ヴェールから覗いてみたら

 先日の朝日新聞の朝刊に、イランでの国際会議中に数人の外国人女性が会議中、頭に被ったヴェールを外して参加していた、と保守系新聞で問題になっていると報じられた。

 イランでは、法律がイスラム法に基づいているので、国籍、宗教に関わらず、外国人旅行者であっても、女性であれば、頭にヴェール(スカーフ)を被り、コートなどを着て、体の線を隠すようにしなければならない。

 その信条に関わらず、法律で定められているのだから、ヴェールを外した女性たちの方が、とりあえず私は間違っていると思う。朝日新聞でも述べられているように、彼女たちの”不注意”であったのだろう。でも、私も個人的に、ヴェールを被るのは嫌いだ。

ヴェールの意味

 ヴェールを被るとはどういうことか。先日、テレビを見ていると、秋田美人のことを特集していて、色白で、肌もきれいな彼女たちはどのように手入れをしているのか、インタビューしていた。

 雪の多いその地では、夏だけでなく、冬の雪焼けの為にも、紫外線対策しなければならない。寒さと紫外線を避ける為、年配の女性たちは、あごの所を縫いつけた布を頭にすっぽり被り、顔だけ出して、ちょうど、防空頭巾のように被っていた。

 なぜ、この話を出したかと言うと、イランでマグナエという同じ形をした被り物があるからだ。スカーフを被って結ぶより、簡単に頭を覆うことが出来、外れにくいので、女子学生やオフィスの女性の制服として、真面目な服装として町でもよく見かける。

 秋田美人とイランの女子学生、同じものを付けていても、その意味は全く違う。秋田美人は何の強制もなく、日除けの帽子代わりに使用しているだけである。でも、イランではマグナエであれ、スカーフであれ、ヴェールを被ることは女性に強制されている。
 
 イスラム教の下では、女性の美しさを見せびらかしてはならないとされる。女性の美しさを象徴する髪の毛を隠さなければならないということで、ヴェールを被るのだ。

ヴェールと女性

 ヴェールを被ることは、イスラム教を起源とするのではない。イスラム以前の社会でも、上流社会の女性たちは被っていた。日本で言う「大奥」のような存在であったようだ。次第にその習慣は、普通の女性と娼婦などの女性とを区別するものとなった。普通の「良い」女性はヴェールを被ることとなった。

 現代では、イスラムのルールがすっかり根付き、ヴェールを被ることは、彼女たちがイスラム教徒であることを示すものとなっている。イスラム社会では、ヴェールを被っていないことは、異教徒であることを表し、(ヴェールが法律になっているイランなどでは別であるが)被っていないと、「軽い」女と見なされかねない。ヴェールには内外に「堅い」女であることを示し、セクハラを避ける、という利点があることは否めない。

 ペルシャ語で、ヴェールを意味する言葉、へジャブにはカーテンという意味がある。ヴェールは男女の間のカーテンの役割があるようだ。社会において、男女が共生するからこそ、女性がヴェールを被り、カーテンを引くことによって、女性としてではなく人間として行動できるということを意味していたのだと思う。

 しかし、イランを始め、イスラム社会は、男女を隔離することに躍起になっているように思われる。学校などの機関、空港の出入り口、映画館、スキー場などの娯楽施設など全てにおいて、男女が別々で家族であれ、いっしょに行くことは出来ない。ヴェールを被ることによって、既に男女間にカーテンがあるのだから、本来は隔離される必要はないはずである。

 それと、ヴェールで「隠す」という行為に、女性性を否定する社会が見えないだろうか。ご存知の通り、イスラム社会は男尊女卑が根強い。イスラム法にのっとったとされるイランの法律では、女性は相続権が男性の半分しかなかったり、パスポートを取るなどの重要事項には、夫の承認がいることになっている。(もちろん、夫には妻の承認は必要ない。)

ヴェールを被ってみて

 ヴェールについて考えることは、ただ被ることに留まらす、女性の社会的立場を考えるきっかけである。イランでは男女が隔離されることが多いので、学校、病院などの様々な場所で、女性の働き手も必要である。それで、女性の社会進出度は高いと言える。しかし、それは女性が解放されている結果だろうか。

 一般的な意味ではなく、私がヴェールを被ることは好きではないけれど、さほど抵抗はない。私はイランに住んでいるわけではないし、これからも住まないだろう。たまに訪問する限りでは、異国情緒豊かな服装、と感じている。

 イランの親戚の女性陣は、大人であれば、家の中でも、男性の訪問者があれば、必ずヴェールだけは被っていた。宗教熱心な人も、男性より女性に多いようだ。ヴェールが法律により強制されていなくても、被り続ける女性も多いだろう。

 宗教を始め、イラン、イスラムにおける社会問題を考えるのに、ヴェールはほんの一部の問題だと思う。日本の学校問題における「制服」の問題程度のことで、「制服」以外にも問題は山積みではないだろうか。ヴェールはなくとも、女性問題は日本にも現実に存在し、男女双方にのしかかっていると思えるのだ。

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