万 世 橋
(まんせい ばし)

 全長 : 26.0 m  全幅 : 36.0 m  構造 : 鉄筋コンクリート製 アーチ橋  完成 : 昭和 5年 (1930)
 区間 : 千代田区 神田須田町 1丁目 <==> 千代田区 外神田 1丁目  (中央通り)


『万世橋』 (鉄筋コンクリートのアーチ橋)

明治初期の頃の『万世橋 (万代橋)』
「肥後の石工」による石造のアーチ橋
アーチの形状から愛称は 『めがね橋』
 
【万世橋】
『万世橋(まんせい ばし)』 は、千代田区神田須田町 と 千代田区外神田 の間で、
銀座・日本橋から上野方面に向う 「中央通り」 が 「神田川」 を渡る
鉄筋コンクリート製のアーチ橋である。

【筋違見附】
『万世橋』 の原点は、江戸時代の寛永年間(1624〜1643) に現在の橋よりやや上流にあった
「筋違見附」 に付随して架けられた 『筋違橋』 から始まる。
この見附は明治 5年(1872) に解体されるが、
見附枡形門の石垣に使われていた大量の石材を利用して、
それまでの見附橋(木橋) に替わる石造のアーチ橋が架設され、
『万代橋(よろずよ ばし)』 と命名されたという。
ただ、この 『万代橋』 の名称は市民には定着しなかったようで、
一般にはその2連アーチ形状から 『めがね橋』 と呼ばれていたらしく、
その後 『万世橋』 とも呼ばれるようになる。

【万世橋の変遷】
明治17年(1884) に上流の 『昌平橋』 が洪水で流されると、
その代替えに 『めがね橋』 より下流の、現在の 『万世橋』 付近に 木橋 が架けられ、
その 木橋 を 『昌平橋』 と呼んだ。
その後、本来の 『昌平橋』 が改架されると、代替えの木橋は 『新万世橋』 と名を変え、
明治36年(1903) に 鉄橋 に架け替えられた時に、正式に 『万世橋』 を名乗った。
これに伴なって、『めがね橋』 と呼ばれた石造の 『万世橋』 は 『元万世橋』 と呼ばれたというが、
3年後の明治39年(1906) には解体されている。

【万世橋周辺】
関東大震災まで 『万世橋』 の一帯は鉄道や道路、路面電車が交錯する交通ターミナルであり、
東京でも屈指の繁華街であったらしい。
戦後は 『万世橋』 の北側には大型の家電販売店が集中し、
現在では、JR秋葉原駅を中心にした日本最大の 「電気街」 として知られている。
また、川の右岸(南詰) には 「交通博物館」 や肉料理で有名な 「肉の万世」 本店などもある。

【現在の万世橋】
現在の 『万世橋』 は、昭和 5年(1930) に架けられた鉄筋コンクリートのアーチ橋で、
巨大な親柱を持つ、存在感のある立派な橋である。
上流にある 『昌平橋』 など、一般的なアーチ橋に比べると、
アーチの形状が多少異形になっているのが特徴的。


大きく存在感のある親柱

親柱上部のデザインも凝っている

重量感のある落ち着いた雰囲気の欄干

歩道も地味ではあるが洒落たタイル張り

上流 (昌平橋) から見た 『万世橋』 の全景

橋上より上流を望む (左側が 「JR交通博物館」)

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