のBA-4/6/10などの原型となったものです。
キットはウクライナのメーカーの簡易インジェクションキット
(ただしメーカー名が箱やインスト、どこにも書いてない(!)という不思議キット。レタリングされた「M」というマークはあるのですが。。)。
乳白色の、お世辞にも質が良いとは言えないプラでしたが(!)、「こんなモンさ」と割り切れば、間違いなくカタチになります(こんな車両がキット化されただけでもありがたや)。
なお作品は、予備タイヤも揃っていた、1941年夏ごろの状態を再現しました(。。ってそんな写真はない)。 2002.03




芬蘭軍の本車の画像としての資料は、1942年春のヴァルカウスで撮影された写真が唯一あるのみです。そこには、ソ連の通常のD-8装甲車と異なる点が見当たります。
それは、車体側面のピストルポートです。キットや、現在知られているソ連軍でのD-8の写真では、四角い窓状のモールドがあるのですが、芬軍の車両では、よく見ると円形のフタのようなものがリベット留めされているようです。これはD-8の後継車、D-12型装甲車の試作車で計画されたとされる、機銃マウント用の穴を塞いだものではないかと考えられます(つまりD-8生産末期の時点で、機銃増設計画があったのか)。




ライトの形状が妙だったので、古いタミヤのSd.Kfz.250(グライフ)のパーツです。ライト部分をくりぬき、銀色に塗った後、アルミホイルをクチャクチャにした豆粒状のものを入れ、裏側から軽くケガキ線を入れた、ウェーブのレンズをはめてあります(かなり汚した上に、片側は遮光カバーがしてあるようなので、あまり効果はありません)。
またライト本体支持架が、キットでは完全に無視されているので、伸ばしランナーでアーチを作ってあります。
また、ホーン(クラクション)もキットには付いていないので、タミヤのT-34のものを持ってきました。




このキットで一番困ったのが、タイヤホイール。実車は自転車のようなスポークホイールなのですが、キットではまるで無視(そもそもインジェクションでは再現不可能ですが)。本数もスポークの張られ方もあまりにも違います。
そこで0.2mmの真鍮線で作りなおしました。市販のエッチングパーツで流用できるものはないかと探したのですが、結局見当たらず
(ABERの「独軍自転車用」は、惜しいことにスポークの本数が違う上に、裏側には使えない)、ズボラな方法を取りました。
本当はタイヤを真っ二つにして線を挟み込めば、円錐状に組み上げることが容易なのですが、ズボラをして、

a)ノコギリで溝を掘り、b)線を橋渡しにして接着後、パテで埋め、c)センター(軸)部分をカット。センターホイールは、タミヤのチャーチル戦車の下部転輪がちょうどよい大きさ(!)だったので、d)それに真鍮線を接着(表側とパターンが違う)、e)タイヤの内径に合わせて、余分をカット、f)半ば強引に円錐状に少し角度をつけた表側のスポークに接着

。。という方法でヤッツケました(ブザマな泥だらけになっているのは、その加工跡を消すためのパテだったのですねぇ。。修正するつもりです;)。
車体右舷の予備タイヤをキットのままにしておいたので、「その程度」で「どれぐらい」印象が違うかご覧いただけるでしょう。




観音開きの天井ハッチを開けた状態に作りました(キットに閉じた状態のパーツが入っているが、、、合わないのでどのみち使えない。。。)。
また、後部フェンダー上のブレーキランプ(ただの反射板か?)も適当に自作。

2002年、徳島モデラーズ倶楽部主催の「Minor Kit Contest」出品作品。


主に使用した参考資料:
「Russian Armored Cars 1930-2000」by J.Kinnear/2000(象使いさんより貸与>感謝!)
「Suomalaiset Panssarivaunut 1918-1997」by E.Muikku & J.Purhonen/1998
「Suomalaiset Panssarivaunut 1918-1989」by E.Muikku & K.Kuusela/1990(の日本語解説書by梅本弘氏)


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